第33話 もう二度と俺はお前を許さない!


(く、くそぉっ! ティナはまだしも、他の連中はみんなE〜Dランクばっかりなんだろ!? なんでこの俺が、こんなにまで苦戦してんだよ!?)


 ジョーカーはそう憤りつつ、鉱石虫の突撃を回避している。


「へへっ! この僕、アン様の鉱石魔法からは逃れられないってね!」


すると両脇から鋭い気配を感じ取り上体を逸らす。。


「シェスタ! 邪魔しない!」


「デルパ、貴様こそ!」


 ジョーカーの上を、鋭いレイピアと凶暴そうな大剣が、スレスレを過ぎってゆく。


(危っねぇ!? なんなんだよ、コイツら!? まさらノルンの女か!?)


 距離をとりつつ、妖精・鉱物人・竜人の女三人を睨みつけたのも束の間、背中から魔力の接近を感知する。


「がはっ!!」


「ま、またまた当たっちゃった!?」


「この銀旋のティナ様を忘れちゃ困るよ!」


 光弾を放ったのは魔法使い女と、聖職者の少女らしい。

 背中で二つの光弾が爆発をし、地面へ真っ逆さまに落ちていった。

そんなジョーカーを、二振りの短剣を持った、少年冒険者が待ち受けていた。


「とぉぉぉりやぁぁぁーっ!」


「ぎゃやぁぁぁー!!」


 少年冒険者のジェイは渦巻きのように回転しつつ、落下するジョーカーの脇腹を鋭く切り裂いたのだった。


「はぁ、はぁ……な、なんなんだ、こいつらは……!?」


「どうして低ランクの我らに、なぜ追い詰められているのか気になる様子だな?」


 地面へ突っ伏したジョーカーへ、妖精剣士が鋭いレイピアの先端を突きつけ、そう言った。


「正体はこれだ!」


 妖精剣士を始め、全員が首からぶら下げた、黒井鉱石を晒してみせる。

それは僅かに黒い炎のようなものが揺らめいている。


「そ、その力はもしや!?」


「万が一に備え、我らが指導者が力を貸し与えてくれたのだ。ちなみに指導者の力は我らの体になじみ、これはただのアクセサリーと化している。破壊しても意味は無いぞ」


「……」


「もう諦めてください」


凛とした女の声と同時に、複数の足音がジョーカーを取り囲む。

ヨトンヘイム自慢の衛兵団だった。

そして衛兵団の間を割って、受付状のリゼとマスターのグスタフが姿を表す。


「もう貴方は完全に包囲されています。これ以上の戦いは皆さんの迷惑ですので、このまま衛兵団へ出頭をしてください!」


「はは……くははは! その正義感、そして勇気! 全く、どこまであのクソババアに似ているんだ、てめぇは!」


 ジョーカーはリゼへ向け。飛び起き様に短剣を投げつけた。

しかし寸でのところでグスタフが手にしていたアックスで、それを打ち落とす。


「ありがとうございます、マスター」


「優秀な部下なんだから守って当然さ。それに傷ひとつでもつけたら、あいつに殺されちまうって……」


呑気にリゼとグスタフが会話をしている隙に、ジョーカーは後ろへ飛んで大きく距離を空けた。


「まだ無駄な抵抗を!?」


「ああ、そうさ。俺一人じゃ、確かにキツいって思ったからな!」


 ジョーカーは意識を魔力へ集中させる。

やがて、背後に黒く大きな渦のようなものが召喚された。


「全員臨戦体制を取ってください! あの人、魔穴を開くつもりみたいです!」


 リゼの言葉に、一同はより一層身構えた。


魔穴ーー上位の魔族が大量の魔族を召喚するために出現させる転移穴のことだった。


(この魔穴は、例の館に繋がっている……あそこにはうじゃうじゃ魔物が……それに俺の人形にしたクラリスとアリシアも……くくく……これで一発逆転を!)


