第13話 親心
それからメアリーは懸命に働いた。
メアリーの朝は早い。私からグレイを引き剥がした後、朝食の用意をする。用意が終わったら、また私からグレイを引き剥がし、外に剣の素振りをしに行く。
朝食を終えた後は私と狩りに行き、まずは兎や鹿のような大人しい獣を目標に弓や罠の使い方を教えた。これにはグレイも嗅覚を活かした獲物の捜索などの手伝いをしてくれ、同時に彼女自身も獣人として生きていくのに必要な力を鍛える練習になっただろう。
昼はそうした野外での簡単な食事を教えた。私が見聞きした異国の料理なども試し、どんなところでも食べていけるように仕込んだ。
夜はグレイが眠ってから、メアリーと勉強会。基本的な教養は元貴族だけあって十分身につけていたが、いつかそうした社交場に戻った時恥ずかしくないだけの振る舞い方なども教える。
それと同時に彼女の知らない街での暮らし方、商売のやり方なども知っておいた方がいいだろう。彼女の生きる道は冒険者だけではないのだから。
メアリーの吸収力の高さには驚かされた。子どもの成長は早いとはよく言ったものだ。いや、それだけ彼女が必死に努力した証でもある。
私が初めて出会った時の可哀想な少女はもういない。彼女はもうどんな困難でも一人で乗り越えられるだけの力を手に入れていた。
そうして季節は巡り秋。
畑の収穫作業も一段落し冬に向けての備えを始める頃、私はメアリーに最終試験を課した。
「最終試験と言っても、これができたから追い出す、できなかったから見放すといったことはしませんよ。ただメアリーさんの今の実力を知りたいのです」
「……頑張ります!」
「試験は単純です。街に行き、金貨二枚を稼ぐ。期限は二週間。稼ぎ方については指定はしません。冒険者ギルドで依頼を受けても良し、この辺りで獣を狩り肉や皮を売りに行くも良し。全てメアリーさんにお任せします」
金貨二枚とはそれなりに豊かな庶民が月に生活していくのに必要とされる金額だ。それを半月で稼げれば文句なしで合格と言えよう。
「分かりました! では出発します!」
「はい。……メアリーさん、もしも無理だと思ったら諦めても構いませんからね。メアリーさん自身が元気に生活していくことが一番大切ですから」
「大丈夫です! ……行ってきます!」
「……頑張って……メアリー……」
「グレイちゃん、あんまりエドガーさんに迷惑掛けたらダメだよ?……じゃあね!」
メアリーはすっかり似合うようになった冒険者の装備を身に付け、街に向けて村を後にした。
「……ボス……メアリーの様子……見に行かなくていい……?」
「大丈夫ですよ。もうメアリーさんは一人前です」
「……じゃあなんで……試験する……?」
「私が居なくても大丈夫だと、メアリーさん自身に気がついてもらうためです。他の場所での暮らしを手に入れるキッカケ作りという訳ですね」
ここで培った技術。そして今回の試験で築く新たな働き口との関係。それらがあれば彼女はもう私の助けがなくとも大丈夫だ。
「グレイさんももう怪我は完治しましたし、一人で生きていけるだけの狩りの力もありますが、これからどうしますか?」
「…………」
「きっと今なら元の群れに戻っても見捨てられたりしませんよ」
「……戻りたくない……」
グレイは私の袖を掴んでそう言う。
「私のことを気にしているなら、あなたのボスとして、あなたが自由であることをもう一度お伝えします」
「……グレイは……ここが好き……。……ボスも、メアリーも、好き……。……だからここに居たい……。……それじゃ……ダメ……?」
泣きそうな目で見つめる彼女の頭を撫でる。いつの間にかこれ程までに彼女に懐かれていたようだ。
だが彼女にとっての幸せがここにあるなら、それはそれでいい。
「いえ、好きなだけ一緒に居ましょう。村の皆さんもグレイさんの狩ってきた動物の肉を喜んで食べています。今やこの村全てがあなたの群れですよ」
「……グレイ……この群れに……必要……」
「そうですね」
「……グレイとメアリーも、……ボス……必要……」
「────! そう……、ですか……」
そうだ。私は国を出て一人で生きていこうと思っていた。しかしそれは間違いだった。
こうして村に住み、メアリーやグレイ、ベンのような村人たちと共に生きてきた。
私は勝手な責任感からメアリーやグレイが一人で生きていけるようにとばかり考えていた。
グレイの言葉に昔を思い出した。全てを捨てて出ていってしまったこと、今まで共に戦ってきたジョージを残し、私だけ一人で好きに生きようなどと責任を放り出してきたこと。後悔はしないと決めていたが少し心が揺らいだ。
「……グレイさん、メアリーさんが戻ってきたら豪華なご飯で出迎えてあげましょう」
「……なら狩り……行く……?」
「そうですね。行きましょうかグレイさん」
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