明さんとの繋がり3

「桜居じゃん、なにさ?」

木原がなんの方言かわからないしゃべり方で、俺に訊き返した。


「いや、俺、小田原研究室に配属になったんだけど、そこに所属の辰田准教授について話を聞きたくて……。親戚なんだろ?」


「ああ、緑おばさん。私のおば様なんだ。桜居、知ってたんだ」


「追分から聞いた。それで本題なんだが、従姉妹に辰田明さんて人、居る?」


「明ねえ、居るよー。確か、近くの病院で看護師してる。それが?」


 ビンゴ!!


 木原は明さんの親戚だった。これは都合がよい。でも、木原はおしゃべりだから、俺が事故の話をしたら、絶対に広まるだろうことは容易に想像できた。


「この前、病院に行ったら、その人にいろいろしてもらっちゃってさ! 辰田って名字だったから、辰田准教授と関係があるのかな? って思っただけだよ」


「ふーん、なになに? もしかして、明ねえに恋しちゃった?」


「ち、違うよ! ただ知り合ったってだけだよ!」


 木原の不意討ちに俺は焦ってしゃべってしまった。


「隠さなくてもいいよ! 明ねえ、可愛いよね! 翔が亡くなった時にはすごく落ち込んでたけど、立ち直ったんだね!」


 木原は、明さんのことをある程度は知っている口ぶりだ。しかし俺は、木原に全部話してしまうのはまずいと本能的に思った。


「俺、そろそろバイト行かないと……。木原、いろいろとありがとう! 辰田准教授にはこれからお世話になるから、また話を聞かせてくれ!」


「なにさ! 明ねえのことが本命なんでしょ?」


「だから、違うから! まあ、辰田准教授の家族構成とかも気になるからな。それじゃあな」


 木原はまだなにかしゃべりたそうにしていたが振り切って、俺は香川研究室を後にした。これ以上木原に訊くのは得策とはいえない。俺は、作戦変更して、辰田准教授に話を訊くことにした。


 木原から聞いたんですけど……、と言えば、辰田准教授とも話が出来ると思う。怒られる可能性もあるが、木原に話を広められるよりかましだ。万が一、何も話してくれなかったとしても、明さんと今度会うときの話のネタになるし、いいだろう。バイトの時間が近づいてきたが、今日出来ることは今日の内に、だ。


 俺は、小田原研究室に戻ってきた。追分がまだ居て、パソコンで何か調べものをしていた。俺は、追分に話し掛けずに素通りして、辰田准教授の部屋へ向かった。


 教授室、准教授室には流石に学生証だけでは入れない。俺は、准教授室の扉横のインターホンを鳴らした。


『はい』


『学部4年の桜居ですが、お聞きしたいことがあってきました』


『そうですか、どうぞ』

扉の鍵が開く音がして、俺は部屋の中へ足を踏み入れた。


「桜居一輝君ね。確か研究テーマは"映画に投影される日本社会"でしたよね?」


「あ、はい。そうです」


「まだ、始まったばかりなのにちゃんと着地点まで目標を見据えて、研究していく所、とても良いと思います。貴方の研究テーマに関連した論文を、いくつか用意しておいたから、また目を通して見てください」


「はい、わかりました」


 もう準備してくれているのか。辰田准教授は仕事が早いな。


「それで、話というのは?」


「同じ学部生に木原巳依という学生がいるのですが、教授と親戚関係というのをお聞きしまして……。」


「はい、そうですが、それで?」


「そこで色々と話を聞きまして、実は、教授の甥の達川翔と俺は幼なじみで」


 そこまで話したところで、辰田准教授が話を被せてきた。


「私の妹の了美サトミの子供ですね。交通事故で高校生の時に亡くなりましたよ」


「いや、それは知っているんです。その翔のお姉さんの明さんと交通事故で知り合いまして……」


「あら、明が交通事故起こしたの? 初耳だわ! 了美が言って来ないってことは大したことないのね」


「あ、はい。その交通事故の被害者は私でして。」


「え、貴方にぶつかったの? 何ともなかったの?」


「はい、不幸中の幸いにも、乗っていた原付のテールランプが破損したくらいで。私自身には何もありませんでした」


「交通事故、って言うからびっくりしたじゃない。明はちゃんと弁償してくれたの?」


「はい、保険会社から後日電話がありまして、全て解決致しました」


「良かった……。了美も明も交通事故で翔を亡くしてるから、敏感になっているの。了美には、後で電話を掛けてみるわ。教えてくれてありがとう」


「いえいえ、こちらこそ、お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました」


「あ、聞きたいことはそれだけ?」


「はい、ありがとうございました。失礼致します」


 明さんのお母さんは了美さん、辰田准教授は叔母さん、従姉妹に木原が居る、そしてどうやら明さんは独り暮らし、それだけ知れただけでも大きな成果だ。

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