第13話 思春期真っ盛りなEランク冒険者ジェイ&トーカ


「おはようございます、ノルンさん! 今日も一日がんばりましょう!」


「ああ」


 今日もヨトンヘイム冒険者ギルドは、多くの冒険者に溢れて活気付いている。

皆、元気が良いことは、とても好ましいことだ。


「今日の依頼は"ティナさん"の指名も含めて、全部で12件です」


 なぜリゼさんはそんなに"ティナ"の名前を強調したのだろうか。

確かにあの子は、かなりの頻度で俺を助っ人冒険者として指名してくる。

というか、ほぼ毎日だ。


あの子の学びの姿勢はとても素晴らしいので、できれば多くの時間を割いてやりたい。

しかし俺はヨトンヘイム冒険者ギルドの、公僕の戦士ノルンだ。

特定の冒険者ばかりに付くのは、如何なものだと思う。


 俺はリゼさんから受け取った、依頼リストへ目を通す。

今日のティナの同行依頼は、難易度で言えば中級程度。


「この侍団というパーティーのアコーシェルの討伐に参加するとしよう」


「ティナさんは良いんですか?」


「あの子とは昨晩、オフの時間にイスルゥ樹液の採集を手伝った。今回は見送る」


「ふーん……」


「な、なんだ?」


「オフで、夜に、しかも2人きりで……随分仲良しなんですね?」


 オフでもダメなのだろうか?

難しい立場だと思った。これから気をつけるとしよう。


「な、なら……ノルンさん、ティナさんにオフで付き合ってるなら……今度私も……」


「……」


「? どうかしました?」


 リゼさんには悪いが彼女の声を聞き流し、他の音を拾い始める。


 このホールのそう遠くはないところで、揉め事が起きているらしい。

あまり良くなさそうな状況だ。

 こういう時はギルドマスターである、グスタフの出番なのだが、どこにも姿が見当たらない。

そういえば、今日はマスター組合の定例会で、終日不在と言っていたな。


『いやっ! は、離してくださいっ!』


 いたけな少女が誰かに助けを求めている。

 公僕の戦士として、見過ごすわけには行かん!


