明さんからの提案

 ゴールデンウィークが近づいた4月28日、俺は焦っていた。まだ明さんと連絡が取れていないのだ。あれから、日を置いてもう一度電話を掛けたのだが、繋がらなかった。


 思ってみれば、俺と明さんの関係ってなんだ?


 交通事故の加害者と被害者?


 翔から見た友達とお姉さん?


 ただ知り合っただけの他人?


 少なくとも俺は、知り合い以上の関係だと思っている。でも、明さんにとって俺は、ただの知り合いでしかないのかな?


 今日も電話を掛けたが繋がらなかった。


 俺は、不安でたまらなくなった。明さんは俺のことをただの知り合いとしか見てくれていないかもしれない。なのに、こんなに何回も電話を掛けてきてと迷惑しているのかもしれない。


 こんな時、相談するのは追分と決まっている。だが、追分も今は大変なときだ。そう思って、電話をしないようにしている。衛藤に話すのも、なんだかなあ。


 一人で悶々と考えていたら、ひどく疲れた。おいしいお店も結局見つかってないし、俺と明さんの関係はこれでおしまいなのかな……。


◇◇◇


 4月29日、昭和の日、晴れ。


 昨日は何をしていたのか思い出せない。


 ちゃんと飯食ったのか?


 バイトには、行ったのか?


 しっかりと眠れたのか?


 頭がぼーっとする。たぶん、眠れてはいない。スマホの電源が落ちている。充電し忘れてら……。


 スマホを充電器に挿して、俺は家を出た。近くにコンビニに、朝飯を買いにだ。


「いらっしゃいませ~」


 あー、眠い……。俺は、エナジードリンクとおかかおにぎり2個を持って、レジへ向かった。


 年の近そうな可愛い店員さんが、レジをしている。田仲タナカさん、か。


 俺と田仲さんは店員と客の関係。それ以上でもそれ以下でもない。


 やっぱり、交通事故から恋愛に発展させるのなんて、無理がありそうだ。そもそも、交通事故の加害者と被害者。それ以上でもそれ以下でもない。たまたま、加害者の弟が被害者の友達だっただけ。


 それだけ。明さんが良くしてくれるから、気を持っただけ。これ以上の進展は望めない。ああ、良い夢見せてもらった。


 俺は部屋に帰ると、充電していたスマホの電源を入れた。


 なんと、明さんからの着信履歴が残っていた。


 ショートメールも入っており、

『電話、何度か頂いてたみたいで。携帯を実家に置き忘れているのに、気づきませんでした。ごめんなさい』

という文章が。


 別に嫌われた訳ではなかったんだ。俺は、ひとまず安心した。履歴時間を確認すると、まだそれほど時間が経ってはいなかった。今から掛けたら、明さんが出てくれる。


 いざ構えてしまうとなかなか勇気がでないもので、5分くらい明さんの電話番号を眺めていた。


 こんな時に、明さんから逆に電話が掛かってきたら、きっとびっくりするんだろうと思いながら、そんなことは起きなかった。こういうことは時間が遅くなれば遅くなるほど、言うのが躊躇われると思った俺は、勢いに任せて通話ボタンを押した。


『もしもし』


 3コール目に明さんから応答があった。


『もしもし、辰田さんですか? 桜居です』


『登録しているので、わかっていますよ』


『あの……、何度かお電話させて頂いたのは、5月5日の件でして……』


『はい』


『申し訳ありません。急なバイトシフトが入りまして、約束していたお食事にいくことが出来ません』


『そうなんですか?』


『はい……。個人経営のお店でアルバイト従業員もかつかつで、俺が休むと店を閉めないといけないくらいなんです。辰田さんには、ご迷惑お掛けして申し訳ありません』


『いえ……。それはアルバイトを優先してください。お友達とお墓参りにいく約束もなくなったんですか?』


『いえ、5日だけ頼まれたので、お墓参りには行きます』


『そうですか、ではまた別の機会にお会い出来ればと思います。あっ、なんなら私の休みの日をショートメールで送りましょうか?』


『えっ?』


 突然の明さんからの提案。びっくりして、思わず聞き直してしまった。


 明さんがもう一度、

『私の休みの日の日程をショートメールで送りましょうか?』

と言い直してくれた。


『はい!ぜひお願いします! 俺も都合のつく日、送り返しますんで!』


 嬉しさのあまりがっついた調子で言ってしまった。それでも、明さんは口調を変えずに、

『わかりました。では、送っておきますね! 他になにか話したいことはありませんか?』

そう訊いてきた。


 話したいことは沢山あるが、どこまで訊いて良いものかわからないので、

『いいえ! また、お会いしたときにお話出来ればと思います。』

と無難にまとめた。


『そうですか……。では、またお会いしたときにお話しましょう! それでは』

明さんが電話を切った。


 俺は、舞い上がっていた。てっきり明さんに嫌われていると思っていたのに、むしろ好意的な対応をとってくれたことに対してだ。


 明さんの休みの日がわかれば、前もって予定も立てやすいし、何より電話を掛けるのに気兼ねなく掛けられる。明さんにしても俺の状況も考えてくれているだろうし、もしかしたら、明さんの方から誘ってくれるかもしれない。たとえ誘ってくれなくても、明さんが俺の休みを考えてくれていると想像するだけでも、ぴょんぴょん跳び跳ねる気持ちだ。俺の方からそういうことを提案しても良いのかどうかと考えてはいたが、なかなか勇気が出なかったから、明さんにそういう提案をしてもらえたのは、とてもありがたい。


 そんなことを考えているうちに、明さんからショートメールが送られてきた。中身をみると、5/5,5/9,5/10,……といった感じに日にちが送られてきた。どうやら来月は、休日が10日間あるみたいだ。休みの曜日はばらばらで、俺がいくら予想したところで当たらないであろうシフトだった。看護師は土日祝日関係ないのがよく分かる。


 俺も早速、休みの日を打ち込んで、明さんに送った。明さんと被っている休みはわかりやすいように二重鍵カッコで囲んだ。すぐに返信が届いて、

『ありがとうございます。私も、桜居さんの暮らしぶりが掴めて、お話しやすそうです。また、こちらからも連絡しますね!』

と、書かれていた。


『ありがとうございます! その時は宜しくお願いします!』


『こちらこそ』

何でもないやりとりだが、俺にとってはとても楽しかった。


『それでは、また休みが近くなった時に私からも連絡しますね!』


『ありがとうございます』


『それでは』


『はい』


 明さんの提案のおかげで、次に会うことも確定した。ゴールデンウィークはダメになったが、その先に繋がる大きな成果だ。


 明さんに彼氏が居るのかもわかっていないが、次に会う時に告白しようか?


 いや、いくらなんでもそれは時期尚早な気がする。


 近いうちに告白しようとは思っているが、もう少し近づいてからでも良いだろう。


 とりあえず、次に会う時にはおいしいお店を紹介出来るように準備しておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る