交通事故から始まる恋愛

 それから、1週間、明さんからの返事はなかった。


 もちろん俺は、どうなっているのか問いただすことはしなかった。ただ、明さんからの返事を待ち続けた。


 そんなある日、大学生としての日常を送っていた俺だが、木原からある一本の報せが入る。


「桜居、大ニュース! 明ねえ、名字が変わります! 残念だったな!」


「はっ?」


 俺には、意味がわからなかった。


 何も知らない木原が、ニマニマと笑いながら話している。


「おい! 木原、その話、本当なのか?」


「ホントだよ! 明ねえ自身が言ってたもん! 桜居、やっぱり知らない?」


 一体、どういう事だよ?


 明さんの名字が変わる=結婚に結び付く。明さんは、俺の知らないうちに、他の男と結婚することが決まったとでもいうのか?


「そんなことは知らない。相手は何処の誰だよ!」


 俺は、木原に怒鳴る様に声を張り上げて言った。


「おお、怖いぞ、桜居。詳しい事は明ねえ自身に訊いてみたら? きっと驚くだろうぞ!」


 俺の怒鳴り声に少し怯んだ木原だったが、またニマニマと笑いながら、そう言ってきた。


 俺は、無性に明さんに電話を掛けたくなった。


 それはそうだ。俺の告白の返事がまだなのだから。


 明さんに限って、何の連絡も無しに、終わらせるなんてことはしない。かといって、本当に結婚するのか、その真偽を確かめたくないわけではない。


 俺は悩んだ末、明さんのスマホに、

『告白の返事をそろそろ返して頂けませんか』

とショートメールを入れた。


 ショートメールの返事は次の日の朝に来た。


『遅くなって申し訳ございません。いろいろと立て込んでまして。今日の夜、仕事が終わった後に会えませんか?』


 もし、本当に結婚するのなら、いろいろと立て込んでいて当然だ。俺も、急かすようなことはしたくはなかったが、事情が事情だ。

 俺の告白の返事を聞かせて貰おう。


 ただ、木原の嘘だという可能性もないこともない。だが、木原がそんな嘘をつくようなヤツには見えないのだが……。


 疑心暗鬼に陥りながらも、俺は明さんが良い返事をしてくれることを信じた。


 ◇◇◇


 その日の夜、俺は明さんの勤める病院の駐輪場に居た。


 後からショートメールで『18時半には終わります』と来ていた。


 俺は、ボーダーTシャツにいつも大学へ着ていく黒のジャケットを羽織り、ズボンはこの前のスキニーパンツを履いている。


 明さんに『着きました』と入れると、すぐに『今行きます』と返事が来た。


 しばらくすると、ワンピース姿の明さんがやって来た。


「お待たせして申し訳ございません」


 やはりどこか他人行儀な明さんの口調に俺は言った。


「辰田さん、いや、明さん。そのしゃべり方、やめません?」


「あ、気を悪くしましたか? すみません……」


 申し訳なさそうに謝る明さん。こんなことを言いたいわけではないのに。


「それで、俺への返事を聞きたいんですが」


「はい」


 明さんと俺との間の空気が一気に変わった。


「私、ずっと思っていたんです。桜居さん、貴方に責任を問い詰められたいって。なのに、貴方は私を気遣ってくださるばかりで全然そうしようとしてくれない。私、心のどこかに責任を問い詰められて、叱られて楽になりたいって気持ちがあったんです。でも、桜居さん、貴方はそうしなかった。桜居さん、貴方は優しくて、でも厳しい人です。私、桜居さんのことは好きです。大好きです。この一週間考えていましたが、どう考えても、貴方を嫌いにはなれません。でも……、私は不完全な人間です。責任を問い詰めようとしない貴方に、逆に腹が立ってました。交通事故の加害者でありながら、被害者である貴方に。でも、わかりました。桜居さんの中では、あの事故は人生の一場面の一つになったんだと。貴方が言いたいのは、あの事故は、もう終わったものだと。そんなことを考えなくてもいいと。そういう解釈に至りました。それで、返事なのですが、こんな私で良かったら、宜しくお願いします」


 俺は、何もしゃべられなかった。えっ、返事はオーケー? 結局、結婚ていうのは木原の嘘だったの?


「桜居さん?」


 明さんが呼んでいる。


「オーケーと受け取って良いの?」


「はい」


 えっ、さっぱりわからない。俺の頭の中はパニックだった。


「明さん」


「はい?」


「木原に聞いたのだけど、名字変わるの?」

明さんは、はっとしてこう言った。


「すみません! 母が再婚したんです。今は私、水川明ミズカワメイです」


 母親が再婚? 何だよ、そりゃあ!


「桜居さん?」


 なんとも言えない顔をしている俺に、明さんが心配そうに俺を見つめている。


「……良かった! 俺、てっきり明さんが結婚するのかと……」


 そう言う俺に、明さんが複雑そうな顔をしながら、こう言う。


「私、そんな事をするように見えてたんですか? 心外です!」


「すみません! 俺、焦っちゃって。」


 そう言う俺に、明さんがふふっと笑った。その日、俺と明さんは恋人同士となった。


 ◇◇◇


 最初は、些細な交通事故だった。


 そこにいろんな偶然が重なって、加害者の女性と打ち解け付き合うことになった。


 誰かにそれを打ち明けると、皆が一様にそんなうまい話があるかと言われる。俺だって、実際に起きなかったら、そんな話は信じない。


 だって、交通事故の加害者と被害者の関係だぜ? ないない、ある訳ない。


 たまたま、俺の友人のお姉さんでたまたま大学にその人の従姉妹と伯母さんが居て、たまたまお互いに休みの日の連絡を取り合う仲にでもならない限りは。


 何かしらの前世からの繋がりが俺と明さんにはあった。そうとしか思えない。


 だから、俺は信じない奴等に小田原教授のこの言葉を言ってやるんだ。


「《躓く石も縁の端》ということわざを知っているかい?」



 ~END~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この事故、大したことありませんので…… 一KOH(いっこう) @ikkou20230311

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