第2話 小さな迷い人
それから私はひと月掛け、目的の小国マーシアにたどり着いた。
マーシアは人口十万にも満たない、農業と漁業が盛んな国である。
いくつもの国と戦争をした私たち王国だが、結局この国を攻めることはしなかった。王国から遥か遠くの小国など気にもとめてなかった からだ。もちろんマーシアも自分の何十倍もの人口がある王国に攻め入るなどということもないであろう。言わば平和が約束された土地と言えよう。
「村でも見つけて家を買いたいところだが……」
見渡す限りの草原。辺りを吹き抜ける心地よい春風に、正体を隠すために使った大柄なコートが揺れる。
「確かこの国の首都はここから北に五日……。一度そこで情報を集め地図にも載っていない村を聞き出すか……」
長い一人旅では独り言ばかり多くなってしまった。
私は太陽の角度から大まかな方向を決め、また歩きだす。
「……だ、誰かぁぁ…………」
ゆっくり森を歩いていると、奥から助けを求めるか細い少女の声が聞こえてきた。
これから身分を隠して生きていきたい私にとって面倒事に巻き込まれるのは御免だが、ここで彼女を見殺しにする後味の悪さも避けたかった。
「大丈夫ですか?」
「たっ……、助けてください……」
声の主はすぐに見つかった。
短剣と小さなリュックを背負った冒険者風の少女が地面に突っ伏しながら、目を潤ませながら私の方に手を伸ばしてくる。
「どうしたんですか? どこか具合でも悪いのでしょうか?」
「み……、みず……」
「ミミズ……? ああ、ミミズをお探しでそうやって地面を這いつくばっているのですか」
「違います! 水をください!」
「…………。水ですね。それならこちらをどうぞ」
私は腰から提げた水筒を彼女に差し出した。
それを受け取ると少女は急ぐように蓋を開け、ゴクゴクと水筒の中に入った水を飲んだ。
「──ぷはぁぁぁ! ありがとうございます! おかげで生き返りました!」
少女は起き上がりそう笑顔を見せた。
「……あ! す、すみません! 慌ててて気が付きませんでした……!」
少女はハンカチを取り出し口をつけた水筒の縁を何度も拭き始めた。
「いやいや、気にしなくて大丈夫ですよ。それより、お嬢さんはどうしてこんな森の奥に?」
「おじょ──! ……私はメアリーといいます。冒険者をしているのですが……、ご覧の通りの有様で森を迷ってしまいました」
メアリーは顔を真っ赤にしながらそう言う。おずおずと返された水筒は中が空になっていた。
「そうでしたか。私はエドガーと申します。訳あってこの辺りの村に移り住みたいと思い、旅をしてきました」
「エドガーさんですか……」
メアリーは私をまじまじと見てくる。
大きなコートに布で覆っても隠せない背中に背負った剣。そして移住先を探しているという訳ありな様子。不審がるのも無理は無い。
「あの、エドガーさん。迷惑ついでにもうひとつお力を貸して欲しいのですが……、この辺に水を汲める綺麗な川とかはありますか?」
メアリーは恥ずかしそうに自分の空の水筒をカラカラ振って見せた。
「ほう、川……」
「ご、ごめんなさい、知らないですよね! エドガーさんも旅の人なのにそんなこと──」
「いえ、知っていますよ」
「本当ですか!?」
「ええ。ほんの少し北へ向かえば渓流が流れているはずです。私も北に用事があるので途中までご一緒しますか?」
余計なお節介であることは分かっていた。だが目の前のいたいけな危なっかしい少女を放っておくことはできなかった。
「是非お願いします!」
「わあ、本当にあった!」
小一時間森を進むと、山から森を抜ける清流にぶつかった。試しに手で掬って飲んでみると、冷たくて美味しい、自然豊かなマーシアを体中で感じるような気分が味わえた。
「でもエドガーさんはなんでここを知っていたんですか? 見た感じすごく遠くから旅をしてきた感じなのに……」
「確かにここに来たことはありませんし、特別この辺に詳しい訳でもないです。ただ地図上にある大陸に存在する地形は全て把握していますよ」
「そ、それは凄い特技ですね……」
メアリーは不思議そうに目をぱちぱちさせる。
「それよりメアリーさん、そろそろ日も暮れてしまいます。夜の森は危険ですので、水辺の近くで野営の準備をしましょう」
「そうですね。また行き倒れたら大変ですから……」
あはは……と彼女は頭を掻きながら恥ずかしそうに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます