第10話 リゼさんからのご褒美
「だからお前はダメなのだぁ!!」
思い切って声を張り上げれば、鳥は飛び立ち、ティナも、すでに解体を始めていたロック&ガッツも何事かと視線を寄せてくる。
「良いか、お前はこのパーティーのリーダーだ! 真っ先に戦闘不能になるなど言語道断! 情けないと思わないのか!?」
「っ……」
「百歩譲って腰が抜けてしまったとしても、指示くらいは出せたと思うが!? しかしお前は怯えているだけで何もしなかった! そんなお前は最悪だ! そして特にダメだったのが、ティナに逆切れをしていた点だ!」
「っ……!?」
「あの時、せめてティナへ”逃げろ!”と言えばまだよかった。しかしお前は彼女を怒鳴りつけただけだ。男として最低最悪の行いだ。ティナは可憐な女の子なのだから、最優先で守るべき! お前の命に代えてでも守ってやるべきだったのだ!」
「っ……!」
「だが、お前はそれをしなかった。リーダーとしても、そして一人の男としても失格だ! 今のお前に仲間を持ち、率いる資格はない! ティナの側にいる資格もない! 仲間を、女の子一人守れないお前などは! そんなお前はさっさと田舎に帰ってしまえ!」
「…………」
アルブスからの反論はなかった。
代わりに、悔しそうに地面を拳で何度もたたいている。
わかるぞ少年、その悔しさ。
俺も修業時代は、リディア様に散々こういうことを言われた。
仲間を、特に女の子を守れない男など男ではない。
股の間にあるソレを今すぐ捻り潰してやる……と。
「その悔しさをバネに精進せよ。お前はまだ若い。いくらでもやり直せる。これで腐らねば、だがな」
「…………」
いうべきことは言った。あとはアルブスの気持ちに任せるとしよう。
ここで変わるかは、本人次第だ。
俺はアルブスへ背を向けて、デスドラゴンの解体作業へ向かってゆく。
「……お兄さん、さっきはアル君のためにありがとね」
デスドラゴンの解体の最中、ティナがそう言ってきた。
「アイツ、結構裕福な家の息子でさ。さっきのお兄さんみたいにちゃんと叱ってくれる人が全然いなかったんだ。だからあんなのに……」
「でも、それだけではない。意外といいところもある奴、だからこれまで一緒に冒険をしてきた、といったところか?」
「お兄さんってすごいねぇ。なんでも分かっちゃうんだね……本当にすごい人なんだなぁ……」
「俺はしがない助っ人冒険者でしかない。そんなに立派なものではない」
「お兄さんが立派じゃなかったら、ほかの人はどうなっちゃうのよ……ふふ……」
この時の俺は穏やかな体を装っていた。
正直、ティナとの会話の内容も、はっきりと覚えてはいない。
なぜならば心臓がバクバクしていたからだ。
なにせ、リーダーであるアルブスを差し置いてデスドラゴンを討伐してしまい、さらに説教までしてしまったのだから……
(まずいぞ……これは確実にクレームになる……そして俺はリゼさんに怒られる……初めての助っ人冒険者として仕事で大失態……)
そう覚悟をしていたのだが、不思議とクレームは発生しなかったらしい。
●●●
「この間は正直、びっくりしましたよ。なにせ、ノルンさんがまるで"銀翼の騎士団"のリーダーみたいな態度で、しかもデスドラゴンの討伐報告をしてきたんですから。あの時、正直"うわぁ……クレームだぁ"って思って内心げんなりしていたんですから」
「心配をさせて申し訳なかった……」
「まぁ、良いですよ。結果クレームも発生せず、むしろデスドラゴンは討伐されて、更にノルンさんのおかげで、助っ人冒険者制度が人気のサービスになったわけですから」
デスドラゴンの討伐は大きな話題となった。
討伐に参加したロック&ガッツ兄弟、ティナ、そして何故か助っ人であった俺自身も、日刊ヨトンヘイムギルド通信に掲載されてしまったり。しかしこの記事のおかげで、先ほどリゼさんが言った通り、助っ人冒険者の認知度が上がり、このサービスを積極的に利用する冒険者が増えたそうだ。
よって大手柄というわけで、俺はリゼさんからの特別報酬を受け取るべく、夜の街を2人で歩いている。
「ノルンさん」
「なんだ?」
「あの、念の為の確認なんですけど、特別報酬は本当にこんなので良いんですか?」
「特別報酬の内容は対象である助っ人冒険者に一任される。俺がこれを望むのだから、これで良いんだ!」
俺とリゼさんは特別報酬の支払い先である"黒猫亭"の前で立ち止まる。
