誘われて、回転寿司屋
車の中では、達川の昔話で盛り上がった。
明さんが、話を作るのが上手いので、俺はそれに乗っかって話を進めた。
当然だが、俺の知らない達川の一面も知っていて、明さんにより親近感が湧いた。
「着きました」
明さん連れられてやって来た回転寿司屋は、全国展開をしている大手チェーン店で、俺もよく知っている店だった。
「辰田さん、このお店よく来るんですか?」
「はい、私、10皿も食べないので意外と安上がりで食べられるんです。」
そっか、確かに1皿100円の寿司を食べたら、10皿食べても1000円か。ファーストフード店で食べてもそれくらいするから、思っていたより敷居が高くはないな。
そんなことを思いながら店の中に入ると、結構混んでいた。
「2人なんで、カウンター席で良いですか?」
明さんが俺にそう訊いてきたので、
「はい、大丈夫です」
とかしこまりながら言った。
「今日は俺、お金持ってますんで」
「いえ、今日は私のお願いに付き合って貰ったので、私に支払わせて下さい!」
そう言う明さん。
「俺も、最近バイト代入ったので、お金は心配されなくてもありますんで……。じゃあ、せめて、自分の食べた分くらいは支払わせて下さい!」
俺は、そう申し出た。
「そうですか? 」
そう答えた後に、
「 わかりました。では、桜居さんが食べた分は出して下さい」
明さんは少し不満そうに俺にそう言った。
俺だって、いつも奢って貰うのは不満だからな。
カウンター席には、5分くらい待っただけで案内された。席に座った俺達は、車の中でしていた達川の話の続きを引き続きした。
「達川といえば、余った牛乳争奪戦にいつも参加してましたね」
「あの子、牛乳大好きだったから。高校に上がる頃には、190cmはありましたね。私も身長低いほうではないんですが、頭一個分くらいは違いましたね!」
そう笑顔で楽しそうに話す明さん。その笑顔は、どこか達川を思い出す。
俺は、寿司が回っているレーンからサーモンを取り、醤油とほんの少しのワサビを付けて、口にほおり込んだ。
うん、美味しい。
明さんの方を見ると、玉子を取って、何も付けずに口に運んでいた。
「桜居さん、言ってましたよね。私が事故を起こした時、大したことありませんので、って。私も大した事故じゃなくて良かった、って思ってしまいました。その交通事故で、翔を失っているというのに……。私、事故の当事者になるなんて思ってもいなかったから。翔をはねたトラック運転手、凄く恨んでいました。でも、そのトラック運転手だって、翔をはねたくてはねた訳ではないんですよね。わかっているつもりでしたが、本当には、わかっていなかったんです」
明さんは俺に、言葉を噛み締めながら、一言一言、ぽつりぽつりと語り掛けた。
「だから、桜居さんも私が全面的に悪いので、もっと怒って良いんですよ。私に遠慮しないで、会いたくないと言ってくれても良いんですよ。私、覚悟していますので……」
明さんは、少し悲しそうに、俺にそう言った。
「怒るなんて、そんな……。確かに、原付にぶつかってびっくりしましたが……。辰田さんだって、起こしたくて起こした訳ではないって、わかっていましたんで」
「大したことでは済まなかったかも知れないんですよ! 翔みたいに亡くなっていたかもしれない。そう思ったら、私、申し訳なくて……」
「俺は、大したことなかったので、全然、辰田さんのことをどうこう思ったりしてないですよ! 辰田さんが、そんなに思っていることに逆に心配になります。だから、そんなに大事に思わないで下さい」
俺は、本気でそんなに考えている明さんを心配に思った。
「ごめんなさい……。変なことを言いました。忘れて下さい。そうですね! 楽しくお寿司を食べましょう!」
明さんは空元気にそう振る舞っている、俺には、そう感じた。
そこから、しばらく、俺と明さんは会話が途切れたままだった。
俺は、明さんに事故を起こされた側だから、何も言えなかった。明さんは、事故によって弟を失い、起こすはずがないと思っていた事故を起こした。俺に申し訳なさがないはずがない。
俺は、この事故は、大したことない人生の中のワンシーンとして、終わると思っていた。でも、明さんのことを知れば知るほど、明さんのことをますます知りたくなってきた。
◇◇◇
結局、そこから俺達は、一言も話さないまま、支払いまで来た。
「俺の分、出しますね」
「あ、ありがとうございます」
精算は明さんに任せて、俺は店の外に出た。
外はもう真っ暗だった。月が綺麗に見える。それくらい、空は晴れていた。
「桜居さん、行きましょう」
明さんに呼ばれると、もう車に向かっている明さんが見えた。
「あ、すいません。今、行きます」
しまった、車の前で待ってたほうが良かったか。俺は急ぎ足で明さんの赤い車に向かった。
「朝、待ち合わせた場所まで連れて行ったので、よろしいですか?」
「あ、はい。すみません、お願いします」
明さんは、エンジンをかけて車を走らせた。
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