第10話 救い

「──離してください! いくらなんでもエドガーさん一人でなんて無茶です!」

「だからってメアリーちゃんが行ってもしょうがない! エドガーさんを信じて待つんだ!」

「駄目です! 私も戦えます! 行かせてください!」


 村に戻ると言い合いをする声が聞こえてきた。

 メアリーはいつだかに見た冒険者のセットを取り出して来て飛び出そうとしている。だが私が頼んだ通りベンが彼女を引き止めてくれていたようだ。


「心配をかけてしまってすみませんメアリー。……今戻りましたよ」

「エドガーさん! 良かった……! 無事だったんですね──って、それ……、どうしたんですか……?」

「山賊に捕まっていたみたいです……」


 私の腕の中には傷つき意識を失うまでに衰弱した獣人の少女の姿があった。耳と尻尾から見るに狼系の獣人だ。


「獣人なんて俺は初めて見たぞ」

「私は見たことがありましたが……、なぜこんなところに……?」

「恐らく奴隷商に売るためでしょうね。ただでさえ珍しい獣人の、それも女性となれば高値で売れるでしょう……」

「そんな……、酷い……」


 群れからはぐれてしまった獣人を捕らえるというのはよくあることだ。曲がったことが嫌いなジョージは奴隷の取り引き自体を禁止したが、アルバート王国以外の国では合法的に奴隷が売られていることも多い。

 一応売り物としての価値を落とさないよう、致命的な怪我や後に残るほどの傷はなかったのが不幸中の幸いだが、獣人の少女は依然苦しそうに呻いている。


「一度首を突っ込んだからには、怪我が癒えるまでこの子の面倒を見ようと思います」

「私もお手伝いします!」

「分かった。村の皆にも伝えておこう。まあ、盗賊から村を救った勇者であるあんたに文句をつける人はいないだろうがな!」


 とりあえず目の前の脅威は去った。しかし私は深く反省している。

 メアリーが一人で生きていけるだけの力をつけさせるという本来の目的を忘れ、甘く楽しい日々のぬるま湯に浸かっていた。一歩間違えば、メアリーがこの獣人の少女のようになっていたかもしれないのだ。


 私は思いを新たにし、これからのメアリーとの生活について考え直した。







「メアリー、水をお願いできますか?」

「はいすぐに!」


 残念ながら私は治癒魔法が使えない。正確に言うと身体強化魔法の発展で自分自身には効果があるが、人を治すレベルの治癒魔法は使えないのだ。

 だから以前読んだ本で学んだ知識を頼りに、地道に手探りで治療を始める。


「この薬草は獣人にも効くはずです」


 軍に獣人はいなかったので一度しか読んではいないが、それでもある程度覚えている。

 私は意識が朦朧としている獣人の少女に水と煎じた薬草を飲ませた。これで少しでも意識が回復すると良いが……。


「彼女らは肉を好みます。弱っているので柔らかく煮込んだ肉料理などが良いでしょう」

「分かりました! 準備します!」


 メアリーに食事を作って貰っている間、私はこの少女の怪我の様子を見る。


「……失礼しますよ……」


 私は獣人の少女のボロボロになった服を脱がせる。服の下にはいくつもの引っ掻き傷や噛み傷が残っていた。群れからはぐれた後、たくさんの獣やモンスターに襲われたのだろう。

 そして、見たところ年齢はメアリーとそう変わらないが、目の前の少女は痛ましいほどに貧相な体つきをしていた。群れにいた頃からあまり食べられず、最後は置いていかれたか追い出されてしまったのだろうか。


 私は予め作っておいた塗り薬を少女の傷一つ一つに丁寧に塗り込んでいく。

 染みるのか呻き声が大きくなるが、悪化しないように我慢してもらうしかない。


「あとはこれを火に掛けておけば……って、エドガーさん!? し、下は私がやりますよ!?」

「いえまだ上も途中で……」

「上も私がやります!」

「そ、そうですか……?」

「そうです! エドガーさんが気にしなくても、この子は気にするかも知れません! ……と言うか、私が気にします……!」


 メアリーが凄い勢いで私と少女の間に入り込み布を被せる。

 本当は私が直接見て治療したかったが、まあ塗り薬を塗る程度なら知識がなくてもできるだろう。


「わ、分かりました……。それではメアリーさんにお願いします」


 確かに年頃の女性に対する配慮が少し欠けていたかもしれない。

 幼い頃からまともな人付き合いをしてこなかった私は、そういう点でメアリーから学ぶべきところがあるのも事実だ。


 メアリーが少女の手当てをしている間、私は以前見かけた獣人が好むと聞く果物などを採集しに出かけることにした。

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