「リゼさん、話はまた後ほど! 揉め事を解決してくる!」


「いってらっしゃーい……はぁ、もう……タイミング悪い人だなぁ……」


俺は迷わず、雑多なホールへ飛び出し、音の発生源へ急ぐ。

ホールの隅で、非常に若い女神官が、男性冒険者に無理矢理手首を掴まれていた。


「あんなだせぇ奴なんて見限って、俺たちと、なぁ!?」


「だから離してください! ジェイ君のことを悪く言う人たちとなんて、絶対に組みません!」


「おい、そこ。少しうるさいぞ。周りの迷惑を考えろ」


 俺が割って入ると、手首を掴まれていた女神官は「ひぃっ!」と悲鳴をあげた。


「て、てめぇは……!?」


 俺はギルドから支給されている、銀細工で作られたモチーフを装備の首元から取り出した。

そして少女の手首を掴んでいた男性冒険者へ突きつける。


「ヨトンヘイム冒険者ギルド所属助っ人冒険者のノルンだ」


「ノ、ノルン!? まさか、この間デスドラゴンを倒した!?」


「俺にはギルドマスターの不在時、集会場の治安維持の任を担っている。これ以上の騒ぎは辞めていただきたい。俺が退去権を行使する前にな」


「う、ぐぬっ……お、覚えてろ! トーカてめぇもだ! お前みたいブス、あのガキんちょと一緒に死んじまえ!」


 冒険者の男はそう捨て台詞を吐き、仲間を引き連れてその場から去ってゆく。

 たしか彼らは"アンダースレイヤー"とかいう、パーティー名だったか。

Dランク冒険者がより集まった、あまり柄の良くない連中ともっぱらの評判だ。


「全くブスとは失礼な! こんな可憐な少女のどこがブスだというのだ、馬鹿者どもめ!」


「あ、あの! 私、Eランク冒険者プリーストの【トーカ】と申します! この度は助けていただき、本当にありがとうございます!」


 女神官のトーカは、深々と頭を下げて見せた。

 うむ、若いうちからこうしてきちんと挨拶やお礼を言えることはとても良いことだ。

リディア様なら、すぐに弟子へスカウトしていただろう。

 それにやっぱりトーカは全くブスではない! かなり将来有望な神官の少女だ。


「まさか、あの"ノルンさん"にこうして直接お会いできるだなんて、光栄です!」


 トーカは青い瞳を煌めかせながら、俺のことを見上げてきている。

 ここ最近、俺をそうした目で見る人が多くなっているという自覚はある。

確かに俺はデスドラゴンの討伐以来、冒険者各位とティナから毎日引っ張りだこだ。


「トーカ、そんなに硬くはなるな。俺は公僕の戦士。皆に分け隔てなく接する必要がある。故に、そういう態度は正直困ってしまう……」


「そ、そうでしたか。すみません……」


「いや。ところで、先ほどは一体何が……」


「トーカっ!」


 突然、俺とトーカの間に若い冒険者の男子が割って入ってくる。

トーカと同じ年恰好の少年だ。そして彼もまた将来有望な気がする。


「ジェイ君! おかえりっ!」


 そしてこのトーカの嬉しそうな表情。

なるほど……この2人の関係を、俺は一瞬で見抜いたり!!


「すまない。君の大事なトーカが良からぬ連中にからまれていたので救援しただけだ。他意はない」


「い、いや、俺とトーカはそういうのじゃ!」


「そ、そうですよ、ノルンさん! 幼馴染で、一緒に村を出て、2人で頑張って冒険者として、村のために名前を上げようとしているだけですから!! ジェイ君とはただの幼馴染ですから!」


「そ、そうそう幼馴染っ! な?」


「う、うん!」


 ふふ、2人とも顔を真っ赤にしながら言い訳をしているな。

おそらく恥ずかしいからか、想いあっているのをお互いに隠しているのだろう。

なんと可愛らしい。こういう微笑ましい場面は見ているだけで、心がほぐれる。


「ノルンって……もしかして、この間デスドラゴンを倒した!?」


「ああ」


「まさか本物に出会えるだなんて! 俺、ファンなんです! サインください!」


 興奮気味のジェイは深々と頭を下げて、冒険者マニュアル(初級)とペンを差し出してきた。

 照れ臭いが……若者の気持ちにはきちんと応えようとペンを握ろうとしたところ、


「もう、お兄さん! こんなところにいたー!」


 甘ったるい口調と共に、突然【ティナ】が姿を表す。

最近覚えた転移魔法を使ったのだろう。


「なんだティナか」


「なんだってなによー。あたしの指名は見てくれたのぉ?」


「確認したが、今回は見送ることにした」


「えーっ! なんでぇー!?」


「昨晩君にはオフで付き合ったではないか……」


「いいじゃん、別に! あ、あたしは四六時中お兄さんと一緒にいたって……」


「あ、あの、もしかしてあなたはーーAランク冒険者の魔法使い"銀旋のティナ"さんですか!?」


 トーカがティナへ、キラキラとした視線を寄せていた。


 そういえばティナもソロになってから大活躍ばかりで、ギルドでも良く名前を聞くようになった。

彼女の面倒を見ている身としてはとても鼻が高い。


「そうさ! あたしが"銀旋のティナ"だよ!」


「キャーキャー! ノルンさんに続いて、本物のティナさんも! すごいね、ジェイ君!」


「あ、あの! 俺、ファンなんです! サインくださいっ!」


 さっきジェイは俺のファンだと言っていたが……ふーむ……。


 ティナはジェイの提案を快く引き受け、サインを書く。


「で、お兄さん、あたしの誘いを断って、こんなところで何をしていたの?」


「トーカがジェイの不在時に、柄の良くない連中に絡まれていたので救援をしていた」


「ふーん……」


「な、なんだ?」


「お兄さんって、結構色欲魔なんだね?」


「何故そうなる?」


「まぁ、別に良いけどさ……ねぇねぇ2人とも、良かったら揉め事の原因を教えてくれない? ここで会ったのもご縁だろうし、何か力になれないかなぁって!」


 率先して、後輩の話を聞こうとしている。

やはりティナはとても良い娘だ。

ソロになって大正解だと思う。


「実は……」


 そんなティナに心を許したのか、トーカは事情を語り始める。

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