第2話 ヨトンヘイム冒険者ギルド受付嬢:リゼさんとの出会い


「GAAAA!!」


 幼大地竜が俺を見下ろしながら、激しい咆哮を上げた。

同時に鉄鉱石でさえ一瞬で溶かしてしまう熱線が放たれる。


 熱線に含まれた膨大な熱が、大地を焦がし、森の木々を一瞬で消し炭に変えてゆく。


「ふむ、なるほど」


 俺は熱線を防いだ魔法障壁を解除し、身を改める。

どうやら、幼大地竜の熱線程度ならば、今の俺でも防ぎ切ることができるらしい。

防御力の確認はこれで良し。


「さてーー!」


 地を蹴り、思い切り飛び上がる。

俺の体はあっという間に、物見台ほど高い幼大地竜の鎌首をあっさりと飛び越えた。

 幼大地竜は黄金の目を見開いて、明らかに動揺の色を浮かべている。


 俺は頭の中へ、所持している武器のリストを思い浮かべる。


 この大きさならば、大剣ハイパーソードが適当か!


「そぉれっ!」


「GAっ!?」


 落下速度と魔法での加速を併用し、大型魔物の骨で形作った大剣を振り落とす。

この骨大剣の切れ味はあまり良くはない。しかし鈍器として考えるならば、今はこれで十分。


「GAっ……」


 骨大剣で脳天を打たれた幼大地竜は目眩を起こしたのか、鎌首をぶらつかせている。

やはり勇者の証によるブースト効果がなければ、骨大剣では竜の鱗を砕けないらしい。

しかし己の今の攻撃力を知ることができたのは大きい。


「GAAAAA!!」


 ようやくスタン状態から持ち直した幼大地竜は怒りに満ちた咆哮を上げた。


 竜と言えども、まだ1,000年とそこそこしか生きていない幼生。

己の力と立場をあまり良く理解できていないらしい。


「良いだろう。なら、少しキツイお仕置きだ!」


「GAっ!」


 骨大剣が何度も幼い竜の頭を叩いた。


「どうした! さっきの元気はどこへ行った!」


「GAGAGA!!」


「まだまだぁーっ! この程度で竜とは片腹痛いぞぉーっ!」


「GAGAGAA AAA!! KUUUUUUーNN!!」


 やがて幼地竜は地面を掘って、逃げ出してゆく。

ようやく、格の違いを思い知ってくれたらしい。

 成体の大地竜は比較的大人しく、人間と友好関係を結べることが多い。

しかし幼生の頃は血の気が多いのが玉に瑕だ。


「さらばだ、幼地竜! 立派な大地竜に育つがいい。そして今日のことを思い出し、人間との友好関係を築くんだぞ!」


 例え相手が脅威とされる存在であっても、若く可能性があるのなら安易にその芽は摘まない。

決して、いかなる時も慈悲の心は忘れない。

敬愛する我が師"リディア様"からの教えの一つだ。


 さて、今の自分の力を確認することはできた。

その上で、俺はこれからどうするべきか……

 

「あ、あのっ!」


 声がしたので振り返る。

俺の後ろには柔らかそうな栗色の髪をした若い女性がいた。

胸も……ふむ、リディア様に並んで立派だ。この人はきっと良い人に違いない!

 身なりからするに、どこかの冒険者ギルドの職員らしい。

人形みたいに可憐な人が、こんな危険地帯で何をしていたのだろうか。


「君か、先ほど悲鳴を上げていたのは」


「は、はい!」


「もう安心して良い。あの幼地竜は襲っては来ない。それにしてもこんなところで何をしていたんだ?」


「マスターからの依頼で定期調査に。でも私、仲間をはぐれてしまって、そうしたらいきなり目の前に幼地竜が現れて……」


「なるほど。君はおっちょこちょいさんか」


「おっちょこちょい!?」


 彼女は顔を真っ赤にして、驚いた様子を見せている。

 ふむ、表現を間違えたか?

リディア様は良く、俺のことをこう評していて、彼女から同じ雰囲気を感じたので使ったのだが……


「時に君は今この場から自力で街へ帰ることは可能か?」


「こんな奥地に1人で来たことないんです……」


 なるほど、おっちょこちょいさんで、さらに迷子の猫さんなのか、この女性職員は。

これは心優しいリディア様の弟子として、見過ごす訳にはいかん。


「少し失礼する」


「ひやっ!」


 俺は彼女を抱き抱えた。

重量は……少々ずっしり来るが、今の俺でも問題ないだろう。

やや重く感じるのは、彼女の胸部がかなり立派に育っているからだと思う。

やはりリディア様といい勝負だ!