……しかし、魔穴が完全展開されても、魔物達が出てくる気配が見られなかった。

緊張しきった空気感へ、肩透かしの乾風が吹きすさび、なんとも虚しい。


「ど、どういうことだ!? なぜ何も出てこな……ふごっ!?」


穴から出てきたのは魔物ではなく、鍛え上げられた強靭な腕だった。

仮面を思い切り殴り飛ばされ、ジョーカーは地面の上へ球のように何度も跳ねる。


「ノルンさん!!」


 魔穴から出てきた彼を見て、リゼは声を上げた。


●●●


「既にあの館は壊滅させた。お前が切り札としていたであろう二人の人間も仮面の呪いから解放させてもらった」


 俺は起き上がっているジョーカーへ向けて、そう宣言をする。

するとジョーカーは高笑いをあげた。


「ああ、そうかい、やっぱり俺はお前に敵わないのかい……勇者じゃなくなっったて聞いたから、行けると思ったのになぁ……」


「いつも見込みが甘い。師匠もそうおっしゃっていたはずです」


「この後に及んで……あのクソババアと同じこと言うなぁぁぁ!!」


 ジョーカーは短剣を片手に、勢い任せで突っ込んできた。

もはややぶれかぶれなのだろう。

こちらの腹部を狙っていた切っ先を、寸でのところで手首を掴んで静止させる。


「まずはラインハルトの体を返してもらおうか!」


「ぎゃっ!!」


 胸ぐらを掴んで持ち上げ、頭突きをお見舞いした。

少々、頭がクラッとしてしまったのは誤算だった。

しかしジョーカーの仮面を取ることには成功したらしく、ラインハルトは糸の切れた操り人形のように地面へ突っ伏す。


『流石だなぁ……ノルン……やっぱりお前がリディア様の一番弟子だぜ……』


 仮面のままでは、ジョーカーは身動きひとつできない。

そんなひび割れた白塗りの仮面を見下ろす。


『なぁ、ノルンよ……もう二度とお前はには手を出さないって約束する。だからまた俺を助けるってのはどうだ? 俺とお前が組めば最高のコンビになるってきがしねぇか?』


「……確かにバーシィ、貴方と組めば、俺と貴方とレンの三人でリディア様のご意志を体現することができるだろう。広く人々を分け隔てなく守るという素晴らしいご意志を……」


『だろ? だから……ーーッ!?』


 俺は仮面の魔物に化したかつての兄弟子を容赦なく踏み砕いた。


ーー勇者だった頃も、コイツはおなじようなことを言っていた。

コイツはリディア様をその手にかけた大罪人だ。

しかし勇者としての意志が、そうした憎悪よりも、慈愛を増幅させた。

結果、勇者時代の俺はコイツへ一旦封印という処置を施し、反省する時間を与えようとしていた。


だが、結局コイツは、自己中心的で、愚かで……何も変わることはなかった。


そして今の俺は勇者ではなく感情を持つ、一人の人間。


母であり、姉であり、そして最愛の人だったリディア様をその手にかけたこいつは許してはおけない。


「さらばだ、バーシィ。もしも死後の世界でリディア様にお会いすることがあったら、必死に詫びを入れるがいい!」


『はは……そう、だな……そうさせて……もら……う…………』


 それっきり砕けた仮面からバーシィの声は聞こえなくなった。


 リディア様を失い、もう10年以上……ようやく仇を打てたのだった。


「お疲れ様です、ノルンさん」


リゼさんがいつものように、暖かい声をかけてきてくれた。


ーーいつまでも過去に縛られてはいられない。


もうこの世にリディア様はいらっしゃらない。

仇を討ったとしても、あの方が蘇ることはない。


だったら、今日この日をもって、ずっと胸の中に燻ってた憎しみは消し去ろう。


そして今、目の前にいる、リゼさんを、俺の周りにいる大勢の人々を守るためにこの力を役立てよう。

助っ人冒険者という新しい人生において。

改めて、そう誓いを立てる。


だからこそ彼女にはちゃんと伝えるべきことがあった。


「リゼさん、貴方はあくまでギルドの敏腕受付! もう二度と冒険者のような危険な行いはしないで貰いたい!