店からは相変わらず良い匂いが溢れ出ていた。
興奮が止まらない。
「やっぱりデスドラゴンの討伐なんですから、こんな安いお店じゃなくて、もっと良いお店の方が……」
「何をしているんだ! 早くしろ!」
「あ、ちょっと! もう……」
今回俺が望んだ特別報酬は、黒猫亭のミーちゃんオムライスへ、更に看板メニューの一つであるハンバーグ、エビフライを添えるといった、悪魔的な所業をすることだった。更にデザートにはミーちゃんプリンを、なんと2つも注文する予定だ。
まさにリディア様と思い出の味の全部のせである! 俺にとっては至宝と言っても過言ではない。
悪魔的な所業……もとい、大悪魔的な、魔王といっても過言ではない所業である。
「頂きます!」
「……なんかこれって、まんま"お子様ランチ"ですね」
「むっ? そういえばそうだな。なら大人である俺が食べるのは……」
「別に大丈夫ですよ。どうぞ召し上がれ」
俺はリゼさんに見守られながら、大人専用のお子様ランチを食べ始めた。
ふと、食事をしている俺を、リゼさんがじっと見つめていることに気がつく。
なんだかリディア様に見つめられているようで、嬉しいような、少し恥ずかしいような。
「リゼさん……そんなに見つめられていると、食べ辛いのだが……」
「あ、ご、ごめんなさい! あんまりにも幸せそうに食べているんで、なんとなく……」
「そうか……」
「美味しいですか?」
「美味いっ!」
「あーっ! お兄さんっ!」
突然、弾んだ声が響いた。
そして俺とリゼさんの間へティナがひょっこり姿を表す。
ちなみに俺がクレームをもらわずに済んだのは、ティナやロック&ガッツ兄弟が、アルブスのことを止めてくれたかららしい。
「こんばんはティナ。先日はとても助かったありがとう」
「なんのこと?」
「クレームを止めてくれて……」
「ああ、あれ。あれはね、実はアル君が言い出したんだ。なんかアイツ、お兄さんに怒られて反省したみたいで……で、一人で修行の旅に出ちゃったんだよ。どこかでお兄さんにあったら”ありがとう”って伝えてほしいって言い残して……」
アルブス少年は更生の道を歩み始めたのか。
あの時しっかりと叱ってよかったと思う俺だった。
がんばれアルブス少年! 倒れたら立ち上がる、そうすれば前よりもずっと強くなれる! 苦しみを超えるのだ!
……という、リディア様から賜ったありがたいお言葉を、内心でアルブスへ贈った俺なのだった。
「ということは銀翼の騎士団は解散ということだな。ティナはこれからどうするのだ?」
「これからはソロでやってこうと思ってね! Aランクのソロ冒険者ーー銀旋のティナ! かっこいいでしょう!」
「良い通り名だな。ならば、助けが必要な時は遠慮なく申請をしてくれ。できる限りティナの依頼には付き合うとしよう」
「うんうん、これからじゃんじゃんお兄さんのこと指名させてもらうからねぇ!」
ティナもまた新しい自分だけの道を歩み始めている。
この子は素直で、いい子だから、きっと素晴らしい成果を収めることだろう。
そんな彼女をこれからも応援してゆきたいと思う。
「で、さぁ……一個聞きたいことがあるんだけど……」
「なんだ?」
ティナは何故か目の前のリゼさんを気にしつつ、耳打ちをしてくる。
「お兄さんとリゼさんって……お付き合いしてるんですか……?」
「食事は付き合ってもらっているが?」
「いや、そういうことじゃなくて、そのぉ……」
「これは特別報酬の支払いだ。俺と彼女はそういう関係ではない」
「そうなんだ! 良かったぁ……」
何故かティナはパァッと明るい表情をしてみせた。
仮に俺とリゼさんがお付き合いをしていたのなら、ティナにどんな関係があるのか皆目見当もつかない。
「今日はこれで失礼! また近いうちに助っ人冒険者に指名するね! それじゃっ!」
ティナは足取り軽く、俺たちの前から去ってゆく。
「ティナさんと仲良しになったんですね?」
なんだか、リゼさんの声がすごく平べったく聞こえるのは気のせいだろうか……?
「あの娘は俺にとって弟子みたいなものだからな」
「弟子、ねぇ。ふーん……」
何故だろうか。
どうしてか、リゼさんの笑顔が不自然に感じる。
やはり助っ人冒険者風情が、弟子を取るなどおこがましいことなのだろうか……
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