第9話 復讐の炎

「──きゃあ! やっ、やめて!」

「メアリー!?」

「頼む、その子を離してやってくれ! 食べ物なら言われた通りに渡したじゃないか!」


 私が村の周辺の植生を詳しく調べに出ていると、村の方から不穏な悲鳴が聞こえてきた。

 私は慌てて村に戻ると、いかにも盗賊や山賊らしき薄汚いゴロツキが何人もいた。そしてあろうことかその一人がメアリーを人質に取っている。彼女の白く細い首元にはナイフが添えられていた。


「その手を離しなさい」

「あ? 誰だお前? 前来た時はいなかった……。ああそうか! お前がこの女を連れてきたんだな?」

「だったらなんだ。その汚い手を離せと言っている」

「こんなしけた村に若い女……。見過ごす訳にはいなねぇよなぁ?」

「よく見たら可愛いツラしてんじゃねぇか……。へへ……それに身体の方も……」

「いっ……いや……!」


 ゴロツキの一人がメアリーの胸を力づくで揉みしだく。彼女は恐怖と痛みで涙を浮かべていた。

 その瞬間、私の中で何かが切れた。


「この腐れ外道がァァァ!」

「なんだお前動くな──」


 兵士時代に身につけた身体強化魔法。長年のブランクと我を忘れるほどの怒りから、制御不能なまでに強化した身体能力により、たった一歩の踏み込みでメアリーを人質にとる男に詰め寄った。そして男に躱す暇も与えずに全身全霊を乗せた拳が男の顔面を打ち抜いた。


「ぶへぁ!!!」


 男は数メートル吹っ飛び、口と鼻から血を吹き出しながら項垂れている。


「て、テメェ!!!」


 今度はメアリーに暴行した男が私に短剣を振り下ろす。しかし訓練もされていない素人の剣筋などまるで止まっているかのように見える。

 そして当然この男も許すつもりはなかった。私は剣を躱し男の首元を掴む。


「プロミネンス──!」

「ぐあああああ! ひっひっひぃぃぃぃ!!! あっ、あっ、あちぇぁぁぁぁ!!!! ア゙、ア゙ア゙ア゙、ア゙ア゙…………」


 私が使える中で最強の炎魔法。怒りの業火が男を焼き尽くし一瞬で丸焦げになった。


「魔法が使えるなんて聞いてねぇ! 逃げるぞ!」

「生きて帰れると思うなよクズ共が!」


 私は逃げ去るゴロツキたちの背に手を向ける。


「アイスピックスピ──」

「やめてください!」


 魔法を発動させようとしたその時、メアリーが私の腰に飛びつき、狙いがぶれたその攻撃は大きく逸れて木に命中した。


「やめてくださいエドガーさん!」

「ですがメアリー!」

「私は大丈夫ですから! ……だからもう、人を殺したりしないでください……!」

「…………」


 私にしがみつき泣きながらそう懇願する彼女の体はガタガタ震えている。そこではじめて私は冷静さを取り戻した。


「すみませんメアリーさん。……いえ、止めてくださりありがとうございました」

「ひぐっ……うぅっ……。怖かったです……エドガーさん……。うわぁぁぁん……!!!」

「メアリーさん……」


 私はただ彼女を強く抱き締め、泣き止むまで頭を撫でてやることしかできなかった。


「……ベンさん。詳しく話をお聞かせ願います」

「すまなかった。あんたらにはちゃんと話しておくべきだった」


 その後、ベンからこの賊についての一切を聞いた。


 なんでも彼らはここ最近近くに住み着いた山賊の一派らしい。村がやけに貧しかったのも彼らにみかじめをせびられていたから。村がピリついた雰囲気で誰も出歩いていなかったのも、ベンが私たちに最初帰るように言ったのも、山賊の存在があったから。

 そして私たちが今住んでいる家は、娘を守ろうと山賊に歯向かい殺された家族が住んでいた。


「……ベンさん、この件、私に全て任せて貰えますか」

「エドガーさんあんた……」

「始末は私が」

「やめてくださいエドガーさん! もういいんです! ……どこにも行かないでください……」


 メアリーは私から離れようとしない。

 私ももう争いごとに加わりたくないから国を出た。だが山賊を野放しにしていては平穏な日々はいつまでも訪れない。


「ごめんなさいメアリーさん」

「エドガーさ──」

「レスト──」


 対象を浅い睡眠にかける魔法。泣き疲れたメアリーはストンと落ちるように眠りについた。


「メアリーをよろしくお願いします」

「余計なお世話かもしれんが、気をつけろよ……。あんたがいなきゃこの子は……」

「…………」









 アジトである洞窟は簡単に見つけられた。見張りを倒し、彼らなりの精一杯の反撃を捻り潰しながら洞窟の奥へ進んだ。


「──お前……! く、くそ! どうしてここを!?」


 洞窟で一番広い空間には大量の山賊とそのボスらしき人物がいる。奥の方には先ほど私が追い払ったゴロツキの一人が磔になっているのが見えた。

 薄暗くすえた臭いが広がるこの場を一刻も早く立ち去りたかった。


「お前たちの服は土ではなく砂や小石で汚れていた。山賊の割に日焼けもしていない。地図にある人が住めそうな洞窟は全て把握している。あとは説明不要だな」

「罠はどうした!?」

「この私が素人の児戯に等しい罠にかかると?」

「ぐッ……。に、逃げるぞお前ら!」

「無駄だ。もう一つの出入口は魔法で完全に塞いだ。お前たちに逃げ場はない。私の策に抜かりはない。私が敵を逃がしたことはたったの一度もない」

「ぐぬぬぬ……! やれお前たち!」

「うぉぉぉ!!」

「くだらんな」


 本当にくだらない戦いだった。二度とこの地に賊が住み着かないように洞窟を塞いで出ていこう。

 そう思った時、山賊たちの山積みになった収集品の方から呻き声が聞こえてきた。盗品など興味もなかったが生き残りがいるなら面倒になる前に確実に始末しなければならない。

 そう思い布が被せられた檻に近寄ると、私の目に衝撃の光景が飛び込んできたのだった。

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