第11話 白の勇者への叱責


「おやぁ? そこにいるのは勇者になって、旅に出たばかりのブランシュじゃないかぁ?」


「う……あ、兄上、ただいま帰参いたしました……」


 王城の回廊で、ブランシュは珍しく自分から頭を下げた。

目の前にいるのは、王位継承権第二位で、実兄のホワイト・ニルアガマ。

幾ら"勇者の称号"をもつブランシュであっても、ホワイトの方がはるかに格上である。


「どうだい勇者としての活動は?」


「それなりにはうまくやっております……」


「街を一つ滅ぼしたのに?」


「ーーッ!? そ、それは……」


「父上はカンカンさ。ちゃんと言い訳を考えておいた方が良いよ? じゃないと継承権第12位程度だろうとも、剥奪されちゃうかもしれないしね」


「……」


「せいぜい頑張れ! 亡くなった民への涙も忘れずにな!」


「ご助言ありがとうございました、兄上……」


「あとな……お前が何をやらかそうと知ったことじゃねぇ。興味もねぇ!だがな、くれぐれも俺にだけは迷惑を掛けるなよ。わかったな?」


 ホワイトの冷たい視線がブランシュの心を抉ってくる。

なにせ彼は、自分の馬へ泥をかけられたというだけで、その者の首を即座にはねたほど冷酷である。

身内としてこの男の恐ろしさは誰よりも熟知しているブランシュだった。


「約束します、兄上……」


「まっ、せいぜい父上にこってり絞られるといいさ! じゃーなぁー!」


 ブランシュは重苦しい気持ちのまま、王座へ向かったのだった。


 扉が開かれ、絢爛豪華な王座が目の前に広がる。

広間の左右には全ての大臣と、国家運営に与する貴族階級のお歴々が顔をそろえていた。


(この層々たる顔ぶれ……年始行事でも、ここまで集まらぬぞ、こやつらは。と、なると父上はやはり……)


ブランシュは異様な空気間の中、なんとか背筋を伸ばして、深紅の絨毯の上へ歩く。

そして父であり、ニルアガマ国の第98代国王ペガスス・ニルアガマの前へ傅いたのだった。


「し、白の勇者ブランシュ・ニルアガマ、ただいま帰参いたしました……」


「……」


 挨拶をしても、ペガスス国王からの声が降り注いでこない。

代わりに国王の脇に控えていた統治大臣の、動揺の声が聞こえてきている。


「へ、陛下よろしいので……?」


「構わん、やれ。儂が許す」


 やがて統治大臣は、戸惑いながらもブランシュの前へ、羊皮紙の束を投げ置いたのだった。


「それはブランシュ、貴様の失態で、国が支払った税の目録と、民草からの窮状を訴える嘆願書の一部だ」


ようやく降り注いできた国王の言葉に、ブランシュは背筋を凍らせる。


「己が失態を自覚すべく、それを地より自ら拾い、ここに集まった皆すべてへ声高らかに読み上げ、聞かせてみせよ!」


 素直にこれを読まなければ、更に厳しい声が降り注いでくるの確実。

しかし王座には大臣や多数の兵が列席している。

例え継承権第12位であろうとも、ブランシュが誉れ高い王族だ。

地からものを拾うこと、更に書かれていることを読み上げるのは、自分のプライドを傷つけることに他ならない。


「何をしているブランシュ」


「ち、父上……いえ、陛下、これはその……」


「やはり読めぬか、ブランシュ」


「……」


「お前は昔からそうだ。他の兄弟に比べ、ロクな才が無いにも関わらず、無駄にプライドだけが高い。勇者に任じてやれば、そうした心が少しは良くなり、王家としての自覚に目覚めると思ったのだがな……」


「っ……」


「お前には失望したぞ……とはいえ、もともとあまり期待はしていなかったがな」


 王の、父の声のトーンが、下がった。

 完全に呆れられている。

このままでは先ほどホワイト第二王子に言われた通り、王位継承権はおろか、勇者としての称号も失いかねない。


「もうよい下がれ。時間の無駄をした」


「よ、読みます! ですからどうか怒りをお納めください、陛下!」


 ブランシュは慌てて、羊皮紙の束を手に取った。

もはやプライドなどと言っている場合ではない。

しかし、いざ目の前に自らの醜態が晒されると、あまりの恥ずかしさと悔しさで言葉を失ってしまう。


「さぁ、早く読んで聞かせよ。そして己が愚かさを自覚せよ!」


「ひ、被害総額!……2000万G……死傷者数ひゃ、154名……重軽傷者……」


彼は羞恥心を覚えつつ、声を絞り出すように、書類の内容を読み上げ始めた。

そして改めて、自分がとんでもない失態を犯したのだと、絶望していた。


 時折、周囲からはため息のような声が上がっている。

中には、大勢の人を犠牲にし、こうしてのさばっているブランシュへ、非難の視線を浴びせている者もいる。


本来、どんな罪を犯そうとも、王族へため息を上げたり、非難の視線を浴びせるなどご法度だ。

しかしそうしても誰も咎められないのは、王自らがそうすることを許可しているからであろう。


「い、以上が、この度ブランシュ・ニルアガマが発生させた事案の顛末となります……」


 ブランシュは羞恥心を堪えつつ、辛くも書類の読み上げを完了させるのだった。


「己が引き起こした事態が、どのようなものか自覚できたかブランシュ?」


「は、はい。この度は王に、国家に多大な損害を与えてしまい大変申し訳ございませんでした……」


「本来、貴様はこの場で死罪になっていてもおかしくはない。だが貴様はこの国が任じた勇者だ。ゆえに今一度のみ、挽回の機会を与える」


「寛大なるご処遇痛み入ります……」


「しかし次はないぞ? いくら貴様が我が息子であってもな」


「は、はい……!」


次の失敗は追放どころから、命の危険さえ孕んでいるとブランシュは危機感を抱いたのだった。


「国家としても、お前をこれ以上援助するのは難しい。ここから先は、己の力と仲間との団結によって、道を切り開いて見せよ。そして民の期待に応えるのだ。良いな、白の勇者ブランシュ!」


「は、ははっ!」


ーーこんな筈ではなかった、とブランシュは思っていた。


 彼は王がいう通り、兄弟の中でも一番出来が悪かった。

父からはずっと蔑まれ、兄弟からは疎まれていた。

自分が王になることは難しい。

しかしどうにかして、皆を見返したい……その一心で、彼は黒の勇者ノワールから、勇者の称号と仲間を奪い去った。


 勇者として活躍をすれば、父や兄弟たちを見返せる。

そう信じて……


(もう失敗は許されない。余の明るい未来のためにも。もう失敗など……!)


 

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