第5話 新天地

「あっ! エドガーさん、あれ村じゃないですか!?」


 メアリーが指差す先には木造の貧相な家が二十戸ほど並んでいた。乾いてはいるが畑もあるし家畜の類も見える。

 それは間違いなく人が住む村であった。


「やりましたねメアリーさん。ちょうどここはモンスターも少ない地域です。村の人に話を聞いてから、良さそうであればこの村でご厄介になりましょう!」

「はい!」


 私たちは獣よけの柵に囲まれた村に足を踏み入れた。

 しかし村の中は異様なほど静かで、誰一人として外を出歩いている人はいなかった。


「すみません! どなたかいらっしゃいませんか!」


 私がそう声を上げると、横の家から無精髭を生やした男が出てきた。日焼けした顔、粗末な服の上からでも分かる筋肉、手にできたマメから察するに彼は狩人のようだ。


「誰だあんたら」


 男は訝しむ目を向ける。

 それも無理はない。突然こんな辺境の村に男と一回り下の少女を連れた二人組。私でも怪しいと思う。


「私はエドガー、彼女はメアリーと申します。私たちは訳あって遠くの国から移住先を求め旅をしてきました。良ければこの村にお邪魔したいと思い伺ったのですが、どうでしょうか?」

「お、お願いします!」


 メアリーは勢いよく頭を下げる。

 しかしそれで男の心は動かなかったようだ。


「悪いが帰ってくれるか。この村はあんたらが思うよりも貧しく苦しいところだ。俺たちも受け入れる用意はできないし、他を当たった方がいい」

「お願いします! 私たち他に行く宛てもないんです!」

「メアリー……」


 探せば村はいくつもある。しかしそこが受け入れてくれるかは分からない。

 結局、人間は安心して帰ることのできる場所がなければ生きられない。終わりのない旅路の果てに帰るべき場所を見つけられるかなど分からないのだ。


「今はうちの村でも面倒事は避けたい。あんたらも早くここから去れ」

「お願いします! お願いします……!」

「私からも、どうかお願いします!」


 必死に何度も頭を下げるメアリーの様子にとうとう男は折れた。


「……分かった。好きにすればいい。……ちょうどこの前家が一つ空いた。そこを使え」

「ほ、本当ですか……!? ありがとうございます!!!」

「お、おう……」


 メアリーのひたむきさ、純粋さには誰もが心を動かされる。短い付き合いではあるがそれだけは確信していた。


「ありがとうございます。それと、あなたのお名前を伺っても?」

「ああ。俺はベンだ。一応この村の村長ということになってる」

「ベンさんですね。よろしくお願いします」


 私はそう言い手を差し出したが彼は握手に応じることはなかった。

 私はバツが悪く虚空を舞う手で頭を搔くなどしつつ、これからについてもっとよく聞くことにした。


「それで、頂ける家とはどちらでしょう」

「こっちだ。ついてこい」


 私たちは一軒の家屋に案内された。そこに行くまでの間、やはり村人とすれ違うことはなかった。


 案内された家は村の他の家と同じく木造の小さな家だったが、まるでついこの間まで人が住んでいたかのように手入れされている。

 そして裏には家の裏口から続くよく耕された畑もあることに気が付いた。


「大変厚かましいお願いですが、あの畑は使ってもよろしいですか?」

「あんた、畑仕事なんかできるのか? 見たところ冒険者やさすらいの旅人みたいだが……」

「はい。やったことはありませんが全ての作物について、どんな土地で、どのような気候の中、どう育てればいいかは覚えています」


 民たちの生産する農産物は国を作る大切な礎だ。当然それら全てを把握しておくべきだと思い、一度完璧に覚えたことがある。

 まさかその経験がこうして実際に役に立つ日が来ようとは。


「まあやりたいなら好きにすればいい。無駄だと思うがな」

「それは……、何故そう言い切れるのでしょうか」


 そう尋ねるとベンは、ふっと乾いた笑い声こぼした後、こう答えた。


「雨が降らねぇんだよ。見りゃわかんだろ。去年はこんなんじゃなかったのに、これじゃ今年は皆飢え死にさ」

「なるほどそれで……」


 彼の今までの言葉の意図がようやく掴めた。しかしそれは杞憂に過ぎないだろう。


「大丈夫です。雨は降りますよ」

「そりゃいつかはな。だが今の時期に種を植えておかないと収穫が間に合わなくなる」

「ですから、大丈夫ですよ」

「なに?」

「雨は明日降ります」

「はぁ……。なに適当なこと言ってんだ……」


 ベンは呆れたようにそう言い残し、自分の家に戻っていった。


「なんだか少し意地悪な人ですね。エドガーさんが降るって言ったらきっと必ず降るのに」

「いえ、突然やってきた人間にそんなことを言われても、ここに長年住んでいる側からすれば受け入れ難いものです。それにきっとあれだけ忠告するのは私たちに種を無駄にして欲しくないという優しさかもしれませんよ」

「そうなんでしょうか……」


 こうして安住の地を見つけた私たちだったが、これからの日々が平坦なものでは無いことは明らかだった。

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