「すみませんでした、ご心配をおかけして……」


「いや、結果として貴方の手配が奏功しコイツを倒すことができた。その点は礼を言いたい。だが、本当に頼む。もう大切な人が奪われてしまうのはごめんなのだ……」


「ノルンさん? それって……」


 これは良い機会だ。

自分自身のコンディションもかなり良い。

このタイミングでリゼさんへ"貴方のことを愛している! ずっと守り続ける!"と誓いを立てる絶好の機会だ!


「リゼさん、俺は……俺はっ!」


「ちょ、ちょっとすとーっとぷ!!」


 突然、顔を真っ赤に染めたリゼさんが思い切り叫んだのだった。


「ど、どうかしたか?」


「あの、えっと、さっきからノルンさんの首に何かが巻き付いていて……」


「首に……? ーーっ!?」


 首にはキラリと光る、細い糸のようなものが巻き付いていた。


「兄さん? 今目の前にいる人ってだぁれ? 兄さんのなんなの? ねぇ……!?」


 レンよ、何故暗殺者モードで俺へ近寄ってくるのだ!?


「お兄さん! リゼさんばっかズルイって! あたしだって結構活躍したんだから! 褒めてよ、ねぇねぇ!」


 ティナが脇へ転移をしてきて、裾をぐいぐい引っ張ってきている。

どうして俺の邪魔を……!


「おのれ……乗り遅れてなるものか!」


「クソエルフ、抜け駆けしねぇって約束だろうがー!」


「ンガァァァ! ノルンは我のものぉー!」


 どうしてか三姫士も猛然とこちらへ駆けてくる始末。


「お前らなんなんだ! 今は良いところなのだから邪魔をするなぁ!!」


……こうして慕われるのは悪くはないのだが……くそぉ! 絶好の機会を逃してしまったではないか!!


何故かリゼさんは苦笑いを浮かべているだけだった。


どうやら今日はリゼさんへ俺の想いを伝えることは難しいらしい……


「だ、旦那!」


 そんな中、男の声が割り込んでくる。

 目の前では目覚めたばかりのラインハルトが俺へ向かって平伏しているのだった。


……まずいことになった。


おそらくラインハルトはこれから俺へ"勇者ノワール"として話しかけてくることだろう。

三姫士やリゼさんはまだしも、ここには他の人たちもいる。


まだ俺の正体を知られるわけには行かない。


それに……


「誰だ、お前は?」


「お、俺ですよ! わ、忘れちまったんですかい!?」


「……ああ、たしか君は勇者一行のラインハルト、だったか? 魔物に囚われるとは情けないやつめ」


「っ……」


「見ず知らずの俺よりも、お前にはもっと話さねばならぬ相手がいるはずだ」


すでにラインハルトは武器を抜いた憲兵隊に取り囲まれている。

どうやら憲兵隊は、今回の事件のことを詳しく聞きたいらしい。


「……すんません……どうやら人違いだったみたいです」


「……」


「今更だけど、どうしても謝りたい人にアンタが似ていてそれで……」


そう言ってラインハルトは立ち上がり、おとなしく両手を差し出した。

憲兵隊は彼の両腕へ、あらゆる魔法やスキルを封じる手錠をかけたのだった。


「色々とご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……被害が拡大する前に、こうして止めてくれてありがとうございました……」


ラインハルトは憲兵隊に鎖を引かれ、歩きだす。

そんな彼の背中へ、俺は「待て!」と声をかけた。


「……これは最後の分岐点だ。己を変えるか、それともそのまま滅びの道を辿るか、どちらかの……だが、その前にしっかりと勤めは果たせ!」


「……」


「そして選ぶんだ! 自分の正しいと思う未来を。まだお前ならばやり直せる!」


「……うっす。ありがとうございます、名前も知らない冒険者さん。頑張ります……!」


これからラインハルトへは、今回の件に関する厳しい尋問が待っていることだろう。

そして冒険者としても、これでお終いなのは明白だった。

それでも憲兵隊へ連れて行かれるラインハルトの様子は、心なしか軽やかになったように見えたのだった。

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