第11話 運命

「……メアリーさん、もう大丈夫そうですか?」

「はい! どうぞ!」


 鞄が一杯になるまで果物を集めて帰る頃には、獣人の少女の手当ても終わっていた。


「彼女の様子はどうですか?」

「はい。傷は全て薬を付けておきました。それと、エドガーさんの薬草を煎じたものが効いてきたのか、息も落ち着いて今はゆっくり眠ってますよ!」

「そうですか、それなら良かったです」


 家の中には猪肉の煮込みのいい匂いが広がっていた。


「後は元気になるのを待つだけですね。……人間も食べられる果物も集めて来ましたので食事にしましょうか」

「そうですね!」


 それから食事の準備をしていると、匂いに釣られてか物音がうるさかったのか、獣人の少女が目を覚ました。


「おや、起こしちゃいましたかね。ちょうど今食事にしようとしていたところです。食べる元気があればご一緒にどうで──」

「――! え、エドガーさん!?」

「……ここは……どこだ……人間……! ……グレイに……何をした……!」

「お、落ち着いてください! 私たちはあなたの味方です!」


 起き上がった獣人の少女は敵意剥き出しの目で私に飛びかかってきた。少女とはいえ流石獣人である。その力の差は人間と比べて歴然で私は勢いよく押し倒された。

 そしてものすごい力で押さえつけられ、馬乗りにされたまま動くことが出来ない。


「あまり動かない方がいいです! まだ怪我は治っていないのですから!」

「怪我……。──あ! ……な、なんで……! グレイの服……どこやった……!」


 少女は自分の体の様子を確認すると私を取り押さえる両手を離した。見ると彼女の体には包帯が巻かれているがほぼ全裸の状態である。

 少女は怒りと恥ずかしさ、そして思い出した傷の痛みで今にも泣き出しそうな目で私を鋭く睨んでいた。


「ご、ごめんなさい! それは私が! ……あなたの服、とても汚れていたから洗って外に干してあるの! 破れているところも直してから返すから、今は私の服を着て!」


 メアリーはそう言い、少女のために用意していたのであろうベッド脇に畳んで置いてあった自分の服を差し出した。

 獣人の少女はそれを受け取ると私に背を向けながら服を着る。しかし変わらず彼女は文字通り獣のような獰猛な視線を向け、グルルと唸っていた。


「……人間……誰……!? 何のためにグレイ……ここに連れてきた……!?」

「わ、私たちも山賊に襲われたのです! ですので彼らを討伐したところにあなたを見つけ、助けました!」

「……アイツら……、死んだ……?」

「ええ……。私はきっちりツケを払わせました」

「……お前たち、……グレイに酷いこと……しない……?」

「しませんよ。ほら、まずは食事でもしましょう」

「……ごはん……食べる……」


 私が必死になだめ、やっと少し落ち着いたようだ。余程お腹を空かせていたのか口の端から涎をこぼして机に並べられた料理を見ている。


「どうぞ、これがあなたの分ですよ!」


 メアリーがそう肉料理を出すと、少女は皿に手を突っ込み、ガツガツと犬食いを始めた。

 当然勢い余って机の上はすぐに汁やらなんやらでぐちゃぐちゃになった。


「ま、まぁ、食べる元気が残っていたのはいいことです……。メアリーさん、私たちも食べましょう」

「そ、そうですね!」


 結局、私たちが食べ始める頃には少女はメイン料理を食べ終わり、私が取ってきたばかりの果物をボリボリと貪り始めていた。


「ええっと……、あなたのお名前はグレイさん……で合っていますか?」

「……うん。……グレイはグレイ……」

「ではグレイさん、どうして山賊に捕まってしまったのでしょうか? 獣人は群れで生活するはずですが……」

「……グレイは弱いから……追い出された……。……お前もグレイ……追い出す……?」


 獣人たちの習性については詳しく分かっていない。彼らの社会の中では弱い個体は足でまといとして排除されるのが普通なのかもしれない。

 しかし、だからといって私たちが彼女を見捨てていい道理にはならない。


「ここは大丈夫ですよ。私たちは追い出したりしません。それと、私はエドガーです」

「私はメアリーです! よろしくねグレイさん!」

「……よろしく……」


 グレイはすこし恥ずかしそうに俯いた。


「……元は西の方に住んでた……。でもあっちは強いモンスター……沢山いる……。……だからこっちに逃げてきた……」

「しかし弱っているところ、運悪く山賊に捕まってしまったのですね……」

「……そう……」


 悲惨な日々を歩んできたことは彼女の傷の数々が物語っている。


「でももう心配しなくて大丈夫だよ! エドガーさんは凄く強いし、頭もいいし!」

「……そう……なの……?」

「え、ええ……。まぁ、人よりは……」

「……いいね……」


 この時はまだグレイの意味深な微笑みの意味に気がついていなかったのだ……。

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