天才軍師、国を去る〜第二の人生は辺境で少女と共にスローライフを〜
駄作ハル
第1話 天才軍師、国を去る
「──王よ、長きに渡りお世話になりました」
「……本当に行ってしまうのか、エドガー」
王冠を戴き、煌びやかな玉座に鎮座する若き王は、その背景とは裏腹に私を悲壮な表情で見つめる。しかし私の決意が揺らぐことはなかった。
「今まで私は国のために、全力を尽くしてきました。私と貴方で作り上げたこの国は、私がいなくてもきっともう大丈夫です」
「だがしかし……」
「ご安心を。私が書き残した千の計略があれば、今後百年このアルバート王国は安泰ですよ、ジョージ」
敬愛の意を込めて王をそう呼ぶと彼は笑みをこぼした。
「そうだな。これ以上お前を引き止めれば、それはかつてのお前の活躍を否定することになる。さあ、もう行くが良い」
「ありがとうございます。それでは、お元気で」
私は最後に深く一礼をして王の前を去る。
「……困ったことがあればいつでも戻ってくるのだぞ」
後ろからそう声を掛けられたが、私は決して振り返ることはしなかった。
「……ふぅ、これで肩の荷も降りたな」
多くの兵士に見送られながら城を後にし外に出たところでやっと一息つけた。
これで見納めとなる王都の街並みを眺めながら、徒歩で城門へ向かう。
これまでの人生を振り返ると困難の連続だった。
私は戦争で焼け落ちた村で拾われ、孤児院で育ち、最初は一兵士として王国に仕えた。昔から好きだった本で蓄えた知識を活かし軍師として取り立てられると、そこで王と出会った。私の出自を知った彼は私に並々ならぬ厚遇を与え、私もそれに応えるために必死でついて行った。
二人で五倍もの敵軍を相手したこともあった。時に苦汁を飲む思いに二人で涙し、時に勝利の喜びに笑いあった。二人で没落していた小国をたった十年で大陸一の大国にまでのしあげたのだ。
そんなことをしていたら、人々は私たちのことを伝説の王と天才軍師などと呼び始めた。
「お世話になりました」
思い出に浸りながら街を歩き、遂に門を抜けた所で最後に王都を振り返りそう呟く。
すると奥から一騎向かってくるのが見えた。
「──待てエドガー!」
「ジョージ! 何故ここに!」
「エドガー! これを持っていけ」
「これは……、この宝剣は貴方が大切にしていた……」
布に包まれた宝剣は、その隙間から魔力が滲み出すかのように光が漏れ出し輝いていた。
「早く行け! これを持ち出したことを見張りの兵にバレたら大変だ」
「そうですよ! ああ、これが無くなれば私の計略から第二百三十五項、第三百八十七項、それと第八百四項を消さなければなりません! そして第六十二項と第百十一項も書き換えて……」
「エドガー!」
彼は私の言葉を遮るように一喝する。
「は、はい!」
「……俺がいるから大丈夫だ。お前と創ったこの国、必ず守る。だから安心して行ってこい!」
そう言って彼は笑顔を見せた。周囲の目がない所で、彼は無邪気に笑う。その表情は私にしか見せない、信頼の証。
私にとって彼は単なる君主ではなく、いくつもの思い出を共有する良き友人でもあった。
「そうですね。ここでこれ以上私が何か言うのは、貴方との今までを否定することになる」
「そうだ! ……ハハッ! これで最後にお前に一本取れたか?」
「ふふ……、そうですね……」
そう言って二人は笑いあった。しかしそんな時間も長くは続かない。
「こんな所に! 早く城にお戻りください王様!」
「分かっておる。……達者でなエドガー」
「はい。王よ」
これは永遠の別れではない。もう王国に戻るつもりはないが、きっとまたどこかで会える。そんな気がしていた。
兵士に連れ戻される彼を見送り、私も王都から離れて行く。
目指すは私のことを誰も知らない、遥か東の小国。そこの小さな村で農業でもしながらゆったりと暮らしたい。戦争ばかりの人生に少し疲れてしまったのだ。
私は宝剣を彼の代わりに思い、強く握りしめる。
「さようなら……」
今度こそ最後のお別れを王都に告げ、私は長い旅路に踏み出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
皆様、本作を手に取りお読み頂きありがとうございます。
この作品は第30回電撃小説大賞に応募中の短編小説となります。完結まで毎日、朝と夜の7時過ぎに投稿しますので、ブックマークし最後までお付き合い頂ければ幸いです。感想、評価、レビュー等で応援して頂けると嬉しいです。
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