第3話 背負う罪
「さあ、急いで夕食の支度をしましょう」
「あ、あの……」
メアリーはリュックから干し肉と乾パンの切れ端を取り出した。
「ご、ごめんなさい。ちゃんとしたお礼をしたいんですが、これしかなくて……」
申し訳なさそうに俯く彼女はとても華奢な体をしており、同世代の少女と比べてもあまり食べられていないことが伺えた。
「大丈夫ですよ。食べ物なら今からとりに行けばいいんですから」
「そ、そんなに簡単にとれますかね? 見たところ弓も持ってないみたいだし……。あ、もしかしてその剣で獣を狩るんですか!」
「ああいや、この剣は……。と、それより、この川には魚が泳いでいるのが見えます。きっと美味しいですよ」
「でも私、釣りは苦手で……」
「では私がやりましょう。見ていてください」
私は川に手を入れ、指先に神経を集中させる。
「ライトボルト!」
威力を調整した小さな雷魔法。川に一瞬だけ電気が走り、気絶した魚がぷかぷかと浮かんできた。
「凄いです! エドガーさんは剣だけでなく魔法も使えるんですね!」
「少しですがどの属性でも使えますよ。剣は長年使っておらず、お見せするのも恥ずかしいレベルですので……。これはお守りのようなものです」
「そうだったんですね!」
私は手早く枝を集め、同じく小さく炎魔法を使い焚き火をした。そしてそこに捕った魚を並べ焼き上がるのを待つ。
「焼き上がるの待っている間に木の実や山菜を集めましょうか」
「この辺に生えていて食べられるものって何でしょうか?」
「一応本に載っているものは全て覚えています。見つけたらとりあえず持ってきてください」
「……エドガーさんは頭がいいんですね」
「そうですか……? まあ本を読むのが趣味のようなものでしたから」
迂闊にあまり昔のことは言えない。ただあの時の経験がこうして役に立つというのはこの旅で実感した。
そうして私たちは集めたものを調理し、少し豪華な旅の夕食にありつけた。
「──それで、メアリーさんはどうして冒険者をしているのですか? 見たところ一人で戦うには装備も貧相で少し心配になります」
私は魚にかぶりつきながら彼女に尋ねる。
「……そうですよね。私はご覧の通り力も、魔法の才能も、エドガーさんのような知識もありません」
「それなら何故冒険者を? あなたのような少女が一人で冒険に出ることを、ご両親は心配されていませんか?」
一度関わってしまったからには、彼女がこの先どうなるのか考えずにはいられなかった。
それは単に同情や慈愛の気持ちがあったからではなく、彼女の背負ったものにどこか気が付いていたかもしれないと、後から思った。
「私にはもう、冒険者になるしか道がなかったんです……」
「それは……なにか理由が?」
メアリーは山菜のスープを飲む手を止め、ぽつりぽつりと語り出した。
「私、実はとある小さな男爵家の娘だったんです。……いわゆる令嬢ってやつですね」
「そんな身分の方がどうして……」
「それは……、私の元いた国が王国によって滅ぼされたからです」
「…………!」
彼女は悔しそうに唇を噛みながら言葉を続けた。
「国が無くなり、アルバート王国に取り込まれたことで私たち男爵家は取り潰し。一家は路頭に迷うことになりました」
「…………」
「それから父は酒に溺れ、母は自殺したんです。食べることに困った姉は身売りに出されました」
「そんな……」
「元は貴族の娘ということで姉は高く買われていきました。ですがそのお金が尽きれば次は私です。私は姉が残してくれたお金でこの装備を買い、逃げるように家を飛び出してきたんです」
「……先程は貧相などと大変失礼なことを……」
「いえ、実際私じゃ使いこなせなくて、死にかけていましたから……。この辺のモンスターは弱いと聞いていたので来てみたはいいものの、結局何もできませんでした……」
メアリーはそこまで言うと肩を震わせて泣き始めた。
目から零れる大粒の涙を拭いながら私を見つめてくる。
「エドガーさん、私、どうしたらいいんでしょう? 戻って姉と同じ娼館に身を売るしかないんですかね?」
「メアリーさん……!」
私は思わず彼女を抱きしめる。
「ごめんなさい。あなたがこうなってしまったのは私のせいです……」
「そんな、エドガーさんは何も……」
「いいえ、全て私のせいなのです……!」
私とジョージは確かに王国の民が幸せになるようにと戦ってきた。しかし、その影には多くの負けた国々が存在する。
こんな戦乱の時代に、私たちは自分たちの幸せだけで精一杯だった。
もちろん併合した国に圧政を敷いたりなどはしていない。だが、戦争で家族を失った者や、彼女のように不幸に遭ってしまう人間も少なからずいるのだ。
それなのに私は……。自分は勝手に役目を終えたと思い、自分だけ自由に生きたいと身勝手な理想を掲げて旅になど出てしまった。
「私が本当に向き合うべきは紙に書かれた文字などではなく、あなたのような人だった……」
「……うっ……うぅ……」
「私が全て悪いのです……」
私はどうすることもできない無力感に苛まれながら、胸の中でメアリーが泣き疲れて眠るまで、彼女の背をさすってやることしかできなかった。
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