第8話

 元は真っ白だったのだろうが、白さと灰色がまだらになってるのは薄汚れているからだろう。

 ただ土埃などで汚れているというのではなく、汚れて毛束になっている所もある事から、血まみれの怪我の前から大変な生活だったのではないだろうかと思う。


「ヴヴゥ゛――――」


 威嚇の唸り声が微かに聴こえた。

 そしてそのままトスンと上半身が倒れたかと思うと横倒しになった。


「あっ!」

 唸られた警戒心も忘れ白いわんこに駆け寄る。

 白いわんこもいきなり近づかれては逃げ出したいだろうが、そんな力も残ってないのか前足と後ろ足が弱弱しく空中を掻いた。

 何度か動いた足は、力尽きたように地面に落ちる。

 そのままスゥッと意識を無くしたわんこ。


(意識がある時にさらに近づくと最後の力を振り絞って抵抗されるかもしれないし、意識失ってくれたのは逆に良かったかもしれない)


 野生なのだから警戒心はピカイチだろう。信頼のおけない人間の前にいきなり現れた事が異常ではある。

 ましてこんな状態なのであれば、更に警戒して然るべきであるが……。

 私の前に姿を現した白いわんこ。

 肉のいい匂いに釣られて何とかここまで来たのかもしれない。


(治癒・回復魔法をかけちゃうか)


『ヒール』

『キュア』


 何が治癒や回復魔法に該当するかちょっと分からないので、どこかで読んだ治癒や回復っぽい単語をイメージを込め口にする。


 金色の輝く光と、真っ白な光がそれぞれに現れて白いわんこの体に降り注ぐ。

 わんこの体にその光が吸い込まれていった。


(どちらも発動したけど……まぁいいか。ちゃんと効いてるみたいだし)


 見える傷はすべて塞がったようだ。


 けれど、わんこの瞼は閉じられたまま。


 焚火をもう一度熾して、火の側に寝かせてあげとこう。

 意識が戻ったら何か食べさせてあげたいところだけれど。




 ♦♢♦♢♦♢




 ガブリと鋭い牙で肉を引き千切り、殆ど嚙まずに丸のみするように食べる白いわんこ。

 既にオークまるまる一体は食している。

 小さな体なのに随分な大食漢である。

 ガリガリに痩せた体にいきなり大量の食事は胃に負担が掛かるんじゃないかとオロオロしたけれど、吐くこともなく次々と平らげていっているから、野生の動物というのは逞しいのかもしれない。


「ガウ!」

「あらら、まだ食べるの? お腹壊したりしないのかな……ちょっと心配なんだけど……野生だから問題ないの?」

「ガウガウッ!」

 フサフサの尻尾を激しく左右に振って喜んでいるので肯定と判断して、オークの生肉の大きな塊をアイテムボックスから取り出して、わんこ用の簡易皿にした大きな葉っぱの上に置く。


「これだけの食欲があれば、もう心配いらないのかもね。」


 私はホッと息をつき、微笑んだ。




 警戒していたであろうわんこと、ここまで友好的? な関係になれたのは――――

 多分、私が人間じゃないって事に気づいたからなのかも。



 それは、わんこが目を覚ました時のこと。


 パチッと瞼を開けたわんこは、横たえた体のまま頭を上げ周囲を確認したように見えた。

 そして警戒心を思い出したのか、突然飛び上がるようにして立ち上がった。

 上半身を少し下げ唸り声を上げ始める。


「えーっと、君に何もするつもりはないから、目が覚めたならそのまま逃げちゃっていいよ。」


 なるべく穏やかな声色を心掛けつつわんこに話しかける。


 耳をピンと立て私から発せられる何かを警戒するように耳を時折ぴこぴこと動かしていた。


 逃げるわけでもなく、寄ってくるわけでもなく、警戒しているのかどうなのか起き上がったままの姿勢でジッとしていた。


(私の方が去るべき? 洞窟の方に行っちゃった方がいいかも)


 私が立ち上がろうとすると――――


 クゥゥと音が鳴った。お腹が空いたと知らせるあの音だ。

 断じて私の腹の虫ではない。

 先ほどたっぷりと塊肉を胃に収めているんだから。

 あれ以上食べるのは、いくら炭水化物ではなくタンパク質だとはいえ油分の取りすぎはお肌に良くないと思うし。


 クゥゥ。

 切なげにもう一度音が鳴る。

 鳴った方向を辿れば、そこには白いわんこ。


「毒とか混ぜてないけど、肉塊食べる?」

「……」

「どうしよっか、お皿とかないのよね。地面に生肉って何だか砂とか付くし宜しくないし……。」

「……」

「あー、この大きな葉っぱでいいか。これに載せてっと。私と君の間くらいの距離のとこに置くから、食べたかったら食べて。」


 丁度、わんこと私の間くらいの場所に簡易の葉っぱ皿に載せた塊生肉を置く。


 肉と私を交互に見つめるわんこ。

 クゥゥっと迷うわんこを急かすように鳴る音。


 その音を合図にそろりそろりと肉に近づき、わんこはがぶりと生肉に齧りついた。

 そこからはダイナミックに引き千切って咀嚼等ほぼナシの丸のみの食事である。


 毒も入ってないし、肉はうまいしで警戒心が解けたのか、わんこはおかわりを所望する始末。


 野生が仕事してないな。


 呆れ気味にそう考えつつ、まぁいいかとわんこ蕎麦のように次々と肉を葉っぱ皿に置いていく。


「まだいるの?」と尋ねると「ガウ!」と返事のような鳴き声で反応してくれるのだった。



 そして、今――――


 わんこが食べ終えたら、洞窟に行こうかなー。

 と呑気に考えながら、また塊肉を取り出すのだった。


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