この事故、大したことありませんので……

一KOH(いっこう)

1章

突然の事故1

「本当に、申し訳ありませんでした!!」


 割りと交通量の多い、高校前の交差点の隅。その女性は、深々と俺に頭を下げている。


 俺、桜居一輝サクライカズキは、どこにでもいるいたって普通の大学生だ。朝、バイト先へ原付で信号待ちをしている途中、後ろから来た車が急に発進してきて、ぶつけられた。


 大きな衝撃を受けた俺は、後ろを確認、事故だとわかり、道路脇の歩行者の邪魔にならない場所に原付を停めた。


ぶつけた当事者である車に乗っていた女性も、同じように道路脇に車を停めて、慌てた様子で降りて来た。


 そして放たれた第一声が、

「本当に申し訳ありませんでした!!」

だった。


 幸い、俺の方は怪我もなく、原付のテールランプが少し損傷した程度だ。ことを大きくしたくない俺は、

「大したことありませんので。それでは……」

と立ち去ろうとしたのだが、

「損害賠償致します。警察には、先ほど連絡致しました。お手数お掛けしますが、もう少しお待ち下さい」

だとさ。


 こりゃ、駄目だ……。バイト遅れる……。


そう感じた俺は、仕方なくバイト先へ電話を掛けた。バイト先の店長に事情をすると、理解ある店長で了解してくれた。


 女性の方を見ると、ソワソワした様子でどこかへ電話を掛けていた。女性の車を見ると、どこがぶつかったのかわからないくらい、傷ひとつなかった。


 俺の方に落ち度はないよな?


 警察を待っている間、よく考えてみたが、間違いなくこの女性が悪い。修理に出すのは面倒だが、まあただで直るしいいか……。


 そんなことを考えていると、

「あの……」

女性から声を掛けられた。

「はい?」

俺は何も話すこともないぞ。というような、ちょっと不機嫌な声色でそう答えた。


「いえ、どうか病院には行って下さい。お金の方は、後で保険会社からお支払い致します」


「はあ……」

後で請求されても確かに困るよな、まあ、そんなことはしないけど。


「わかりました。何処の病院でも構いませんか?」


「はい、大丈夫です。ご足労お掛けしますが、宜しくお願い致します」


 女性が、いやに丁寧に言って来るので、俺もちょっとは痛がるふりでもしてやろうか、と少し思った。まあ、そんなことをしても俺の良心が傷むだけでなんのメリットもないから、しないけど。


 しばらくすると、パトカーに乗って警察官が二人、やって来た。俺たちは、免許証と自賠責保険の証明書を出すよう求められ、それに従った。


 名前や職業、何処の教習所を出たのかを訊かれ、名前や職業はともかく、何で教習所まで訊いてくるのか、と思いながら答えた。


 事故状況についても訊かれた。


 後ろから追突されたと、事故に遭った場所を指しながら答えた。


 原付の寸法を測り出し、何処が損傷したのかも確認していた。


 そんな聴取は10分前後で終わり、

「これで終了です。最後にお二人の連絡先の交換をお願いします」

と言われた。


 女性と俺の目が合った。


辰田明タツタメイと言います。干支のタツに田んぼのタ、それにアカルイです。電話番号、言いますね」


 その女性、辰田明はそう言って携帯を取り出した。俺も慌てて携帯を取り出し、言われた番号を入力した。


 辰田明の携帯が鳴り出し、

「この番号で合ってますか?」

と、俺に見せてきた。


 俺が頷くと、辰田明に、

「あの……、お名前は?」

と訊かれた。


 そう言えば、俺の名前をまだ辰田明に名乗っていなかったと思い出した。


「桜居一輝です。桜のサクラに新居のキョ、数字のイチにカガヤクです」

辰田明は、登録しているように携帯を動かしている。


「桜居さん、本日は本当に申し訳ありませんでした。また、保険会社の方から、ご連絡が行くと思いますので、宜しくお願い致します」

そう言って、辰田明は深々とお辞儀をした。


「いえいえ、こちらは大したことありませんので。それでは……」

俺は、お辞儀をしたままの辰田明を横目に原付を動かし、そのまま走って行った。


◇◇◇


 保険会社から電話が掛かって来たのは、その日の夜だった。


「桜居様のご携帯でしょうか?」


そう話を始めてきた、保険会社のアツミという男。


「はい、そうですが……」


俺は、面倒だなと思いながら、その男の質問に受け答えした。


「それで、弁償金ですが……」


 男の話によると、原付の修理代、病院診察料、あといくらかのお見舞い金を出してくれるらしい。とりあえず、バイク屋と病院に行ってくれ、そう言われた。


 保険会社の人から一方的に指示されて感じ悪いな、俺はそう感じた。辰田明の方は、何かあったんだろうか? 想像でしかないが、多分、何もない。事故に遭っても、保険会社が対応してくれるし楽だな、だなんて思っているんじゃないだろうか? そういう仕組みになっているから、仕方ないのかな……。なんて、思っていると、電話が掛かって来た。


 辰田明からだ。


「はい、桜居です」


 俺は、すぐに電話に出てそう答えた。


「あの……、辰田です。今朝は、申し訳ありませんでした!! その後の具合はどうですか?」


辰田明は今朝の調子で俺に謝り、そう訊いてきた。


「ああ……、大丈夫ですよ」


 俺がそう答えると、電話の奥で、辰田明が安心しているのを感じた。


「それで、病院には、行かれましたか?」

今日のことですぐには行けなかったと伝えると、

「何かあってはいけませんので、早めに受診なさって下さい」


 あの事故で何かあるという方が珍しいと思うが……、と思いながらも、

「わかりました」

そう答えた。

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