第20話 お姫様たちへのノルンの過激なご指導


「アン様、シェスタ様、デルパ様! 大変ながらくお待たせを致しました!」


 意を決してグスタフは、三令嬢の部屋へ飛び込んだ。

瞬間、三人は怒鳴り合うのをやめて、仲良く揃ってグスタフを睨みつける。


「おいおい、グスタフ。僕らは新米冒険者なんだぜ? あんでここの最高責任者のてめぇが、僕らに"様"つけてんだよ。舐めてんのか、おお!!」


「癪だが私もドワーフに賛成だ。我らはそうした身分を捨ててまで、ここに馳せ参じた身。そういう特別扱いはやめていただきたい!」


「我もそう思……ぐぅ……腹が減って、怒ることもできん……」


 こんな時ばかりとても仲良しな三人だった。

 むぅ……これはなかなか難儀な依頼になりそうだ。


「実は冒険者初心者の御三方にぜひ紹介したい者がおりまして……」


「お初にお目にかかる。ヨトンヘイムギルド所属の助っ人冒険者のノルンだ」


 実は"お初にお目にかかる"は嘘だ。

実際彼女達とは戦場を共にしている……が、こうして素顔で対面するのは初めてだから、お初にお目にかかるは正しいか……?


「ほう、貴様があの"ノルン"か。ふぅん……」


「ご存じ頂き光栄です、シェスタ様」


「くっ……貴様もそういう態度を取るのか、無礼者!」


 どうやら普通の礼節はお気に召さないらしい。

なんと面倒な。


「で、グスタフ。なんで僕らにコイツを付けんだよ? もしかして僕たちの実力舐めてね?」


「い、いや、アン様……ああ、違った……アンさん? 皆さんの武勇は十分に存じております。とはいえ皆さんは冒険者としてはEランクの初心者です。ですので、このノルンから皆様へ冒険者としての心構えや指導を……」


「ンガァァァァァァ!!!!」


 突然、竜人のデルパが咆哮を上げた。


「指導、我には不要! それより我、腹が減った! 早く飯にしたい!」


「僕もさんせー。別に心構えとか、指導とかなんていらねぇつーの! なぁ、くそエルフ?」


「ああ、ちんちくりんドワーフに私も賛成だ。我らに指導者など不要! せっかくご足労いただいて申し訳ないが、さっさとお帰りいただきたい!」


 御三方からけちょんけちょんに言われて、グスタフは苦笑いを浮かべている。

 俺自身はどう言われてもいいが、このままではグスタフの面目が……うーむ……


「ノルン殿、申し訳ないが道を開けていただきたい」


「そうだどけどけー! 僕らにてめぇなんて不要だぁ!」


「もう、だめぇ……我、腹が減りすぎておかしくなりそぉ……」


 退いたら出ていってしまうだろう。

 うーむ……


「貴様、邪魔だと言っている!」


 刹那、鋭い殺気を感じた。

 いつの間にかシェスタは緑色をした風のような魔力を纏っている。


「風の精霊よ! かのものを吹き飛ばさん!」


「ちょ、ちょっとシェスタ様、こんなところでーー!!」


 エルフ特有の風魔法が発動された。

 俺はすかさずグフタフの前へ躍り出る。


「ディスペルっ!」


 咄嗟に解呪魔法を発動させた。

目の前に魔法陣が壁として発生し、突き進んできたシェスタの旋風を霧散させた。

だがシェスタの放つ魔力の気配は、未だ衰えず。


 俺は床を蹴り、一気にシェスタとの距離を詰めた。


「わっ!? あがっ!?」


「これ以上はやめて頂きたい。もし抵抗するようならば、一時この腕を使えないようにさせていただく」


 シェスタの腕を背後で固め、机に押し付けながらそう言った。

 

「くっ……き、貴様! 無礼であろう! 私はバルカの最高議長ネイモ・バルカの長子……」


「ここでそれを持ちだすか。先ほど、令嬢扱いをして怒鳴り散らしたのはそちらの方だと思ったが?」


「ぐぅ……」


「お前達がそのような態度で来るのなら、こちらも相応の態度で接することとする。分かったな!」


 そう言い放つと、アン王女は腹を抱えて笑い始めた。


「だっせー! くそエルフだっせー! あはは! いや、気にいった! アンタ、ノルンだっけか? 良いぜ、とりあえずお前さんの話くらいきいてやんよ! 僕はそこのくそエルフと違って、賢いからな!」


「う、うるさい! ちんちくりんドワーフっ! 少し油断しただけだ!」


「ンガァァァァァァ!! もうどうでも良い! 我、飯くぅうぅぅ!!」


 おっと、デルパ様のことをすっかり忘れていた。

 すかさず無限道具袋から、時間停止魔法をかけて焼きたての鮮度を保った、ナウマーマンモスの骨つき肉を投げつける。

腹ぺこのデルパ様は見事にキャッチ。


「に、肉ぅ!! がぶがぶ!!」


「もっとか?」


「くれ!」


 俺が骨付き肉を投げる度に、デルパ様は見事にキャチして、綺麗にそれを平らげてゆく。


「むふぅ……お前、良いやつ! 気に入った! アンと同じく、とりあえずお話だけでも聞いてやる」


 どうやら、三人中2人は落とせたらしい。


「さぁ、シェスタ。あとはお前だけだ。どうするか?」


「くっ……好きにしろ! しかしどんな辱めを受けようとも、我が魂は蹂躙されず! 決して貴様などには屈せんぞ!」


……これではまるで、俺が極悪人のようではないか。

どうにもエルフというのはこの手の状況になると、こういうセリフを吐きがちだ。

たしか彼女達の経典に「ク・コロの節」というものがあり、どんな辱めを受けようとも、毅然とした態度で挑むよう記されているとか……しかし何でもかんでも、「ク・コロの節」をやられては困ってしまう。


