第8話 毒袋の摘出と魔法使いのティナ


「よぉーし、今日も探索頑張るぞぉ! 銀翼の騎士団ファイトぉー!」


「「「おーっ!!」」」


 ふむ、俺も掛け声には参加すべきか……と、思って近づくと、銀翼の騎士団は俺など目もくれず、古代の岩場へ踏み込んでゆく。

とりあえず、随行は許可されたが、彼らに取ってはあくまで"とりあえず"なのだろう。

少し寂しい気はするが仕方がない。俺は仕事と割り切って、古代の遺跡へ踏み込んでゆく。



『銀翼の騎士団の皆さんをよろしくお願いしますね。無事に帰ってきたら、ご褒美を差し上げます!』



 銀翼の騎士団との喧嘩を仲裁してくれたリゼさんは、そう言ってくれた。

あの人からのご褒美か。何をくれるのだろうか。とても楽しみだ。

ならば、寂しさなど何するものぞ! 立派に役目を果たして見せよう!


「むっーー?」


 その時、鬼指導者リディア様に散々鍛えられた勘が、俺へ"魔物"の到来を告げてくる。


 銀翼の騎士団は……まだ気づいていないのか。


 ならば……



『あとあくまでノルンさんは"助っ人冒険者"なので、その時に加わっているリーダーの指示には従ってくださいね。出過ぎた真似は厳禁です。一応、彼らにもプライドがあるんで……まぁ、私としてはくだらないプライドだなぁとは思っているんですけど、それがクレームになって、不要な残業が云々……』


 そうリゼさんから"厳命"を受けているので仕方がない。


 しかし明らかに魔物が近づいているのにも関わらず、のんびり構えているのもモヤモヤするな。


 そこで俺は石を拾った。

よぉーく狙いを定めて……そこだっ!


『kyuiii~!』


 木々の間から悲鳴が聞こえた。

そして毒々しい紫色の羽毛に包まれた、ベノムフラミンゴが木々を薙ぎ倒しながら姿を表す。

よし、これでモヤっとは解消!


「さぁ出たぞ! アルブス、指示を!」


「行くぞ、ティナ、ロック、ガッツ! 銀翼の騎士団!」


「「「ファイトぉー!!!」」」


 銀翼の騎士団の4人は、相変わらず俺を無視して、ベノムフラミンゴとの戦闘を始めた。


 むぅ……やはり俺は仲間はずれか……勝手に動くとリゼさんに迷惑をかけることになるので、ここは大人しく見ているとしよう。



…………意外に手際が悪いな?



 皆でまとまって行動するよりも、ロックとガッツをしっかり防御へ回し、牽制はアルブスが行って、その間にティナが魔力を貯めるのが良い気がするのだが。


 モヤモヤして仕方がなかった。こんな手際だったら、リディア様はきっと大変お怒りになったことだろう。

軽くておしりぺんぺん……最悪の場合は一日リディア様の"お椅子の刑"だ。

まずい……昔のことを考え出したら余計にモヤモヤし始めた……。


「ふぃー……まずは1匹目っと。みんな、お疲れさん!」


 どうやら銀翼の騎士団は、ようやく1匹目のベノムフラミンゴを討伐したらしい。

俺からすれば明らかに"遅すぎる"


