第8話 幸せな日々

「──うっ、頭が……」


 予想通りではあったが、次の日の朝は最悪の目覚めであった。


「大丈夫ですかエドガーさん……。ほらお水ですよ」

「す、すみません……」


 メアリーに渡された冷たい水を飲み干すと、ほんの少しだけ気分が楽になった。

 そして冷静になって昨日のことを思い出す。確か最後はベンが帰るのを見送って後片付けを始めた。そしてそれから……


「メアリー! すみません、ほとんど一人であれだけの片付けを!」

「大丈夫です! 三人分なんて朝飯前ですから! ……あっ! もちろん本当に朝ごはんも用意してありますよ!」


 そう言われて机の上を見ると昨日の宴会ほどではないが、ちゃんとした料理が並べられている。


「何から何まで……、本当にすみません……」


 罪滅ぼしに彼女の面倒を見ようと決めたのに、いつの間にか私が彼女に面倒をかけてしまっていた。


「これも命を救ってくれた恩返しですから! ……そ・れ・と、エドガーさん! これからは謝るのは禁止です! それよりもありがとうの言葉の方が嬉しいですから」

「メアリー……。本当にす──」

「本当に?」

「……本当にありがとうございます……」


 私が頭を下げると、彼女は私の手を取る。


「さあエドガーさん、冷めないうちに早く食べましょ! ちゃんと立てますか?」

「ええ、大丈夫です……」


 そう言いつつも私はメアリーに引き起こしてやっとフラフラ立ち上がり、なんとか椅子に座った。


「じゃあ、いただきます!」

「いただきます……」








 朝食の後、今日は早速農業に取り掛かろうと裏の畑に出向く。

 辺りを見渡すと、他の村人たちも農作業に勤しんでいた。


「おはようございます! 私はエドガーと申します! ご挨拶が遅れて申し訳ありません! これからこの村でお世話になりますがよろしくお願いします!」

「わ、私はメアリーです! よ、よろしくお願いします!」


「あら、あなたがそうなのね! こちらこそよろしくお願いします! それと、昨日は立派なお肉、ありがとね!」

「これまた随分と若い人が来なすったんじゃのお!」

「よろしくな兄ちゃん!」


 猪肉の効果もあってか挨拶には皆好意的な反応を示してくれた。やはりベンの言う通り良い人が多そうでよかった。


「ではメアリーさん、まずは畑を耕すところから始めましょうか」

「はい!」


 私はこの家に併設されていた物置小屋からくわを見つけ、小さい方をメアリーに渡した。


「使い方は確かこうだったはずです。よく見ててください」


 私は剣の素振りをする要領で鍬を何度も地面に振り下ろす。

 それは初めての経験でなんともぎこちない動きではあったが、畑の土はよくほぐれていた。


「なるほど……! 私もやってみます! ──えいっ!」

「いい感じですよメアリーさん」


 お互い不慣れながらもなんとか畑を耕せた。


「次に種を植えましょう。私が旅の途中でこの辺りの気候にあった作物の種を買い集めてきたのでそれを使いましょう。珍しいものも沢山ありますよ」

「でも、小麦とかそういうのは植えないんですか?」

「はい。これだけの面積では二人が一年暮らす分だけの小麦は獲れません。大きな畑を持っている人と物々交換で頂いたり、そのうちに街へ出稼ぎに行って買ってきましょう」


「なるほど……! 全部一人でやる必要はないんですね……」

「はい。そのために人は集まって暮らすんですよ。人間とは助け合いの社会を形成する生き物です」

「なんだか難しいですね……。でも言いたいことは分かります。いつでも助け合いが大切ということですね!」

「そういうことです」


 それから私たちは村の人たちの助けもあり、無事に畑仕事を終えた。








 初めは慣れない少女との奇妙な生活だったが、何事にも懸命に取り組むメアリーの様子を見て、まるで自分の子どもの成長を見守るが如くの温かい気持ちになれる。

 明るく前向きな性格のメアリーはすぐに村の人と打ち解けた。私も持てる知識の全てを活用し、より効率的な農業や狩猟を教え、メアリーと共に異国の料理を作ってみて振る舞うなどした。

 また国家規模での内政にも関与していた私にとって、村内での資源の管理や収支の調整は簡単な話だった。時には私が街まで降りて行商人の真似事などもした。

 そうして次第に村には初めて来た時のような暗い雰囲気は吹き飛び、一月ひとつきもしない内に明るく豊かな村へと成長していったのだった。


 しかし、そんな幸せな日々は長くは続かないものだ。

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