墓参り
ほどなくして、保険会社のアツミが、原付の状態を見に来た。何をするのかと思えば、ぱしゃぱしゃと何枚か写真を撮った後で、病院の領収書をこちらに渡すよう言われた。
俺は、言うとおりに領収書を渡すと、銀行口座を訊かれ、
「銀行口座に振り込んどきます」
と言われた。
達川のお姉さん、明さんからはその日の夜、連絡があった。都合の良い時間を訊かれ、
「辰田さんに合わせます」
と答えた。明さんは困ったような声色で、
「そうですか……? なら、勤務表を見直してから、もう一度連絡します。」
と言い、電話が切れた。
そっか、看護師だから、不定休なのか、と自分があまり社会人のことを知らないということを恥じた。
数分ほどして、ショートメールが送られてきて、日時と場所が書かれていた。俺は、
『了解です』
とそのショートメールに返信した。
◇◇◇
約束当日、俺は青のデニムジーンズに白のパーカー、その上から黒のジャケットを着ていた。しばらくすると、グレーのリブニットにミントカラーのフレアスカートを身に付けた明さんが、俺の原付に頭をぶつけた、赤い軽乗用車に乗って現れた。
「お待たせ致しました。さあ、乗って下さい」
俺は、明さんに促され、車の助手席に乗り込んだ。
「保険会社の方からは、連絡はありましたか?」
明さんがそう訊いてくるので、手続きが終わったら、お金は振り込んでくれると言っていた、と伝えた。
「良かったです! 私の方には、連絡が来ていないので……」
明さんは、少し不満気にそう言った。
「お墓って、こっちにあるんですね。」
俺がそう言うと、明さんははっとして、
「実は……、両親が離婚致しまして……。母の実家がこっちにあるんです。翔は、そちらのお墓に眠っています。」
だから、辰田なのか。俺の気になっていた疑問が解決した。
「桜居さんは、どうしてこちらの大学に?」
車を運転しながら、明さんが訊いてきた。
「うーん……、こっちの大学に行きたい学部があって。」
「まあ、そうなんですね! 将来は、何をやりたいとかあるんですか?」
「いえ、明確にこれがやりたいとかはないんですが、今行ってる学部に関係する職業には、就きたいなとは思ってます」
「そうなんですか」
「はい」
「頑張って下さいね! あ、もうすぐ着きます」
明さんの言葉に俺は前を向くと、少し小高い丘につくられた、墓地が見えてきた。
近くの駐車場に車を停めて、歩いて墓地に向かった。
「こっちです」
そういう明さんに案内されて着いた先には、少し古ぼけた墓石があり、《辰田家の墓》と書かれていた。
「翔、今日は桜居一輝さんと一緒に来たよ。」
明さんは花立の花を取り替えながら、墓石に向かってそう呼び掛けた。
達川のやつが、ここに骨になって眠っているのか……。早くに死にすぎだろ……。
俺は、線香を立てながら、心の中で達川に向かって話し掛けた。もちろん、返事は返って来ない。
「翔は……、時々、桜居さんの話をしていました。また、会いたいとも言っていました」
明さんが、急に思い出したかのように、そう俺に話し掛けた。
「そうなんですか……。俺も、達川にはまた会いたいと思っていました。でもまさか、こんな形で再会するとは思っていませんでしたが……」
俺は、花立に水をかけながら、そう言った。
「……っ、本当に、私はとんでもないことをしました。申し訳ありませんでした。翔が死んだ交通事故を……、私で起こしてしまうなんて……」
言葉を詰まらせながら、明さんはそう言った。
「いえ、本当に、怪我ひとつなく原付の状態も大したことありませんでしたので……。むしろ、こうして辰田さんに出会えて、達川のことも知れて、良かったです」
俺は、明さんに全然大丈夫だったということを、改めて伝えた。
「……そう言って頂けると、私も救われた気持ちになります。桜居さんは、本当にお優しい方ですね!」
俺は、そんな言葉を掛けられたことがなかったので、くすぐったい気持ちがした。
「翔、また来るからね」
明さんは墓石に手を合わせて念じた後、そう話し掛けていた。
「さあ、帰りましょう」
「はい」
俺と明さんは墓石を後にした。
帰る道すがら、明さんが、
「今日はありがとうございました!」
そう言って来た。
「いえ、こちらこそ」
俺は、そう返した。しばらく、沈黙が続いた後で、
「あの……」
と明さんが切り出した。
「はい」
俺は、少しどきどきしながら、そう答えた。
「もし、良かったら、この後、どこかで食事とかどうですか?」
俺は、携帯を取り出し、予定を確認する振りをしながら、
「はい、大丈夫です」
と答えた。
「良かった。何か食べたいものとかありますか?」
そう訊かれ、すぐには思い付かなかった俺は、
「何でも食べられます」
と、そう答えた。
「そうですか。じゃあ、回転寿司とかどうですか?」
「はい、良いですね!」
俺は、内心どきどきしながら、明さんの質問に答えていった。
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