最終章
告白、そして……1
5月25日土曜日、曇り。
薄雲に覆われているが、雨は降らなそうで良かった。
遂にこの日を迎えてしまった。
俺は、この日のために新調しておいた、アイボリーのサマーニットにブラウンのチェスターコート、下は黒のスキニーパンツという出で立ちでビシッと決めた。
ちょっと暑いかなと思ったが、カンカン照りでもないので、暑くもなく寒くもなくちょうど良かった。ショルダーポーチにプレゼントのスマホケースとスマホをしまい、財布はポケットに入れた。
時間は午前10時、集合時間にはまだ大分早いが、気が高ぶってそわそわする。準備は出来たのでとりあえず、研究室に行ってみることにした。
研究室には、案の定、追分がデスクに座っていた。
「よお!」
こちらの返事に気付いた追分は頭を掻きながらこっちを向いた。
「おっ、ビシッと決めてるじゃないか。例の人とデートかい?」
もう隠す必要もないと思った俺は、素直に、
「ああ、そうだよ」
と照れくさく笑いながら言った。
「上手くいくと良いな! もしも、上手くいかなかったら、慰めてやるよ。」
追分なりの激励に、
「サンキューな」
と言い、研究室を出た。
追分と話して、気の高ぶりが少し落ち着いてきた。俺は、大学の売店へ行き、缶コーヒーを買った。明さんと会うのは4回目だが、今回が一番ドキドキする。
時計を見ると、11時を指していた。まだ時間がある。
俺は缶コーヒーを飲みながら、今回のデートの流れを確認した。
お好み焼き屋『市楽』では、前に言ってた達川の写真を見せてもらおう。思い出話に華を咲かせつつも、もし、明さんが食べるのが慣れていなければ、優しくエスコートしてあげよう。大学の話もしよう。明さんの従姉妹と伯母さんが大学に居ること、この前に、伯母さんに子猫を渡したことも話そう。趣味の話もしよう。映画鑑賞が好きで、卒業論文でも趣味に関係した研究をやっていることを話そう。
後は、そうだな……。プレゼントを渡すタイミングだよな。お好み焼き屋『市楽』で渡すのはベストじゃない気がする。話の流れで誕生日の話を持ってくるか。衛藤の言っていたように、『市楽』を出て、カフェに誘おう。明さんがあまり乗り気ではなかったら、映画館へ行こう。映画館も歩いて行ける距離にあるから良かった。プレゼントを渡すタイミングで告白だ。彼氏が居るのかどうか訊いてから告白しようかとも思ったが、もし、居た場合、俺はパニックになりそうだからな。告白してフラれたら、潔く身を引こう。
そんなことを考えていたら、11時15分を過ぎていた。
ヤバッ、缶コーヒーの空き缶を捨てて来ないと……。
俺は駆け足で近くのゴミ箱に行き、空き缶を捨てた。元の場所に戻ろうとしている時、赤い軽自動車が通り過ぎた。
明さんが来た。
一言目に何をしゃべれば良いのだろう?
お久しぶりです! か? 今日は来ていただきありがとうございます! か?
あー、頭が上手く働かない。
俺の脳内、既にパニックだよ……。
赤い軽自動車を見つめていると、待ち焦がれていた、年上のあの人が近づいてきた。
「こんにちは。お待ちしてました」
俺の第一声だ。
「こんにちは。お久しぶりですね!」
明さんは、白シャツに青色のレースタイトスカートを履いていて、右手にはブラウンの手提げバッグを掛けており、足元にはピンヒールを履いている。すごく大人っぽい。
「辰田さん、大人っぽいです!」
俺は、思ったことをそのまま口にした。
「そうですか? そう言われて、悪い気はしませんが。桜居さんも、すごく格好いいですよ!」
「ありがとうございます!」
俺は、明さんに褒められて、気分が上がった。
「今日行くお店なんですけど、『市楽』っていうお好み焼き屋さんです。辰田さんは、お好み焼きは大丈夫ですか?」
「お好み焼き、大好きです! 広島風ですか?」
「はい、広島風です! お好み焼き屋さんに食べに行ったことはありますか?」
「実は……、あんまりありません。家ではよく作って食べていたのですが……。ヘラとか使って食べるんですよね?」
「箸もありますから、心配要りません。俺もよく行く店ですから、勝手もわかっているので、任せて下さい!」
俺は、任せてアピールをしつつ、明さんの顔を見た。
当然だが、木原に顔が少し似ている。木原は少し丸顔だが、明さんはもう少しシュッとしている。髪は木原よりも短く、全体に軽くパーマが懸かっている。髪色は黒で、耳にはハートのイヤリングが付いている。
「桜居さん、どうされましたか?」
思わず見とれてしまっていた俺は、明さんにそう声をかけられてしまった。
「辰田さん、以前からショートヘアなんですか?」
見とれついでに、髪のことを訊いてみた。
「学生のころは、もうちょっと伸ばしてました。髪も茶色に染めてました。社会人になってからですね。今の髪型に落ち着いたのは」
明さんも木原のような時期があったのか……。信じられない。
「今の髪型、すごく似合ってます!」
「そうですか? 自分でも、気に入っているのですが、そう言われると、少し照れますね」
そういって、顔を背ける明さん。その姿も可愛い。
◇◇◇
「着きました。ここです」
『市楽』に着いた俺たちは、店の中に入った。まだそこまで混んでもなく、なんなく座れた。
「水、持ってきますね! メニューでも見ててください!」
「あっ、お気遣いありがとうございます!」
普段のアルバイトで水出しは慣れているので、自然に身体が動く。
「ここ、そばかうどんか選べるんですね」
「そうなんですよ! どっちにしても美味しかったですよ!」
「うーん、やっぱりそばですね」
「トッピングは?」
「桜居さんと同じでお願いします!」
「わかりました」
俺は、店員さんを呼んで、
「いつもの、2つ!」
と注文した。
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