「おい、ボォーッと突っ立ってないで解体ぐらい手伝えよ! 気が利かねぇ助っ人冒険者だな!」


「や、止めなよアル君! あの人、すっごい目つきでこっち睨んでるよ……」


 別に睨んだ訳ではないのだが……とはいえ、ようやくリーダーのアルブスから命が降った。

俺は足取り軽くベノムフラミンゴの遺体へかけてゆく。


 ふむ、この個体は優良種か。

ならば久々にアレが獲得できるかもしれない。

さっきのモヤモヤを解消するため、解体速度の記録更新に挑んでみるか。


「ちょ、ちょっと! お兄さん、どこ切ってんの!? 危ないよ!」


 気持ちよく解体を進めていた俺へ声をかけてきたのは魔法使いのティナだった。


「毒袋を獲得しようと思ってな」


「ど、毒袋を!? ベノムフラミンゴの!?」


 ベノムフラミンゴの毒袋は喉の下方にある。

これを取り出すにはまず毒管を切除しなければならない。

しかしこの毒管には奴が吐き出す猛毒で満たされているので、適当に切ってしまうとそれに触れることとなる。

だから安全性を考慮して、ベノムフラミンゴの毒袋の切除は基本的に禁じられている。


「せっかくの機会だ。ベノムフラミンゴの毒袋の取り出し方を教えよう」


「だからぁ!!」


「案ずるな。何度も経験がある。よく見てろ。毒袋はお前たちにとっても良い資金源になるだろ?」


「そりゃ、まぁ……」


 俺は解体用ナイフを握りなおした。

そして毒管の脇にある細い筋へナイフを通した。

すると、そこから"プシュー"という音を伴って、空気だけが抜けて行き、パンパンに膨らんでいた毒袋がしぼみ始めた。


「ベノムフラミンゴの毒液はコイツが吸い込んだ空気によって行なわれる。だから、先に空気を抜いて仕舞えば、毒管から毒袋へ毒液が下がって行き、飛び散ることはない」


「そうなんだ。知らなかった……」


「それでも危険性がない訳ではないからな!」


 すっかり萎んだ毒管へ刃を過らせ切除した。

丁度、逆止弁の上から切除できたようで、毒液は一滴もこぼれ落ちてこない。


「ここに逆止弁がある。大体俺の指で2本。ティナなら3本程度を添えて切ると、うまく逆止弁の上を切ることができる」


「ふむふむ」


 先ほどまで訝しげだったティナは一転、興味深そうにメモを取り出していた。

この娘は意外と素直なようだ。


「質問!」


「なんだ?」


「ぶっちゃけこのまんま道具袋へ入れるの嫌なんですけど……臭そうだし……」


 確かに切除したての毒袋は、そのままでは腐敗してしまう。

それに毒液が溢れ出るリスクもあるので、気持ちはよく分かる。


「そこでこうするんだ……氷結フリーズ!」


 摘出した毒袋へ氷属性魔法を施し、凍結させた。


「なるほど! 確かにそうすれば、毒液がこぼれる心配も、腐敗のリスクも防げるってことですね!」


「その通りだ。理解が早く、その頭の回転の速さは素晴らしいと思う」


「そ、そうですか? えへへ!」


「ティナ! なにやってんだよ! こっち手伝えよ!」


 ティナの後ろでアルブスが叫ぶ。

特に彼女が手伝うようなことはないような気がするが。


「ごめんね、お兄さん。またあとで色々と教えてね!」


ティナはそういうと、アルブスのところへ駆けてゆく。


彼女とはうまくやれそうだ。さすがの俺でも、仲間はずれにされ続けるのは少し寂しいからな。


ーーそれから銀翼の騎士団は調子良く、ベノムフラミンゴの討伐を続けてゆく。

相変わらずアルブスの指示が悪く、時間は非常に遅く、しかも仲間はずれなのでモヤモヤするが……


「さぁて、毒袋の回収を……」


「お兄さん! 今度は私にやらせてください!」


 ナイフを持ったティナが駆け寄って来た。

俺は彼女の場所を開けるために、横へ動く。


「よし、やってみろ」


「はーい。ご指導、よろしくお願いします!」


 ティナは俺の指示を受けながら、慎重に毒袋の摘出を行ってゆく。

すごく手際が良いように思った。


「上手いな」


「実は実家が猟師でして。村にいた頃はこうして解体のお手伝いをしていたんです」


「なるほど……ッ!?」


 俺は咄嗟にティナの前へ皮の籠手を装備した腕をかざす。

毒液が噴出し、皮の籠手に降りかかる。皮が蒸気をあげて、焼け爛れ始めた。

どうやらティナは切り方を誤ってしまったらしい。


「あ、ありがとうございます」


「君の美しい顔が台無しにならなくてよかったと思っている」


「なっーー!!」


 どうしてティナは顔を真っ赤に染めているのだ?


「お、お兄さん、堅物に見えて、結構冗談とか言うんだね……」


「冗談? 素直に君は美しいと思っているが? いや……可愛いの方が正しいだろうか?」


「も、もう! そういうことポンポン言わないでよぉ! ハズいってぇ!!」


 どうしてティナはポカポカ俺の肩を叩いてくるんだ?

よくわからん……とはいえ、ティナとは打ち解けられたようだ。


「改めて伝えるが、いくら狩猟経験が豊富といえど、油断をするな。毒袋の摘出の時は特にな」


「助言、ありがとうございます。あと、ついでになっちゃうんだけど……ここまで色々ごめんなさい」


「何の謝罪だ?」


「私たち、アル君……リーダーのアルブスに言われて、敢えてお兄さんとの距離を置いていたんですよ。なんか、あのバカ、お兄さんのことが気に入らないみたいで……」


 ティナは申し訳なさそうにそういった。


「だからティナ! お前さっきから何やってんだよ!」


 と、噂のアルブス君の登場か。

随分怒っている様子だな。これは……


「良いじゃん、もう別に! 無視するなんてやることガキすぎるよ!? ノルンさん、すっごい人だから色々教わった方が良いよぉ!」


「ティナ、てめぇ……!」


「アル君は昔っからそう! 自分が一番じゃないと気が済まなくて、誰の教えも乞おうとしない! そんなんだから今でもB +ランクのまんまなんだよ!?」


「お前なぁ!」


「待て。すまなかった。出過ぎた真似をした」


 俺は2人の間に割って入り、謝罪を述べる。

アルブスはフンと鼻を鳴らし、ティナの方はひどく狼狽えている。


「お、お兄さん……」


「ただティナは真剣に学びたいという意志を示してくれている。その気持ちは彼女の将来を考えて、汲んでいただけるとありがたい」


「……勝手にしろ!」


 アルブスはそう捨て台詞を吐いて、離れてゆく。


「すまないが、フォローをよろしく頼む」


 俺はティナの背中を押してやる。


「ごめんね、お兄さん。また後でね!」


彼女はペコリと一礼をすると、アルブスのところへ駆けてゆく。


 きっとアルブスとティナは小さな頃からの仲良しさんなのだろう。

分かるぞアルブス、お前の気持ちが。

俺もリディア様が、戦災孤児だったレンを拾ってきた時は、あの子にあのお方を捕られてしまうのではないかと戦々恐々としたものだ。

しかしティナには色々と教えてあげたい気持ちもある。

さてこれからどうしたものか……


「ーーッ!!」


 突然、肌の上をビリビリとした感覚が走った。

この圧倒的な気配は、まさか!?


「ひやぁぁぁ!!」


 悲鳴が聞こえ、そちらへ視線を飛ばす。


 尻餅を付いているアルブスと、呆然と立ち尽くしているティナを、黒い大きなが影が覆っている。


 黒く毒々しい鱗、丸太のように太い脚に、突き出た凶暴そうな大顎。

この黒色のティガザウルスこそ、リゼさんから伺った"デスドラゴン"に間違いない!

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