プレゼント

 明さんと会う日取りや行く店も決まり、意気揚々と大学に向かう途中、俺は小さなミカン箱に入れられた1匹の黒い毛並みの子猫を見つけた。俺の部屋はペット禁止なのでもちろん飼えないが、あまりに可愛かったので、抱き抱えて大学まで運んだ。


 今日はゼミの日だったので、研究室には皆が来ていた。


「あれ、お前猫なんて飼い始めたの?」


 デスクに座って難しい本を読んでいた追分が、俺に気付きそう言ってきた。


「あ、お前帰って来てたんだ」


「ああ、落ち着いたからな。ばあちゃん、安らかに天国に旅立ったよ……」


「そうか……。亡くなったのは残念だけど、良かったな」


「身近なひとが亡くなったのが随分久しかったから、喪失感が半端なかったけどな。死というものを、リアルに感じたよ」

いつもしんどそうな追分が、今日はいつになくしんどそうに見えた。


「それで、子猫だよ。そんなの連れてきていいのか?」


「道端に箱が置いてあって、そこに入ってた。誰か飼えるやついないかと思って……」

俺がそういうと、子猫がミャアと鳴いた。


「確かに可愛いな」


「だろ? ペット禁止じゃなかったら、俺が飼ってるところなんだけど……」


「まあ、俺は無理だ! 子猫なんて飼う余裕がない」


「わかってるよ。お前に頼もうとは思ってない」


 会話はそこで途切れ、俺は皆を訪ねて回った。


 皆、「可愛い」とか「小さい」とかいうが、首を縦に振るヤツは居なかった。流石に、子猫を飼えるヤツを見つけるのは難しい。


 俺は、木原がいる香川研究室に向かった。


「なんか用~?」

研究室に入るなり、木原が絡んできた。


「あ! 子猫じゃん! 可愛い~!」

木原が俺に子猫を渡せと手を出してきた。


「慎重に扱えよ」


「わかってるよ! 可愛い~!」

木原が子猫を抱き抱えて、頭をなでなでしている。


「桜居、子猫なんて飼ってたの?」

子猫を抱き抱えたまま、木原がそう言ってきた。


「いや、飼い主を探してるんだよ。木原、知らないか?」


「緑おばさんが、子猫飼いたいって言ってたのを聞いたことあるなぁ~。桜居、訊いてみ?」


 子猫を差し出して、木原はそう言ってきた。


「辰田准教授?」


「うん! おばさん、結婚してないから、動物飼うの好きなんだ! おばさんなら、飼ってくれると思うよ!」


「そうか、わかった。ありがとな!」

木原がバイバイと手を振っているのを横目で見ながら、俺は、小田原研究室に戻ってきた。


「飼い主は見つかったか?」

追分が作業をしながら、俺に訊いてきた。


「いや、まだだ。だけど、有力な候補が見つかった」


「そうか。よかったな」

興味無さげに追分がそう言う。興味ないなら訊いてくるなよ、と俺は思いながら、辰田准教授の部屋へ向かった。


 外から中の様子を覗くと、なにやらコーヒーを飲みながら、本を読んでいた。これはイケる! そう思った俺は、インターホンを押した。


「はい」


「桜居一輝です」


「はい」


 しばらくすると解錠される音がした。


「失礼します!」


「どうしました?」


 辰田准教授は、本から目をそらすことなく返事をした。


「はい! 辰田准教授、これを見てください!」

俺は、辰田准教授が見てくれるように、大声でそう言った。


「うるさいですよ! 何ですか……、えっ!!?!」

辰田准教授が子猫をみた瞬間、声色が変わった。


「桜居君、君がその腕に抱いているのは、子猫ですか?」


「はい! そうです!」


「か……可愛~い~!!」

辰田准教授の目が、自分の子供でも見ているかのように子猫を捉えている。


「桜居君! 触らせて頂けないかしら?」


「はい、どうぞ!」


 俺が子猫を差し出すと、赤子を抱くように子猫を持ち上げた。


「か……可愛~い~!!」


 辰田准教授はもう一度そう言うと、子猫をなでなでした。


「この子猫、桜居君が飼ってるの?」


「いえ、今日大学に向かう途中で、捨てられているのを見つけて。飼い主募集中です」


「では、私が飼い主になっても良いかしら? 良いわよね? ね?」


 凄い圧力で、俺に迫って来る辰田准教授。


「は、はい……。よろしくお願いします」


「はい、わかりました。お任せ下さい!」

木原に聞いていたが、ここまでとは……。でも飼い主も見つかったことだし、俺もゼミの準備しようと、辰田准教授の部屋を出ようとした。


「あ、お待ちなさい!」

辰田准教授が俺を呼び止めた。


「はい?」


「今度、明と会うんでしょ。了美から聞いたけど」

あら、辰田准教授が俺と明さんが会うことを知ってるぞ!?


「桜居君、明と仲良くなりたいと思ってるでしょ? ええ、言わなくていいわよ!」

木原といい、辰田准教授といい、この家系は、まったく……。


「因みにだけど、5月24日が明の誕生日だから。何か、プレゼントを用意しといた方が明も喜ぶかもね! 了美情報だけど、あの子、新しいスマホケースを探してるみたいよ! 機種は確か、iPhoneXSだったと思うわ」


 ええっ!? 5月24日が明さんの誕生日!? 約束の日と一日しか違わないじゃないか!! スマホケースを探してるのか……。たとえ、もう自分で新しいものを買っていたとしても、プレゼントに買うっきゃない!!

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