「ななな、なんですかいきなり!?」


「君を街まで送り届ける。場所は?」


「えっと……」


「今一度問う。君の所属は!」


「ヨ、ヨトンヘイム冒険者ギルドです!」


 ヨトンヘイムか。となると"アイツ"の部下か。

これから今後のことを相談しに行く予定だったので、丁度いい。

これは天上界のリディア様が、俺のことをお導きくださったのだ。きっと……


「承知した! 俺もヨトンヘイムへは用事がある。ついでに送って差し上げよう!」


「え、あ、ちょっ……ひゃぁぁぁーー!!」


 俺は思い切り地面を踏み込む。

そして脚部へ魔力を行き渡らせ、高く飛んだ。


 俺は超跳躍のスキルを駆使し、木々の上を飛んで、先を急ぐ。

最初こそ、腕の中の彼女が「ぎゃー!」とか「うわぁー!」とか、とにかく喧しかった。

しかし今ではしっかり俺に掴まってきている。


 すると目下に、捜索をしているようなギルド職員や冒険者の様子を見つける。

おそらく彼女を探しているのだろう。

 俺は虚空にあるアイテムボックスから、青い煙玉を取り出し、下へ放り投げた。

これでかのじょが"救出"されたことはわかるだろう。


「前前! 何かきてますぅーっ!」


 突然、腕の中の彼女が叫んだ。

 意識を正面へ移す。

確かに彼女が叫んだ通り、こちらへグリフォンの群れが迫ってきている。


 このまま正面を突破するのは難しい。ならばーー!


風矢ウィンドアローズ!」


 突き出した腕から魔力で形作った無数の"風の矢"が発射された。

矢はグリフォンを次々と地面へ叩き落としてゆく。


ふむ、魔法攻撃はグリフォンを撃滅するのではなく、撃退がやっとといったところか。


「す、すごい。あんな数のグリフォンをあっという間に……」


 腕の中の彼女が驚いた様子でそう呟いていた。

 しかしこの程度と撃退時間では、リディア様から"バストプレス1分間圧死の刑"に処せられたことだろう。

息苦しく、更にとても恥ずかしい刑だったなあれは……更にあれをされた後、なぜか妹分のレンは一週間ほど口を聞いてくれなくなるので、それも辛かった……



ニルアガマ国最西端の辺境ーー【ヨトンヘイム】


 別名冒険者の街、と呼ばれている。

山や海を有する穏やかな土地だ。

魔物もそこそこ強くい代わりに、辺境であるため魔王軍は進撃は少ない。

まさに戦士や冒険者を志す者にとって、ここを通ることこそ王道。

だから"冒険者の街"とも呼ばれている。


「到着だ。降りて大丈夫だぞ」


 あっという間にヨトンヘイムの入り口近くにある、ヨトンヘイム冒険者ギルド集会場の前で彼女を降ろした。

相変わらずこの集会場はマスターの趣味全開で、まる砦のような立派な作りである。


「あ、ありがとうございました。助かりました」


「礼はいらん。当然のことをしたまでだ。それでは」


 俺は彼女に背を向けて歩き出す。

 ここのギルドマスターにようはあるのだが、まずは腹ごしらえが先決だった。

なにせ久々の"空腹感"なのだ。一刻も早く、美味いものが食べたくて仕方がない。

たしかここには、以前リディア様が連れて行ってくださったオムライスの名店があったはず!

その名も"ミーちゃん食堂黒猫亭"! リディア様が飼っていらした黒猫のミーちゃんは、そこがルーツなのだろうか……。


「あ、あのっ! 待ってくださいっ!」


 突然、助けた彼女に呼び止められた。


「なんだ?」


「ひぃっ!」


 再び振り返ると、彼女が悲鳴をあげた。

おっと、やってしまった。

俺はどうやら顔つきが酷く極悪らしく、こうやって度々驚かせてしまうのが玉に瑕だ。

だから勇者時代はずっと餓狼の面を被っていたという訳だ。


「すまない。別に怒っているわけではなく、これが俺の顔つきだ」


「そ、そうなんですか?」


「ああ。で、なんだ?」


 でも今日はちょっとだけ怒っている節がある。

早くオムライスが食べたいからだ。


「わ、私! 【リゼ】と申します! ここでクエストの受付と、人事業務に携わっています!」


「業務内容はなんとなく察している。そのリゼさんが、俺に何か?」


「少し長い話になりますので、中でお話を……」


 リゼさんが言いかけたその時だった。

 俺は不穏な空気を肌で感じ取る。


 どうやら今はミーちゃん食堂黒猫亭の名物"ミーちゃんオムライス"を食べている場合ではないらしい。


「ミーちゃんオムライスは後で……もとい、話はまた後ほど! 豚野郎共の討伐へ行ってくる!」


「ぶ、豚野郎……?」


 おっと、ついリディア様の口癖が出てきてしまった。

たしか正式名称は……


「オークを殲滅してくる! もう迷子の猫さんになるんじゃないぞ!」


「あ、ちょっと! 待って……!」


ーー久々に豚野郎どもの殲滅か……リディア様のように、鮮やかな手並みでやつけてやろうぞ!

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