第22話 邪魔をする巨人は、さっさと倒してしまえ!



「ほ、本当に来た……?」


「や、約束したんだ……はぁ、来るのは当たり前だ! 遅くなって大変申し訳なかった!」


 黒猫亭の前で待ってくれていたリゼさんへ深く頭を下げ、謝罪を叫んだ。


「いえ、全然待ってませんし、気にしないでください」


「し、しかし辺りはこんなにも暗くなってしまって……」


「あー、そっか。ノルンさん、こっちの人じゃないから知らないんですね。冬時間のこと」


 リゼさんの話によると、ヨトンヘイムは周囲を山々に囲まれてるため、冬季の陽の入りが他の地方よりも早いらしい。

これをヨトンヘイムでは"冬時間"と呼んでいるとのこと。

 辺りが暗くなっていたので非常に焦ったが、杞憂だったらしい。


「ま、まぁ、ちょっと遅く来てくれたから助かったっていうか……」


 よく見てみれば、リゼさんはいつもの制服姿ではなく、非常に愛らしい平服を身に纏っていた。

ふんわりと良い匂いもしているので、おそらく水浴びなどをした後なのだろう。

対して俺はお姫様三人への激しい指導の後、そのまますっ飛んできたわけで……


「むぅ……汚くて申し訳ない……」


「それだけお仕事を頑張ったってことですよね。お疲れ様です。気にしなくても良いですよ?」


「いや、君がそんなに綺麗な格好をしているのだから、せめて水浴び程度でも……!」


 そう言って背を向けた途端、服の裾が摘まれる。


「時間もったいないですから……」


「しかし……」


「またいつ、ノルンさんとご一緒できるかわかんないです。だから、少しでも長い時間ご一緒したいなって……」


 俺とてリゼさんと同じ気持ちだ。

彼女がそれで良いというのなら……


「あ、でもせめて」


 振り返った途端、ハンカチを手にしたリゼさんと向かい合う。

彼女は少し背伸びをすると、白いハンカチで俺の頬を拭ってくれた。


「はい、泥んこは取れました! これでばっちりです」


「あ、ありがとう……」


 なんだ今の不意打ちは。

 透明な怨霊騎士からのバックアタックよりも、ドキドキしてしまったぞ。


 そういえば、昔、リディア様が今のリゼさんと同じことをしてくれたと思いだす。

 あの時の俺はまだ小さく、リディア様がわざわざ腰を屈めて頬を拭ってくださった。

あの時、俺は初めて"女性"という存在を強く意識するようになった。

 母であり姉であったあのお方が、俺の中で1人の"女性"と変化した瞬間だった。


 そして、今や俺にとってのリゼさんは……


「さっ! ノルンさんの大好きなオムライス、食べに行きましょう!」


 もう二度と、リゼさんのような存在は、そして彼女と過ごすこうした幸福な時間は失いたくはない。

改めてそう強く思いながら、相変わらず繁盛している黒猫亭へ、2人並んで向かってゆく。


「おい、待て」


 突然、誰かに肩を掴まれ、声をかけられた。

 さすがにムッと来て、踵を返す。


「何のようだ?」


 後ろにいたのはシェスタ、アン、デルパの三人だった。


「あ、あの、ノルンさん……?」


 物々しい雰囲気に、リゼさんは怯えた様子を見せている。

俺はリゼさんの肩を軽く叩いて「すぐに済ませる」と言い置いた。

そして仁王立ちしている三人のお姫様たちへ向かい合う。


「先ほども言った通り、今日の指導は終了だ。今は別件対応中な故、緊急案件以外は明日以降にしてもらいたい」


「我らにとって、これは緊急案件だ」


「ほう、いうなシェスタ。俺の大事な時間を使っているんだ。もしも緊急でなければ明日以降の指導は本日以上に過激になるぞ?」


「構わん。おそらくそうはならん」


「良い度胸だ。ならばさっさと要件をいえ!」


 語気を強めて、そう言い放つ。

するとなぜか、シェスタは一瞬怯んでみせた。


「そ、そんな怖い声を出さないでくれ……真剣なんだ、私たちは……」


 まさか、この三人は……?


