第30話 宿敵


「お、おはようございます、ノルンさん!」


「おはよう。ホールで声をかけられるとは珍しいこともあるものだな?」


「それがその……急に今日から暫くお休みになりまして……マスターから休みが溜まっているから、この機に一気に消化しろって突然……」


 グスタフめ、強硬手段を取ったな。

たしかに俺はあいつへリゼさんを暫くギルドから"遠ざけてくれ"とお願いをしたが……

いずれ落ち着いたら、この休みはなかったことにし、また好きな時にお休みを取らせるよう交渉するとしよう。


「あ、あの、ノルンさんは……今日、お暇だったりします? 良かったらこの間の約束の件を……」


「申し訳ない。実は俺も暫くの間、ヨトンヘイムを離れなければならないんだ」


「えっ……? もしかしてまた旅に……?」


リゼさんはすごく不安そうな表情でこちらを見上げてくる。


「いや、野暮用だ。数日経てば戻る。安心してくれ」


「そうですか……お互いいつもタイミングが悪いですね、あはは……」


 そんな悲しそうな顔をしないでほしいのが本音だった。

だが、ここで動くことこそ、これからに繋がる。

だから、今は……


「気をつけてくださいね?」


「ああ。リゼさんもゆっくりしてくれ……それでは、また」


「はい、また……」


 後ろ髪を引かれる思いで集会場を出た。

もしも"奴"の目撃報告が確かなら、このまま放置するのはリゼさんや他の皆にとってかなり危険だ。

だからこそ、俺は先手を打つと決め今に至っている。


俺はヨトンヘイムの城門へ向かってゆく。

するとそこでは、グスタフが壁に背を預けて待っていた。


「もう行くんだな?」


「ああ。予定通り、ハンタイへ向かう」


「そっか。情報は確かだ。くれぐれも気をつけろよ」


「ありがとう。こちらもできる対策は施してある。もし何かあった時は、彼女たちをうまく使ってくれ」


「おう、任せな。あとこれ使いな。多少は長い旅路になると思うからな」


 俺はグスタフから金の入った袋を受け取る。

やはり、気持ちが通じ合える無二の親友という存在はありがたいと思うのだった。


「必ず帰ってこいよ、ノルン」


「ありがとう……あとグスタフ」


「な、なんだよ? そんな怖い顔をして……?」


「全てが終わったらリゼさんのおやすみの件について重要な話がある。覚悟しておけ」


「ああ、その件ね……はいはい、わかりましたっての。んじゃ、いってらっしゃい!」


 俺はグスタフと拳を打ち合って、ヨトンヘイムから旅立つ。

今は、せっかくできた大切な人たちを守るべく一人になる必要があった。

なぜならば、ここ最近、妙な視線を感じるようになったからだ。


誰かが俺のことを付け狙っている。

最近の俺の活動を快く思っていない同業者の仕業だろうか。


それ以外にも考えられることがある。


(地下水道のスライム、そして先日の超巨大ゴーレムは全て"東南"の方角からやってきた」


ヨトンヘイムの東南は荒地と僅かばかり緑、そして寒村がぽつんとあるだけだ。

そこからあんなにも強力な魔物がやってくるとは、なかなか考えづらい。


まずは東南にあるハンタイという寒村を調査したいと思い、今に至っている。


ハンタイは元々人口流出が酷く、あと数年もすればなくなってしまうとさえ言われていた村だ。

しかしここ最近、人の出入りが妙に多いと聞く。

グスタフが仕入れた情報では、なにやら怪しげな店があり、そこへ客が詰めかけている、とのことらしい。


一人になる、そして気になる場所を調査する。

そのため俺はヨトンヘイムを飛び出して、ハンタイへ向かっていった。


俺は三日ほど歩き続け、そしてハンタイへ辿り着く

そして村へ入った途端、嫌な気配を感じ取った。


村へ入っても住民とは一先行き合わなかった。

どこも鎧戸を閉めてしまっていて、既に廃村になっているかのようだった。


そんな寒村の最奥で、怪しげな建物が、煌々と輝きを放っている。

妖艶な匂いに混じって感じたのは……


(娼館を装っているが、ここはやはり魔物の巣だったか)


魔物の中には、一見人と友好関係を結んでいる体を装って、こうして軍備を整えている連中がいる。

きっと、ここもそうした連中の拠点の一つなのだろう。


こういう場所はさっさと潰しておくべきだ。

俺は意を決して、扉を蹴破ろうとした時のこと……


「う、ぐっーー!?」


 突然、身体から力抜け、前のめりに倒れ込んだ。

そして何者かが俺の背中を思い切り踏みつけてくる。


「ようやく……ようやく会えたなぁ、ノワール! いや……ノルンさんよぉ!!」


「ラ、ラインハルト、なのか……!?」


身体つきや装備こそ、かつて仲間だったラインハルトに似ている。

しかし、声が違い、俺の頭の中へは全く違う人物が思い浮かぶ。


「お前は……まさかジョーカーか……!?」


「なんだよ、ジョーカーなんて他人行儀な……昔みたいにバーシィか、兄弟子って呼べよ」


 ラインハルトの体を持つジョーカーの踏みつけを、身を翻し辛うじて回避した。

 なんとか飛び起き、回復薬を飲んで、打ち込まれた痺れ薬の効果を打ち消そうとする。

が、飲み終えてすぐさま、ジョーカーは短剣を振り落としてた。

俺は腰から同じく短剣を抜き、辛うじてジョーカーの斬撃を受け止める。


「はは! やっぱりお前が勇者じゃなくなってのは本当だったんだな! 最初、この体を乗っ取った瞬間、そんなビジョンが見えて驚いたぜ!」


「こ、ここ最近、俺を付け回していたのは、お前だったか!?」


「ああ、そうさ! でもてめぇがノルンだって確証が欲しくてなぁ! 色々と仕掛けてようやく踏ん切りついて、さてやってやろうって段で、そっちから来てくれて大助かりだぜ!」


