第4話 罪滅ぼし
「──あっ! おはようございますエドガーさん」
「おはようございますメアリーさん。……すみませんどうやらいつの間にか私も寝てしまっていたようですね」
「いえ、昨日はなんだかすみませんでした……。それよりこれ! 昨日教えてもらった果物を見つけたんですよ! 朝ごはんにどうぞ!」
昨日の夜のことを忘れ去るかのようにメアリーは笑顔を繕いながら、その両手に抱えた色とりどりの果実を差し出した。
「ありがとうございます。いただきます」
私たちはどこか気まずい雰囲気の中、無言で果実にかじりつき朝食を済ませた。
「……それではエドガーさん。昨日は助けて頂いてありがとうございました。食べられるものも知れたのでもう少し冒険を続けてみようと思います。それではエドガーさんもお元気で!」
メアリーはそう言うと、立ち去ろうとリュックを背負い私に手を掲げた。
この時、私の頭の中はどんな策略を考えている時よりも葛藤で満ち溢れていた。しかし、彼女のか細い姿と知ってしまった過去、そして気付かせてくれた私自身の罪。それらを考えれば、また身勝手を重ねるだけと知っていても、たった一人だけを救うことにこれからの生きる意味を見出さずにはいられなかった。
「待ってくださいメアリーさん──!」
「……え?」
「行く当てがないなら、私と一緒にこの先を行きませんか! ……あなたの家族がそのようなことになったのも、私のせいなのです。……これはただの自己満足に過ぎません。ですがどうか、あなたが一人でも立派に生きてゆけるようになるまでの間、一緒に居させてはくれませんか!」
私は情けなくも、彼女を救うことで私自身の救いを求めていた。
「いえ、そんな……。エドガーさんは何も悪いことしてないじゃないですか。……もしかして、エドガーさんは王国の人だったんですか?」
「……そうです。詳しいことは……いつか絶対にお伝えします。ですから、今は王国民の一人として、あなたのことを守ることでその罪滅ぼしをさせてください。そうでなければ私は……、前に進むことができない……」
「別に私は王国に恨みを持ったりはしてませんよ。これも仕方がないことですから……」
「…………」
「──でも、エドガーさんみたいなすごい人が助けてくれるのは嬉しいです! よく分からないけど、それがエドガーさんのためにもなるなら、是非よろしくお願いします」
「…………! ありがとうございますメアリーさん……」
私も戦争孤児として居場所を失った。その辛さは分かっているつもりだ。
だからせめて、この少女が幸せに生きられるようになるまでの短い間だけでも、私の全てを捧げたいと思った。
「それではメアリーさん、近くに村がないか探しながら、見つからなかったら首都まで行きましょう」
「分かりました!」
私たちは話をしながら北へ向かって歩いた。
「メアリーさん、これから私はあなたに生きる術を教えます。少し厳しいことを言いますが、今のままでは遅かれ早かれ死んでしまいます」
「えへへ……。ぐうの音も出ません……」
「普通冒険者を始める時はどこかのギルドに所属し、先輩チームで下積みをして様々な知識や技術を身に付けると聞きましたが、何故それをしなかったのでしょうか?」
「……実は一度やってみたことがあったんです。ですが私じゃ荷物持ちにも不足みたいで、魔法も使えないとなると役に立つことがなんにもありませんから、すぐに追い出されてしまいました……」
「確かに、危険な冒険に少女を連れて行くのもリスクがありますね」
モンスターの討伐や宝探し、危険なエリアでのアイテムの採集などを生業とする冒険者は、その危険に見合った報酬があるだけにメジャーな職業ではある。
しかしそれは屈強な戦士や魔法に適性のある者にとってであり、メアリーのような少女には明らかに不向きであった。
「ではそもそも何故冒険者なのでしょうか? 街で店の売り子や手伝いなどの仕事もあるはずです」
私がそう尋ねると、彼女の顔から一切の明るさが消えた。
わざわざ冒険者という過酷な道を選んだ時点で、その前にどのようなことがあったのか察するべきだったとすぐに後悔した。
「実はそれもやってみたんですよ。ある料理屋でお手伝いをさせて貰ってました。そこは身寄りのない少女も多く雇っていたので、私でも働けると思ったんです。でも暮らしていけないぐらいお賃金がやけに少なくて、私は店主のおじさんに賃金を上げてくれないか相談してみたんです。そしたら……」
「まさか……」
「はい。夜の相手を要求されました。その店の店主は弱い立場の女の子たちを食い物にしていたんです。そして私も、お前なら高く買ってやると詰め寄られました」
確かにメアリーは元貴族の令嬢なだけあり、品があって凛とした美しい顔立ちをしている。
だからこそ、そんな彼女を汚そうとした男の存在を許すことができなかった。
「その店はどこにありますか」
「……え、いや、大丈夫ですよ! 私はこうして逃げてこれましたから!」
「それと、昨日はすみませんでした。あなたが泣く姿に思わず抱きしめてしまいましたが、怖い思いをさせてしまったで──」
「そんなことありません!」
「え……」
「あっ、! え、ええと……エドガーさんは恩人で信頼できましたし、その……、格好いいしそんなことをする人には見えませんでしたから……!」
「そ、そうですか……。それなら良かったですが……」
軍師として時に冷酷な判断もしてきた私は、周りの人間に恐れられていた。だからこのように他人から褒められるという経験は初めてで、妙な気持ちになる。
何となくまた気まずくなってしまった私たちは、それから無言で森を歩いた。
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