第2話 門番の仕事
ハインツヴァセル王国――国王と妃には三人の王子と二人の王女がいて、それぞれに能天気な性格のおかげか他国との小競り合いもなく平和を保っている。
この世界は前世でいうところの地球などの星という概念が無い。まだ、無い。世界は地続きで海に囲まれ、一つの大陸で成されているという認識だ。
その大陸に七つの国があり、一つの国――魔王国を除けば友好的な同盟を結んでいる。
魔王に魔物に魔法と、ファンタジー要素てんこ盛りの世界だが前世の記憶と常識を持っている俺には魔法の才が無かった。
前世の記憶を持っていたことで大変だったことがいくつかある。
鍛冶屋の父と縫製職人の母との間に生まれ――最初に困惑したのは言語だった。赤子ながらに泣かない俺を不思議がっていた両親はよく話しかけてくれていたが、言葉がわからな過ぎて理解するのに頭を使っていた。
とはいえ、耳が慣れれば言葉は話せるようになる。
次の問題は読み書きだ。この国に教育機関はないが、子供のいる家庭には勉強道具一式が配られ自宅学習をする。言葉は未だしも文字に関しては元々の日本語からの変換になるからより複雑だったが――この世界の文字は全部で三十二文字、母音と子音に分かれて、ローマ字と同じように組み合わせで言葉となるが、覚えるのに時間が掛かった。
数字は十進法で、求められる計算レベルは小学生レベルだから勉強では特に苦労はしなかった。
そのおかげで公務員である門番になるための筆記試験も問題なく通過できた。
この世界の成人は十六歳。大抵の者は家業を継ぐが、うちの両親は好きなことをしろと言ってくれて、俺は門番になった。
十六歳で門番の試験を通り、今は十八歳。仕事に慣れてきた二年目で後輩も出来た。
「クザン先輩! おはようございますっ」
毎日元気な後輩女子はポニーテールの髪を揺らしながら近寄ってくる。
「ああ、おはよう。後輩」
「もうっ、名前で呼んでくださいよっ」
おそらく前世の記憶が残っている影響なのか、人の名前憶えが異常に悪い。今のところは敬称だけでどうにかなっているから困りはしないが。
門番の仕事は主に二つ。国を囲む外壁の警備と、国に出入りする者の管理と商人などが持ち込む商品の検閲検品。今日は後輩と二人一組で外壁の警備を担当する。
「装備点検」
「はいっ! 剣を持ちました。鎧もばっちしです」
支給されている鎧は革の胸当てと籠手のみ。ズボンやシャツは自由。武器は剣と槍と斧から選べて、俺は槍を持っている。
「じゃあ、行こう」
全周およそ百二十キロメートルの外壁の四分の一を一日かけて歩く。壁自体に問題がないか、不法入国しようとしている者はいないか、モンスターがいないかを確認しながら。
「……いつもながら暇ですね~」
そう。門番は基本的に暇だ。外壁の警備でモンスターと遭遇することはほとんど無いし、門での検品も大抵は問題なく済む。
故に、公務員だからというのもあるが門番は薄給だ。成人男性が一人暮らしするのにギリギリの給料だが、仕事道具は壊れても支給されるし生活には困らない。
「門番なんて暇なぐらいが丁度いい。忙しいのはそれだけ治安が悪いってことだからな」
「でも、実技試験は騎士団とかと同じレベルを求められるじゃないですか。騎士団は遠征でモンスター退治に行ったりしてるのに、ズルいですよ~」
「だったら騎士団に入ればよかっただろ。試験成績トップだったんだから選べたんじゃないか?」
「選べましたけど~……そういうことじゃないんですよ……」
この世界には魔法もあるし、騎士団にも門番にも数は少ないが女性もいる。実力さえあれば男も女も関係ないというのは、妃の尻に敷かれている国王が影響しているとも言われている。
実際、この世界では専業主婦及び主夫はほとんどいない。共働きしなければ生活ができないほどの水準ではないが、単純に仕事として必要とされている場合が多いのと仕事が好きでそれを許容されているのが大きい。
