2章

明さんとの繋がり1

 次の日の朝は雨だった。


 大学までは歩いてもそんなに時間をかけずに行ける距離なので、早めに支度して家を出た。もう大学4年なので、授業らしい授業はないが、今日はゼミの日なので、研究室に向かった。


 世の中の大学4年生は、既に就活も始めているだろうが、俺は、大学院に進学することしか頭になかったので、全く活動していない。


 衛藤も進学するらしく、時間にゆとりはそれなりにある。今日のゼミは卒業論文のテーマ決めで、既にやるテーマは決めている。それを発表するだけなので、すぐに終わるな、と思っている。バイトは今日は夕方からで、昼は明さんと行く店探しでもしようかと考えている。


 そうこうするうちに、研究室に着いた。部屋にはまだ、誰も来ていなかった。


 俺は、自分に割り当てられた机に座り、パソコンを付けた。パッと俺のお気に入りのディスプレイ画面が映り、とりあえず、メールを開いた。


 2通メールが来ており、1通は大学からの業務連絡だった。もう1通はゼミの教授からで、1年間の予定が書かれていた。それをみると、どうやら、ゼミは1週間に1回開かれるらしい。


 割と学生に関わってくれる教授だなと俺は思った。この研究室には、入る予定ではなかったが、俺が入ろうと思っていたゼミは定員オーバーになり、俺はあぶれた。


 少し俺のやりたかった専門分野とは違うが、そこまでこだわっていたわけでもなかったので、俺はその研究室に合っているテーマを選んだつもりだ。他の奴らは知らない仲ではないが、そこまで仲良くもない。1人、追分数人オイワケカズヒトを除いては。


 追分は、大学連中の中でも、特に仲良くしている。バイト先が一緒で、それが追分と仲が良い大きな要因のひとつだ。


物静かで、聡明な印象を受けるが、話してみると、そうでもないことがわかる。何にでも一生懸命に取り組んでおり、いつもしんどそうにしている。俺なんかは、何でも8割くらいの力しか使っていないが、それでも、俺は追分よりも成績が良い。追分は要領が悪いのか、元々の地頭が悪いのか、努力が結果に伴っていない。それでも、追分の性格が合っているのか、俺は追分と一緒に居て居心地がいい。


 俺は、追分にはもう少し楽に生きて欲しいと思っているが、追分の性格が頑固で、なかなか聞いてくれない。


 俺のゆるーい感じを追分は見事に消してくれるから、追分はすごい。追分には、影響力があると俺は思っている。


 そんな追分の机は、俺の机の向かいだ。まだ来ていないが、追分の机は、既に山積みの本や論文で埋まっている。相変わらず、やる気がすごいなと追分の机を眺めていたら、

「おはよう」

と追分の声がした。追分が、大きなリュックサックを背負ってやって来た。


「テーマ、決まったか?」

と、俺が尋ねると、

「ああ、決まったよ」

と疲れた声で追分が言ってきた。


「相変わらず、疲れてるみたいだな」


「平常運転」


 いつもの調子でそう言う追分は、お前はどうなんだよ、という目で俺を見てくる。


「俺も決まったよ」

俺は追分にそう言うと、

「そうか」

と追分は一言そう言った。


 それ以上は、何も言ってこない追分。


 こういう察してくれるところが、俺は好きだ。俺もそれ以上は何も言わず、黙ってテーマ発表についての資料をまとめていた。


 しばらくすると、皆が研究室に集まってきた。院生の先輩から、

『3階の302会議室でやるぞ』

とメールが回ってきた。


 今日は、研究テーマの発表と自己紹介を兼ねるらしい。


 これから一緒に活動していく仲間だから、せめて最低でも皆の名前くらいは覚えておかないとな。


◇◇◇


 予定通りにゼミは始まった。


 最初に教授と准教授が挨拶を始めた。教授は男、准教授は女性だ。


「皆さん、こんにちは。教授の小田原捷オダワラスグルと申します。皆さんが私の研究室に来たことも、何かの縁でしょう。《躓く石も縁の端》ということわざがあります。これは、石に躓くことにも前世からの因縁があったということわざです。縁とは不思議なものです。皆さんの中には、望んでここに来た訳ではない者も居ることでしょう。たとえそうだとしても、私も出来る限りのお手伝いをさせていただきますので、これも何かの縁だと思って、腐らず研究に励んで下さい。」


 小田原教授か……。


 まさに、俺なんかはこの研究室に入る予定ではなかったからな。


 確かに、何かの因縁めいたものがあるのかもな。


「准教授の辰田緑子タツタミドリコです。皆さんとは、情報の社会史の授業で一緒に活動したと思います。情報の社会史は、人間社会の起源を探る上でも大切な学問です。専門分野のことならば、何でも答えられるように精一杯頑張りますので、皆さん、宜しくお願い致します」


 辰田……。


 明さんと同じ名字だ。


 まさか、お母さんということはないと思うが、少し気になるな。

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