第15話 再会

 そして再び私たち三人の奇妙な生活が幕を開けた。


 メアリーは試験が終わってからも勉強を続けている。

 私が国を出るまでの間に出版された本の内容は一応全て覚えているので私が教えられるが、全て口伝では無理があった。そのため彼女は時より街に降りて仕事をこなし、自分で稼いだお金で本を買ってきて勉強するぐらい勤勉家である。


 グレイは冬が近付き冬毛で耳も尻尾もフサフサになった。と言うのも、それ以外彼女は何も変わっていない。

 相変わらず自由気ままに出歩き、夜になるとたまに獲物を持って帰ってくる。痩せ型だった彼女もすっかり健康的な体型になり毎朝その重さで起きてしまうが、女性に対し失礼なことも言えないので甘んじて受け入れている。決して冬毛の彼女がこの時期には暖かくてちょうど良いなどという邪念はない。


 私はやることは変わらずメアリーとグレイの世話だったが、最近は積極的に村人と交流を図るようにしている。そこには本では学べないことが数多くあった。

 かつては軍人として下士官、指揮官という上下の関係、王であるジョージに軍師として取り上げられてからはほとんどの人間が部下であるという人生だった。幼い頃は孤児として憐憫の目を、国の中枢に行ってからは恐怖の目を向けられた私にとって、全ての身分を隠し対等な関係を築けるというのは貴重なことだった。







 そんな代わり映えのない日常を送っていたある日のことである。

 まだ昼下がりだと言うのにグレイが突然帰ってきた。


「おや、おかえりなさいグレイさん。今日はお早いお帰りですね。お腹が空きましたか?」

「……違う……。……知らない服着た人……沢山来る……」

「…………? 商隊でも通るのでしょうか?」

「……キラキラした……鉄の服……」

「──それは鎧です! それはどっちからですか!?」

「……向こう……」


 グレイは西の方を指差す。マーシア王国の辺境であるこの村の向こう側から来る兵士、それも事前通告のない……。

 十中八九他国の兵と見て間違いない。


「何人来てますか?」

「……向かってくるのは五人……。……でも奥に馬とかもっといっぱいいた……」

「斥候部隊か……。本隊の数が分からない以上下手にうごけない……。──グレイさん、すぐに街に向かいメアリーさんを呼び戻して来てください」

「……わ、分かった……」


 グレイは北の街の方へ駆けて行った。


 しかしこの私が戦争などないと見込んだこの国に何故他国の兵が来たのか。

 隣にあるのはほぼ非武装の小国家とそれらを挟んで向こうのアルバート王国だ。どこもこの国に戦争を仕掛けるメリットなどない。


「……まずは斥候部隊の兵士と話をする必要がありそうですね……」


 大事にならなければそれでいい。別に私自身はこの国に思い入れがある訳じゃないが、この村やここでのメアリーたちのと日々はなんとしてでも守りたいと思う程度にはここが気に入っていた。


 私はすぐにベンの家を訪れた。


「……おう、どうしたんだエドガーさんよ」

「大変なことになりました。ここに他国の兵と思しき人物が向かって来ています。ですがご安心を。ここは私にお任せ下さい。私が何とかしますのでベンさんは村の皆さんに外を出歩かないよう、向こう方を刺激しないように注意喚起をお願いします」

「お、おう……。何が何だか分からねぇが、エドガーさんの言うことなら間違いはねぇな。しっかし、やっと盗賊が居なくなってしばらく平和だったってのによ……」

「私も同じ気持ちです。ですが彼らもただ道に迷っただけで、なんてことはないかもしれません。今はただ、備えましょう」


 情報がなければ私でもどうしようもない。メアリーたちの無事な帰りと他国兵の撤退を祈りながら、私は考えを巡らせていた。









「──エドガーさん!」

「メアリーさん! 良かった。すぐに帰ってこれたのですね」

「はい、ちょうど村に戻ろうと思って歩いてた途中でグレイちゃんに出会ったんで急いで帰ってきたんです。……それで、どうなっているんですか?」

「……遠くから話し声と鎧がガチャガチャとぶつかる音が聞こえてきます。もうすぐ彼らもこの村の存在に気がつくでしょう。メアリーさん、グレイさんは家の中に隠れていてください。私が対応します」

「そんな! もしもの時は私も戦います!」


 メアリーは剣を抜いてやる気満々の様子だ。グレイもグルルと唸っている。しかしここは彼女たちに頼る場面ではない。


「私を信じてください。私なら大丈夫です」

「……分かりました。行きましょ、グレイちゃん」

「……ボス……気をつけて……」


 私は彼女たちを家に押し込む。


 そして念の為、例の剣を奥底から引っ張りだした。使わないのが一番だが、万が一があるかもしれない。









「──あ、あれは……!」


 そして程なくしてやって来た兵士たち。その胸に輝くのはアルバート王国の紋章だった……。

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