第12話 疎まれるかつての仲間たち


(ああ、もう……ブランシュのせいで散々な目にあっちゃったなぁ……こういう日は、やっぱり……!)


 イライラを解消するには、昔自分を蔑んでいた連中の家から金品を巻き上げるのが一番。

そう考えたクラリスは、魔法学校時代、彼女のことを虐めていた奴の家の前にやって来ていた。


「あれ?」


 玄関戸が押しても引いても、開く気配を見せない。

人の気配はするが、鍵が掛けられているらしい。

 一瞬で、クラリスの怒りが沸点に達する。


「おい! 開けろ! 勇者パーティーのクラリスが開けろって言ってんだ! さっさとしないと協力拒否罪で……!?」


 その時、初めてクラリスは感じた。

 自分へ向けられている、冷たい視線の数々に。


「あれよ、確か先エポクを見捨てたのって……」

「嫌だわぁ。この街も見捨てられちゃうのかしら……」

「んだあれ? 写し書きよりも全然ブスじゃん」

「あれじゃ強盗か盗賊だよな、まるで……」


 尊敬の視線は一切なかった。

あるのは、学生時代に散々味わった、蔑みの視線。


 ずっと心の奥底に仕舞い込んでいた嫌な記憶の数々が蘇る。


「み、みるな! 私をそんな視線で……!」


 吐き気が込み上げてくる。

 学生時代、同級生たちに壁際へ追い詰められて、無理矢理口の中へ突っ込まれた、芋虫の不快な匂いと食感が蘇る。


「やめてっ……そんな目で……うっ……うげぇぇぇ……!」


 遂に吐き気を堪えきれなくなったクラリスは、公衆の面前で蹲った。


 異常な光景に群衆は唖然とするだけで、救いの手を差し伸べようとはしない。


「畜生……覚えてろ! いつかお前たちも……!!」


 クラリスはそう捨て台詞を吐いて、その場から走り去る。


 これではまるで、酷いをイジメを受けていた学生時代に逆戻りだと、今の状況を呪いながら……。



●●●



「あの人って、もしかして……例の?」

「聖職者が聞いて呆れるな……」

「目を合わせない方が……」


 周囲からヒソヒソ声で誹謗中傷が聞こえてくる。


 アリシアは気づいていないフリをして、ワインを一気に飲み込んだ。


 このレストランでも最高級の赤ワインを頼んで、楽しみにしていたのだが……この状況では、ワインと食事を楽しんでいる場合ではないらしい。


(不愉快だわ……こんな店、さっさと出ましょう)


 さすがのアリシアも、周囲の冷たい視線には心を抉られてしまうらしい。

彼女は店から早く出て行くべく、優雅とは言い難い所作で料理を食べすすめて行く。


 その時、背後に嫌な気配を感じ取った。


「死ねぇぇぇーっ!」


「きゃっ!?」


 間一髪、椅子から転がり落ちたことでことなきを得た。

 目の前では1人の女がナイフをテーブルに突き立て、肩を震わせている。


「お前のせいだ……」


「えっ……?」


「アリシアっ! お前が無理矢理関係を迫ったせいで、ブライアンはっ! 許さない……大事な、大事な、私の家族を壊したお前だけはぁーーっ!!」


「ひぃーっ!!」


 アリシアは当てられた怒りと恐怖に怯え、情けない悲鳴をあげた。


 冷静に考えれば、ナイフでの攻撃など、障壁を展開したり、神聖術を使ったりすれば、容易に防げたことであろう。

しかし、冷静さを欠いたアリシアはただその場から逃げることしかできなかったのだった。


 周りがそんなアリシアを嘲笑っていたのは言うまでもない。



●●●



(ブランシュに着いたのは失敗だったかなぁ……)


 そんなことを考えつつ、ラインハルトは地下違法カジノでカードを切った。

すると、周りは彼以上の役を提示してくる。彼だけが大敗だった。

 勝負には負けるは、大損してしまうは……さすがのラインハルトも珍しく眉間に皺を寄せている。


 そんな中、突然カジノの扉が蹴破られた。

続々と特徴的な白銀の鎧で身を固めた兵たちがなだれ込んでくる。


「憲兵隊だ! 全員、床に伏せ、大人しくしろ!」


「うわっ、ヤバっ……!」


 勇者パーティーの一員が、違法カジノにいた。

先日のエポク壊滅の件で悪評が立っている上に、こんなところにいたのがバレてしまうのは非常にマズイ。


 幸い、客も従業員も、憲兵の指示には従わず、我先にと逃げ出している。

 ラインハルトも、その混乱に乗じて、その場から走り出す。


「ど、退け! 邪魔だぁー!! こんなところで捕まってたまるか! こんなの損どころか、大損じゃないかぁ!!!」


 ラインハルトは人並みを掻き分けて、我先にと地上を目指してゆく。

 そして階段から地上へ飛び出した途端だった。

彼は後頭部に激しい衝撃を得る。


「がっ!」


「第二隊突撃ぃー! ここにいる連中は全て関係者だ。全員捕まえろぉ!!」


 地下カジノへ向けて、憲兵隊がなだれ込んでゆく。


「畜生……こんなの大損じゃないか……」


 そしてラインハルトは憲兵隊に連行されてしまうのだった。



●●●



「もっと離れてくださる? ゲロ女ちゃん」


「ちゃんと水浴びしたし、衣装は新しいから大丈夫だって! お前こそ、化粧を直せよ! そんな顔で殿下にお会いするつもり?」


 そんな不毛な会話を交えつつ、クラリスとアリシアはホテルで、ブランシュの帰りを待っていた。


 やがて扉が開き、ブランシュが入ってくる。

そして、やや遅れて、非常に低姿勢なラインハルトが続いてきた。


「お疲れ様です、殿下!」


 どかっと椅子に座ったブランシュへ、早速寄り添ったのはアリシアだった。

 クラリスも遅れてなるものかと、白の勇者へ身を寄せる。


「むっ……なんだ、この吐瀉物のような不快な臭いは?」


「あ、あわっ!」


 臭いの発生源はもちろん、クラリス。

彼女は慌てた様子で、ブランシュから離れる。

それをみて、アリシアは冷たい笑みを浮かべる。


「アリシア、今日の余はそうした気分ではない。離れないか! 暑苦しい!」


「す、すみません!」


 結局アリシアも離れざるを得なかった。


 どうやら今日のブランシュはいたくご機嫌斜めらしい。

そう判断した三人は、彼の前へ傅くのだった。


「ラインハルトよ、もう二度とあのような賭博には行くな。分かったな?」


「ご迷惑をおかけしました。お助けいただき、ありがとうございました……」


 もしもブランシュが詰所へ迎えに来なかったら……今頃ラインハルトは勇者の仲間の証はおろか、冒険者ライセンスさえも剥奪されて、豚箱行きになっていたことだろう

 

「全く……アリシア、クラリス! 貴様らも勇者パーティーの一員としての自覚ある行動を約束せよ! 良いな!」


「は、はい殿下……」


「かしこまりました……」


 ブランシュに知られてはいないとは言え、思い当たるところのあるクラリスとアリシアは素直に平伏し、誓いを立てる。


(なんとかせねば……早く勇者としての実績をあげねば。でなければ、余は……!)


 ブランシュとその一行に、もう二度と失敗は許されない。

むしろ何かしら成果を求められている状況にある。


 しかしどうすれば良いのか。

愚かなブランシュは、その術がわからずにいたのだった。

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