 よし、これで状況は一応落ち着いた。


……今日はとにかく時間がない。

夕方にはリゼさんとの約束もある。

とはいえ、この三人組はかなり厄介なので……あの手段を使ってサクッと済ませてしまうとしよう。



●●●


「うひょー! いきなり現場での実習だなんて、ノルンは話のわかるやつじゃん!」


「同感! 我の血が騒ぐ! 敵はどこだぁー! 食ってやる!」


 指導のために近くの森へやってきた。

アンとデルパの反応は上々だ。


「……ほう、座学を飛ばしていきなり現場へか。思慮の浅い人間らしい判断だな」


 シェスタの態度は相変わらず冷たいと……彼女は"氷の令嬢"ともバルカでは言われているから仕方がないか……。


 そんな中唐突に、俺の勘が敵の存在を感知する。


「構えろ、ドワーフ! 竜人(ドラゴニュート)!」


「てめぇに指示されなくてもわかってらぁ!」


「ようやく暴れられる! がうっ!」


 三人とも、俺と遜色のないいい勘をしている。

能力だけで考えれば将来有望なのは確実だろう。


 そうして構えた三人の前へ、徒党を組んだゴブリンが現れ、襲い掛かる。


「ノルン! 貴様はそこで見ているがいい! 我らに貴様の助力など不要という事実をな!」


「こら! くそエルフ! 一番槍を取るんじゃねぇー!」


「ガウァァァァ!!」


 基より手出しをするつもりはない。

まずは予想通りかどうか、お手並み拝見をいこう。


「つぁぁぁっ!」


 シェスタは腰からレイピアを抜き、それに風を纏わせゴブリンを切り裂いてゆく。

見事な剣捌きで、思わず驚嘆の声が漏れてしまう。

しかも彼女が手にしているレイピアは、妖精に古く方伝わる霊剣"ナイジェル・ギャレット"か。


「力ノ扉開フォースゲートオープンけ! いっけぇー!」


 アンがそう叫び、空中へばら撒いた。

すると鉱石が瞬時に鳥や、虫の形を成して飛び、ゴブリンへ襲い掛かる。

 生物としての再現度も高ければ、戦闘力もかなり高い。

非常に優秀な"鉱石魔法"と判断できた。


「平和の望む心にて、邪悪な空を斬る……雷っ! 斬空竜牙刀ぉっ! ンガァァァァァァ!!!」


 デルパは竜の牙から魔力で生成した"竜牙刀"へ雷の力を纏わせ、ゴブリンを蹴散らす。

スピードは鈍いが威力が高い。更に纏った電撃で敵の攻撃を寄せ付けていない。

さすがは武勇に優れる竜人の姫君といったところか。


 三人はそれぞれの特性を上手く活かして、ゴブリンを次々と薙ぎ倒してゆく。

 ゴブリンも"とんでもない女に手を出してしまった!"と言わんばかりの喚き声をあげ、順次撤退をし始めている。

やがて戦闘が終わると、シェスタが真っ先に得意げな顔をこちらへ向けてきた。


「どうだ! これが私の実力だ! どうしても指導をしたいというのなら、アンとデルパだけーーッ!?」


「ほぅ、素早い。風の精霊の力でも借りたのか?」


「ぐっ……き、貴様、突然何を……!」


 シェスタは苦悶の表情を浮かべつつナイジェル・ギャレットで、俺の叩き落とした骨大剣を受け止めていた。


「どうした? 苦しいのか? この程度さえ耐えられないなどーー片腹痛いわ!」


「ぐわぁーっ!」


 ただ魔力を圧力として発しただけで、シェスタは紙切れのように宙を舞った。


 突然のことに、当然アンとデルパは驚愕している。

そんな彼女達を尻目に、俺は道具袋から巻物スクロールを取り出し、紐を解いた。

魔法の発動が始まり、俺と三人を中心にやや虹色を帯びた半透明の輝きが広がってゆく。


「こ、これって、障壁魔法……?」


「ご名答だアン。さすがは高度な鉱石魔法を扱うだけのことはある」


「ノルン、貴様、我らを閉じ込めて何をする……?」


「指導をすると言ったはずだが」


 俺はアンとデルパ、そしてヨロヨロと起き上がっているシェスタへ向けて骨大剣の鋒を突きつけた。


「俺は言葉で教えるのが苦手でな! よって、お前達三人の体へ、直接教えを叩き込む! しかも今日の俺はとても時間がない! 故に、加減ができないということをあらかじめ申し上げておく!」

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