第6話 生きる術

 家を確認したあと、私たちは昼食を求めて辺りを散策した。しかし村の周囲の果物や山菜はあらかた取り尽くされており、村の窮状が伺える。

 そんな様子だから結局片手に収まるほどの野草しか集まらなかった。


「これじゃあお腹は膨れませんね……」

「残念ですが私が知る食べられそうなものはこれで全てです。仕方ないので獣を狩りに行きますが、危険ですのでメアリーは家に戻っていてください」

「そんな! 私も行きます!」


 この辺りは強いモンスターも猛獣もいないはずだ。だが万が一を考えればメアリーは家に残しておくべきだろう。


「メアリー、私の知識では確かにこの辺りは安全です。ですが実際見てみないことにはそれもどうだか分かりません。今日は家にいてください」

「いえ、私もついていきます!」

「メアリー……」

「……私も早く一人前になってエドガーさんを安心させたいので! ……それともやっぱり私がいると邪魔ですか……?」


 彼女の真っ直ぐな瞳に見つめられては、これ以上突き放すことはできなかった。


「……分かりました。ですが絶対に私の傍を離れないでくださいね」

「はい! 一生傍にいます!」

「え……? それは……、いや……、狩りの間だけで大丈夫ですよ……?」

「あっ……! ちが──! 違います! 言い間違えました!」


 どんな言い間違いだと言いたくなったが、顔を真っ赤にしてフリフリする彼女の姿を微笑ましく思えたのでこれ以上言うのはやめにした。

 今まで大人に対して辛い思いばかりしてきた彼女にとって、私がそれほどまでに心の拠り所となれていることに嬉しく思えた。


「では行きましょうか」

「はい!」









「──いました! あれはワイルドボアと呼ばれる猪のモンスターです。警戒心が強く基本は人に近づきませんが、群れのリーダーであるオスは攻撃してくることがあるので木の後ろに隠れていてください」

「わ、分かりました! エドガーさん、頑張ってください!」


 メアリーは近場にある大きな木に身を隠しつつも、顔だけひょっこりと出して私の方を見ている。

 私は猪に気付かれないよう、慎重に草陰から彼らに迫った。


「……本当はメアリーに剣での戦いを見せてあげたいですが、この宝剣を使う訳にはいきませんね。それはまた今度にしましょう。それでは……、アイスピックスピア!」


 先端を鋭利に尖らせた氷の槍。それを風魔法の勢いで撃ち出す基本的な二属性攻撃魔法。


「ビギィィ!」


 狙いを定めた攻撃は見事に丸々太ったワイルドボアに命中した。氷の塊はすぐに溶けだし、塞がらない傷口から大量の血を吹き出した猪はまもなく地面に倒れる。


「ブヒイィィィ!!!」

「エドガーさん危ない!」


 仲間が倒されるのを見て怒り狂った群れのボスが私目掛けて突進してきた。

 体長が2mを優に超えるワイルドボアの突進は甲冑を着込んだ兵士ですら受け止めるのは困難だ。


「家族を奪って申し訳ありません。ですがこれも私たちが生きていくため。あなたを殺すつもりはありませんよ! サンダーボルト!」


 川で使ったライトボルトの一つ上にあたる中級魔法。凝縮された大気中の電気が指先から放たれワイルドボアの鼻先にぶつけられる。


「ピギーィ!」


 驚いた群れのボスは踵を返し森の奥に走って逃げて行った。それを見て群れの他の猪たちも逃げ去っていく。


「す、凄いですエドガーさん!」

「いえいえ、実際にやってみたのは初めてなので私も少し緊張しました。上手くいって良かったです」

「初めてとは思えないです!」

「そうですかね。それでは新鮮なうちに持ち帰りましょうか。これだけあれば数日は食べるに困らないでしょう。村の人にも挨拶がわりに配るといいですね」

「そうですね! そうすればきっと受け入れてくれます!」


 メアリーはキラキラ目を輝かせながらふんと鼻を鳴らす。

 私は見聞きしたことを思い出しながら手早く仕留めた猪を処理し、ツタでしばって村まで持って帰った。








「ベンさん、いらっしゃいますか?」

「……なんだ」


 家の扉を叩くと、気だるそうに彼が出てきた。


「こちら、先ほどとってきた新鮮なワイルドボアです。私たち二人の分は切り分けましたので、よければ後は村の皆さんで食べてください」

「…………」


 ベンは差し出されたずっしりと重い猪を無言で受け取る。


「それでは失礼します」

「…………」

「おやすみなさい!」


 私たちはベンに別れを告げ自分たちの家に戻った。


「──エドガーさん、どうぞ!」

「ありがとうございますメアリー」


 メアリーは手馴れた手つきで猪肉を料理し、昼に採った野草と合わせてソテーを作ってくれた。


「ど、どうですか……?」

「うん……、美味しいですよ」

「良かったです! 働いていた頃のおかげでやっとお役に立てました!」


 彼女は心から嬉しそうな笑顔を見せた。

 誰かの喜びのために働く。それは何よりも幸せなものだ。


 食事を済ませ、私は宝剣を戸棚の奥に大切にしまう。


「それでは明日雨が降ることを祈りもう寝ましょうか」

「そうですね。おやすみなさい!」

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