第12話 家族として

「ぐ、グレイさん……! 離れてください……!」

「……嫌……!」

「お、重い……」


 次の日の朝はメアリーとグレイの言い合う声で目が覚めた。

 やたら重くて暑いと思って目を開けると、私の上にグレイが乗っかっているではないか。それでメアリーはグレイをどかそうとしていたのだ。


「おはようございますグレイさん。あなたのベッドは隣のですよ。それとも寝心地が気に入りませんでしたか?」

「……強いオス……逃がさない……」

「ええとそれはどういう……」

「早く退けてください!」


 メアリーは無理やりグレイを私から引き剥がした。

 しかしグレイは抵抗こそしなかったものの何やらご不満の様子だ。


「……このオス……お前のものか……?」

「そっ……! そそそそんな訳ないじゃないですか!」

「……じゃあなんで……」

「んなっ……! な、な、何でもです!」

「……安心しろ……。……強いオス……何匹でもメスと結婚していい……」

「エドガーさんは人間の男性です! 人間ではダメなんですよ!」

「……むうぅ……」


 獣人の生態。それは私の全く知らない世界。久しぶりに私が知らないことと出会え、私は少しだけ興奮していた。

 だが、あくまでも相手は保護対象。そのような不純な好奇心の対象にしてはいけない。


「グレイさん。グレイさんはまだ子どもです。元気になり、いずれもっと大きくなればまた新しい出会いもありますよ」

「そうですよ! ほら、朝ごはんにしましょうグレイさん!」

「……ごはん……食べる……」


 欲求に対して素直なのは分かりやすくていい。

 グレイは促されるままボリボリと朝食代わりの果物を食べ始めた。しかしそれもすぐに食べ終わるとまた始まる。


「……じゃあ、……お前……グレイの……なに……?」

「なに、と言われると難しいですね……。強いて言うなれば“家族”、でしょうか」

「……家族……。……つまり群れ……? ……お前、……群れのボス……」

「私はボスとはまた違いますが……。獣人的には群れであったりボスという存在が分かりやすいのでしょうか……?」


 よく分からないが、彼女に色々教えるという意味では年長者、つまりボスという表現が彼女にとってしっくりくるようだ。

 それなら彼女の分かりやすい方法で試してみるのがいいだろう。


「それではグレイさん。食事が済んだら怪我のリハビリをしましょう。まずはこの辺りの食べられる果物を探してきてくれませんか? グレイさんの好きなものでいいですよ」

「……ボスの言うことは絶対……。……これ、群れの掟……」


 そう呟くとグレイはふらふらと外に行き、森の中へと消えて行った。

 彼女の体調も少し心配ではあるが、まだ村の近くには獣人にしかたべられない果物が沢山残っていることを確認したので、半日もせず両手が一杯になり戻ってくるだろう。










 嵐が去り、これでメアリーとゆっくり話をすることができる。


「──それで話が、メアリーさん。グレイさんのことも含め、私は改めて考えました」

「な、何をでしょうか……」

「私は少し、この幸せな生活に甘えていたようです」

「…………」


 この不可思議な関係を始める時の約束。幸せな日々に浸かりそれをいつしかお互い忘れるように生活していた。


「これからはあなたが一人でも生きていけるよう、冒険者としてもやっていけるように訓練を始めます」

「く、訓練ですか……」

「そう身構えることはありません。私がいなくても自らの身を守ったり、狩りをしたりする力を身につけるのです」

「……そうですよね。エドガーさんもいつまでもこうしている訳にはいかないですもんね」


 メアリーは悲しそうにそう呟く。


「いえ、私は構いませんよ。しかしグレイさんではありませんが、メアリーさんもいつかは誰かに恋し、結婚したり。或いは独りで自分の幸福を見つけ暮らしていく……。そうやって人は生きていくのです」


 私が奪ってしまった彼女の生活。それを取り戻す手助けをする。それが今の私の生きる意味だ。


「……分かりました。いつかエドガーさんにも認めて貰えるよう頑張ります」

「ゆっくりでいいですよ。初めから全てが完璧な人などいません。毎日少しずつ学び、大人になっていくものです」


 私の気ままな第二の人生に、まだ若い彼女を一生付き合わせる訳にはいかない。

 いつかここを旅立ち、自らの幸せを自らの手で掴むのだ。


 ……そう義務的に自分自身に言い聞かせないといけないほどに、いつの間にか私はこの他愛のない日々を愛してしまっていた。

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