次の予定
車内は、回転寿司屋へ向かっていた時とは違って、静寂なままだった。
「音楽でも、かけましょうか?」
明さんの提案に、
「あ、はい」
と俺は返事をする。
スピーカーから流れて来たのは、最近流行りの男性ミュージシャンの曲だった。
「このミュージシャン、今、人気すごいですよね!俺も、この人の曲はよく聴きますよ!」
「私、この人が紅白に出てたのを観て、一気に好きになりました。シンガーソングライターで、全てこの人が創ってるんですよね。本当にすごいです」
「絵を描いたり、ダンスしたりもしますよね!すごい才能持ってますよね。出身は確か……」
人気ミュージシャンの話題で、それまで静かだった車内は、嘘のように盛り上がった。
そうこうするうちに、車は目的地までたどり着いた。
「今日は、ありがとうございました。気をつけてお帰りください」
「こちらこそ、ありがとうございました」
俺は、車を降り、原付に向かって歩き出した。次の予定もないままに。
◇◇◇
『え!? 達川のやつ、死んでたの?』
俺は、達川のこともよく知っている、小学校からの友人、
『そうなんだよ……。高校の頃、交通事故に遭って、死んでた。』
『そうなのか……。信じられないな……。』
衛藤も達川が死んだことを信じられないようだった。
『達川のお姉さんに聞いた話だから、間違いない。俺、達川の眠っている墓、見舞ってきたよ……。』
『達川のお姉さん? そっちに居たんだ。』
『ああ、こっちで看護師として働いてた。俺、達川のお姉さんとたまたま交通事故に遭ったんだけどね。』
なるほどな、と衛藤は俺の話にうなずく。
『こんどのゴールデンウィーク、お前の所に遊びに行くって、言ってたじゃん? その時に達川の墓、俺も見舞いに行って良い?』
衛藤は電話で、俺にそう話し掛けて来た。そうなのだ。衛藤は今度のゴールデンウィークにこっちに遊びに来ることになっていたのだ。俺は、明さんと次の予定を取りつけるのに、衛藤の力を借りるのだ。
とはいえ、明さんの休みの予定もわからないし、たとえ休みだったとしても、もう既に別の予定が入っているかもしれない。
俺は衛藤に、
『聞くだけ聞いてみる』
と話して、電話を切った。
衛藤がこっちに来る日はもう決まっているので、後は、明さんの予定が合うかどうか……。まあ、衛藤なら、俺が案内しろとか言ってくるかもしれない。だから、もし仮に明さんの都合が合わなかった時は、俺が衛藤を案内するとして……。明さんに、こんな夜に電話掛けても良いのだろうか。嫌われないだろうか。んー、考えてても、駄目だわな。俺は、すぐに明さんに電話を掛けた。
『はい』
意外にも、明さんはすぐに電話に出てくれた。
『もしもし、桜居です。夜分にすみません。辰田さん、今、お時間よろしいですか?』
『はい、なんでしょう?』
『あの、俺の友人に衛藤というのが居りまして……。そいつに電話して、達川のことを伝えたら、墓参りしたいと、そう言っておりまして……。辰田さんにはお手数お掛けしますが、もう一度、お墓まで連れて行っていただけないでしょうか?』
『いつ頃ですか?』
『5月4日になるのですが……』
明さんの予定、空いててくれ!
『すいません。その日は日勤が入ってます』
やっぱり……。明さんには、仕事が入っていたか。
『わかりました。俺たちだけで見舞いに行かせていただきます。行っても良いですよね?』
『ええ、それは大丈夫です。連れて行けなくて、申し訳ございません』
やっぱり、看護師にはゴールデンウィークなんて、関係ないんだな。
『いえいえ、許可いただきありがとうございます!衛藤にはそう伝えておきます!』
『はい、お願いします。翔は愛されていたのですね』
明さんの嬉しそうな声が聞こえる。
『達川が愛されていたのかはわかりませんが、少なくとも、俺たちにとって、かけがえのない仲間でした。他の仲良かった奴らにも、後で伝えておきます』
『わかりました。翔も喜ぶと思います』
これは、もう会話が終わりそう……。
何か他に、次に繋がる何かはないか?
『あの、よろしければ、また都合のつくときに、一緒に食事でもどうですか?』
すごいベタな誘い方だが、もうこれしか思い付かない。
『ええ、いいですよ! 5月5日は休みなので、その日はいかがですか?』
『全然大丈夫です!』
『じゃあ、5月5日に……。お友達とお墓参りした結果も知りたいですし……』
『はい、わかりました。夜分に失礼しました』
『おやすみなさい』
『おやすみなさい』
電話は切れた。
やった!!
明さんとまた食事ができる!!
夢みたいだ!!
ものはとりようだが、天国にいる達川が、俺を導いてくれているのかもしれない。もしそうだとしたら、達川、ありがとう。また、俺、衛藤と墓参りに行くよ。達川のお墓、綺麗に掃除しておくからな。だから、俺と明さんの仲を取り持ってくれよな。
俺は、達川の墓までの公共交通機関がないか、布団に寝転びながら、スマホで調べた。調べた結果、電車で行くのが一番お墓までの距離が近い、ということがわかった。
衛藤には、
『達川のお姉さん、仕事だった。俺たちだけで行くぞ』
と伝えた。衛藤から、
『りょーかい』
の返事。せっかく来てくれる衛藤には悪いが、お前と会うよりも明さんと会うほうが楽しみだよ。
そんなことを、衛藤に伝える訳にはいかないが。衛藤とのことはとりあえずおいといて、明さんと食事か。今回は、俺が紹介した方がいいよな。俺、外食で済ますけど、同じ店にしかいかないからな……。そのお店も、不味い訳ではないんだけど、やっぱり、ちゃんとしたお店のほうがいいかな……。多分、明さんは車で来るんだろうな。家、どの辺りなんだろう。明さんの勤める病院は俺の住むマンションから近かったけれど、お墓は、結構遠かったしなぁ。
ところで明さんは、実家暮らし?
それとも、独り暮らし?
あー、聞いとけば良かった。間を置いて、また明さんに電話してみようか? いや、ショートメールのほうが迷惑ではないかな?
もやもやしながら、明さんのことを考えていると、次第に眠くなってきた。
とりあえず、約束を取りつけたこと、これが大事だ。当日の予定の中身はおいおい考えるとしよう。俺は、スマホを充電器に挿し込み、枕の横に置いてから眠りについた。
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