「ん――後輩。記録だ。南西三十六ブロックの外壁にヒビを確認。早急な修復を」
「三十六――修復を、っと。書けました!」
こういう報告すらも珍しい。外壁自体は建ててから百年以上が経っていて、その時々に一部ずつ修復しているから崩れることはない。
「そろそろ昼食にするか」
日が真上の時に昼食を食べて、再び外壁沿いを歩いていく。
この世界は時間という概念が微妙で、日の高さと昼の長さで一日が決まる。気候的には春夏秋冬あるが、作物の育つ時期か、寒く雪の降る時期かで分けられて、今は大体秋頃だ。
南門から西門へと辿り着けば、門番たちが騒がしくしていた。
「何かあったんですかね!?」
「門というか、森の中で何かがあったみたいだな」
騒ぎのほうに近寄っていけば、西門の主任が指示を飛ばしている。
「怪我人は中に運んで治療してやれ。森の中の状況がわかる奴は冒険者ギルドに報告。あとの奴等は門を閉じて冒険者が来るまで待機だ」
一応、南門所属の俺達もあとで報告を聞くことになるし、手間を省いておくか。
「お疲れ様です。何かあったんですか?」
「ああ、お疲れ、クザンくん。いつも通りだよ。入国審査で森の中のモンスターの目撃情報を聞いた新人が、勇んで走って怪我をして帰ってきた。門を離れたことに単独行動……また新人指導のやり直しだ」
俺が指導する後輩も似たようなものだが、新人は功績を上げたいのかモンスターと戦いたがる傾向にある。
だが、モンスターを倒すのは騎士団か冒険者の役目だ。というのも冒険者はモンスターを倒すことが稼ぎになる。故に、倒したところで給料が上乗せされるわけでもない門番が戦う意味はない。
森のほうに目を凝らしてみれば――ゴブリン数体が見えた。
「ゴブリンですか。はぐれですね」
「だろうね。向こうから門に近付いてくることはないと思うが、怪我人を出した以上は退治せにゃならん」
ゴブリンはこの世界で珍しくないモンスターで、俺の知る醜悪で狡賢いみたいな感じではなく、基本的に好戦的ではなく森の中で獣を狩り木の実を食べて生活している。別段、強いというわけでもなく門番であれば苦労なく倒せるが――集団での狩りを得意としているから慣れていなければ怪我をする。
まぁ、そもそもこちらから攻撃しなければ敵対せずに向こうから離れていくのだが。
「……出番は無さそうですね」
「ああ。だから外周組は上がってもらって構わないよ」
「わかりました。では報告書を――後輩」
「あ、はいっ! どうぞ。……あの、見学していてもいいですか?」
問い掛けられた西門主任は、片眉を上げながら視線を飛ばし判断をこちらに委ねてきた。
「邪魔をしないところならいいだろう。主任、門の上でいいですか?」
「ああ、構わない」
門を開閉するための塔の内部から外壁の上に出られる。ちなみに魔法を使える門番は空からのモンスターの侵入を防ぐために外壁上を警備している。
閉じた門の上から森のほうを眺めていれば、やってきた冒険者たちがゴブリンと戦い始めた。
門番は良い。基本的にモンスターと戦うことはないし、役目は門を守ることだけ。平凡で平和な日々だがそれでいい。
二度目の人生で何かを成せればと思っていたが――実際に転生したところで俺自身は変わらない。王族や貴族の生まれでもなく、ましてや英雄や勇者になれるほどの実力も無い。一国の、一つの門を守る薄給の公務員くらいが丁度いい。
「ねぇ、先輩。明日オフですよね?」
「休暇は一緒だからな」
「じゃあ明日特訓に付き合ってください」
「まぁ、予定も無いし別にいいけど」
「やった!」
……何故この後輩に懐かれているのかは謎だ。
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