「がっ!」


 ジョーカーの膝蹴りが、顎を打ち盛大に吹っ飛ばされた。


ーー仮面の魔物ジョーカー。

その正体は、規格外の力を得るために、魔族へ魂を売った元リディア様の弟子で、俺の兄弟子のあたるバーシィという男。


「おらおら! 簡単に伸びんじゃねぇよ!」


「ぐわっ!」


バーシィには戦士としての確かな才能があった。

始めこそはリディア様へ敬意を払い、共に切磋琢磨した時期はあった。


「ははっ! 随分弱くなったなぁ、ノルン!」


「ごっ!?」


しかし奴は、傲りを増長させ、リディア様でさえ危険視するようになった。

結果、バーシィは破門されてしまった。


「やっぱりあのクソババアは間違ってた! 俺こそが一番弟子! 俺こそが最強! 俺こそがリディアの全てを受け継ぐべき男だったんだよぉ!!」


「がはっ!!」


ーーバーシィは俺にとって仇敵だった。

この男は破門にされたことを逆恨みし、仮面の魔物と成り果て、その手でリディア様を葬ったのだ。

勇者になって、俺の最初の目的がジョーカーの討伐だった。

そして数年前、俺はこいつを見つけ出し、そして対峙した。


「俺を殺さず、封印したのは間違いだったなぁ! なぁ、ノルンさんよぉ!」


「かはっ! げほっ、ごほっ……!」


 確かにこいつの言う通りだ。

勇者だった頃の俺は、今から思えば、あらゆる点において公平な判断をしていた。

それが祝福を受けた俺の、勇者としての特性だったらしい。


だからこそ、俺はジョーカーへ止めを刺さず、封印という甘い判断に至っていた。

こいつも元は人間。長い時の中で反省をし、元のバーシィに戻ることを信じていた節はある。


「どうしたどうした! まだ俺のことなんかを信じてるのか、このクソバカたれ!」


「ぐわぁあぁぁーっ!!」


 クラリス、アリシア、ラインハルトーー三人がそれぞれ抱える心の闇と、使命感を天秤にかけた時、勇者だった俺は彼らへ闇を乗り越え、生まれ変わることを望んでいた。しかし、その思いは裏切られ、そしてこの様だ。

もしも今の俺だったら、もっと正面から、素直な心のまま彼らとぶつかりあっていただろうと思う。


「やっぱり勇者じゃねぇてめぇなんざ、雑魚なんだよノルン」


 散々ジョーカーに殴られ、蹴られ、俺は満身創痍だった。


 そんな俺を背後から伸びてきた無数の触手が絡め取り、拘束する。

どうやらローパーが人間に擬態した存在の仕業らしい。


「ふしゅるぅぅぅ……捕まえましたぞ。これはなかなか我らの尖兵として良い素材に……おい、ジョーカー。こいつの体は我々が預かるぞ。良いな?」


「良いけどよ、まだお前の悪趣味なおもちゃにするんじゃねぇぞ」


 ジョーカーはこちらへ近づき、顎をつかんで、白塗りの不気味な仮面を再接近させてくる。


「修行時代から今日まで俺のことを散々コケにしてきた罰を与えてやる」


「ば、罰だと……!? 貴様、まさか!?」


「そうさ! また奪ってやるさ。お前の愛したリディアと同じように。ティナ、ジェイ、トーカ、グスタフに三姫士……でも1番はあのリディアみてぇに胸のでけぇリゼって女だろ? アイツを奪われんのが1番の屈辱だろ!」


「……」


「てめぇはここで魔物に改造して俺の手下にしてやる。だがな、その前に見せつけてやるぜ? お前が大事大事にしている人たちが、また俺の手によって汚され、犯され、そして呆気なく死んでゆく様をなぁ! あはははは!!」


「がはっ!!」


 ジョーカーの拳が腹を穿った。

それをみたジョーカーは満足そうに高笑いを上げながら、闇の中へ姿を消してゆく。


「元勇者というのも、ふしゅるるぅぅぅ……意外と大したことがないんだなぁ」


 そんなことを呟きながら項垂れたままの俺を、館の中へひきづり込んでゆくのだった。

そして、妖艶な香りの漂う一室に押し込められた。

 目の前には巨大な水晶玉があり、そこには人で賑わうヨトンヘイムの状況が映し出されている。


「ジョーカーとの契約だ。この中の絵が終わるまでは、人のままでいさせてやる。

だが終わった後はふしゅるるぅぅ……元勇者の改造魔兵……果たしてどんな存在になるのやら……」


……嫌な予感が当たってしまった。


グスタフの情報網から"ハンタイ方面で仮面の男をみた"という話を聞いた瞬間、俺は焦った。

もしも本物のジョーカーなら、奴は俺を肉体的にも精神的にも追い込んでくるはず。

やはり、色々と準備をしておいて正解だった。


(急いで帰らねば……!)


 俺はいざという時のために奥歯へ仕込んだ、回復薬を噛み砕く。

この方法だと相手に知られず回復はできるものの、多少時間がかかるのが難点だ。

しかしこんな状況なので、仕込んでおいて大正解だったと思う。


(必ず帰る……それまでお前たち、リゼさんを、ヨトンヘイムのことをよろしく頼む……!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る