「な、なぁ! アンタってやっぱりさ、そ、そのぉ……」


 アンも必死な様子で何かを訴えかけようとしている。


 周囲の耳目が集中しつつある。

この展開は非常にまずい。


「シェスタも、アンもはっきりいう! ずばり、ノルン、貴様は……!」


「お、おにぃーさぁーん! 大変だよぉぉぉぉ!!!」


 と、俺とお姫様三人の間へ、空飛ぶ箒に乗って割り込んできたのはティナだった。

うしろにはジェイとトーかも乗せている。


 表情から緊迫したものが窺え、俺も相応の気持ちに切り替える。


「どうした!? 何かあったのか!?」


 その時、街中へ鐘の音がけたたましく鳴り響く。


「ゴーレム接近! ゴーレム接近! 至急安全な建物の中へ避難してください! ゴーレム接近! ゴーレム……」


 馬を駆った衛兵がそう叫びながら街中を必死に駆けずり回っていた。


 くそっ! こんな大事な時に、どいつもこいつも邪魔をして!


 と、憤る俺の拳を、リゼさんがそっと握りしめてきた。


「ノルンさん、お願いします。この街を救ってください!」


「リゼさん……しかし……」


「頑張って倒してくれたら、今度ノルンさんのために1日おやすみ取ります。で、楽しいことたくさんしたり、美味しいものを食べたりしましょう! 今日の分も含めて!」


「……その報酬で、依頼承った! 楽しみにしている」


「はいっ! お互いヨトンヘイムの未来のために頑張りましょう!」


 俺とリゼさんはすれ違い、互いの向かうところへ駆けてゆく。

しかし数歩進んだところで、俺は立ち止まり、後ろを振り返った。


「シェスタ、アン、デルパ! 貴様らも来い! お望み通り、指導の続きをしてやる! さっさと来い!」


「言われずとも! 行くぞ、アン、デルパ!」


「仕切んな、くそエルフ! わかってるつーの!」


「血が騒ぐ!」


 意外と頼もしい連中なのかもしれないな。このお姫様たち三人は。


「ちょっとーあたし達にも声かけてよー」


「そうだ、そうだ! 俺がノルンの一番弟子なんだからな!」


 魔法の箒にまたがったティナと、その後ろに乗るジェイとトーカが並走してきた。


「すまない、うっかりしていた。しかし良いのか? まだ討伐依頼は出ていないが」


 基本的にギルドからの依頼が出る前の行動は、報酬に繋がらない。

給金で戦うのが俺のような助っ人冒険者または衛兵。

依頼を受けて、初めて行動に起こすのが冒険者というのが大前提にある。


「お兄さんが街のために頑張るんだったら、あたしもってね! まぁ、後でちゃんと事後申請はするけども!」


「その方が良いな。ならば事後申請の時は俺も同伴して、事情を説明するとしよう。きっとリゼさんならば、理解してくれるはずだ」


「リゼさんね……ふーん」


 何故か俺から視線を外したティナは、そのまま俺へ肩をぶつけてくる。


「な、なんだ急に?」


「……あたし、負けるつもりなんて無いから! それじゃ!」


 ティナはそう一方的に言い放って、空たかく舞い上がってゆく。


 今の発言は一体? ゴーレムなどに負けぬ、ということか……?


●●●


ーーゴーレムは自然発生で生ずる魔物ではなく、人ないし魔族が生み出さなければならないものだ。

とはいえ、戦場から逃げた、生産者の死亡などによりコントロールを失い、こうして野に放たれることは往々にしてある。

これを野良ゴーレムと呼び、今回のように通り道に街があれば無作為に襲いかかってくるのだ。


(ふむ、既にヨトンヘイム衛兵団は展開済みか。しかし……)


 対象とするゴーレムはあまりに大きかった。

ひと突きで、城壁を破壊できるほどの巨体だったのだ。

 さすがの衛兵団もかなり苦戦を強いられいる様子だ。


(こんなものが平気で現れるとは、ブランシュやその仲間達は一体何をしているんだ!)


 とはいえ、こうして怒っていても、ゴーレムがいなくなってくれるわけではない。

早急に対処する必要がある。

メンバーは俺を含めて七人。十分すぎる戦力だ。


「アン、ティナ、トーカの魔法部隊は遠距離からゴーレムを牽制。注意を引きつけろ!シェスタ、デルパ、ジェイの攻撃部隊はただひたすら奴の後頭部にある呪印の破壊を目指せ!」


「なぁ、どっちにもノルンの名前ねぇんだけど?」


 ジェイがそう質問を投げかけてきた。


「俺はヨトンヘイム冒険者ギルドの助っ人冒険者だ。俺は適宜、さまざまなところで助っ人に入る! だから皆、後ろを気にせず全力で戦え!」

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