第12話

 褐色の肌に白髪、額に巻き角を生やした少女――のような姿の目付きの悪い女は、布面積の少ない服装で玉座にふんぞり返りこちらを見下ろしている。


「貴様がハインツの鉄壁と名高い剛槍の門番だな。良くぞ戦いに勝利した」


 そんな呼び名は知らないが、たぶん俺のことなんだろう。


「……勝ったかどうか微妙だろ。あそこで止められなければどうなっていたかわからない」


「ふん、謙虚だな。だが、勝利の条件が違う。その男はこの国でも五本の指に入る実力者で、兵士を束ねる将軍だ。そんな男が、自分を守るために魔法を使ったな?」


「はい。命の危険を感じ魔法を使った自分の負けです」


 そもそもの実力差があるからこその条件か。本気の殺し合いなら俺はとっくに死んでいる。


「で? 他国から誘拐してきた奴を戦わせるのが趣味なのか?」


「いいや、これはスカウトだ。負けた人間は強制的に、勝った人間には敬意を持ってスカウトする。が――人間、名は?」


「クザンだ」


「クザン。どうして魔法を使わない?」


「使わないんじゃなくて使えないだけだ。生まれてこの方、魔法を使えた試しがない」


「魔法が使えない? ……おい、直に戦ってどう思う?」


「そうですね……身体能力の高さから魔力を有しているのは間違いないかと。使わない――使えない――という以前の話かと」


 なんの話かわからずに聞いていると、玉座の女は片眉を上げながら目を細めた。


「……器か。そもそもの話をしてやろう。この世界の全ての生物は魔力を有している。イメージとしては器だ。そこに魔力が溜まっていて、魔法を使えば減っていく。そして、使わない魔力は器から漏れ出ていくわけだ」


「想像は出来るし言っていることもわかるが、それと俺に何か関係あるのか?」


「貴様の体は器に蓋がしてあって一切漏れ出す魔力が無い。それが続くとどうなると思う?」


「どう? ……そもそも俺には魔法を使う魔力が無いと思っていたし……器に蓋がしてあって魔力が出てこないなら使えないことに変わりはないだろ」


「問題はそこじゃない。魔力は常に体の内側から器に供給されていて、漏れ出ず行き場を失った魔力は器に留まり――その器を広げていく。つまり、今のお前の体には生まれてから溜まり続けた魔力が備わっている。頑丈さの原因はそれだ」


 頑丈というわりには何度も死ぬ思いをしているが。


「だとして、俺をスカウトする理由になるのか?」


「体質はどうでもいい。わしはお前が欲しい。魔王たるこのわしがな」


 目の前の女が魔王だということに驚きはない。


 スカウトするほど人材が不足しているわけではないだろうし……気紛れか?


「……断れば俺を殺すのか?」


「何故だ? 言ったであろう? わしはお前が欲しい。そのためには願いを叶えてやることも吝かではない。例えば――魔法を使えるようにしてやることもできるぞ?」


 となると、誘拐だけが強硬手段だっただけで意外と普通のヘッドハンティングみたいな感じか。魔法が使えるようになるのは魅力的だが……真っ当な方法かどうかも問題だ。


「少し……考える時間を貰えるか?」


「当然だ。そこまで急いているわけではないからな。いつまででも悩み考えるといい」


 頷くまでいつまでも待つ、ってことなんだろう。たぶん、断ったところで殺されないまでも帰ることもできず幽閉される――もしくは、好条件を出してくるか脅されるか、ってところか。


「望む答えが出るとは限らないが……」


「だとしても、だ。要望があれば応える手筈は整えてある。魔王国での生活や待遇については貴様と同じハインツ出身の者に訊くといい。では――またな」


 魔王が指を鳴らすと、目の前から魔王を含め壁に並んだ兵士たちも全てが姿を消した。消えたのか、魔法で俺には認識できなくなったのか。後者の可能性が高そうだな。


「よぉ、久し振りだな、クザン」


 聞き覚えのある声に振り返れば――赤髪の長髪に、細身だが薄着から見える割れた腹筋と常に笑みを浮かべた表情から見えるギザ歯の女がいた。


「たしかに久し振りだが……行方不明になっていた第一王女がこんなところにいるとはな」


「はっは! 親父や兄貴のことだ。どうせあたしがいなくなったことも公になってねぇんだろうが、よく知ってたな?」


「第二王子から内密にと教えられたんだ。門番だから何かのタイミングで見かけたら、と」


「ああ、あいつか。クザンとは仲が良かったからなぁ。んじゃあ、まどろっこしいのは無しにして――どうだ? あたしと一緒に魔王国軍に入らないか?」


 奔放で有名な第一王女。俺が訓練所に入った時の二つ上にいて、槍使いが珍しいからかよく絡まれていた。剣の腕も確かだが、それ以上に魔法の特性が珍しく――それが理由でスカウトされたんだとしたら納得がいく。


「俺が知っている頃のあんたは強い相手と戦うことを楽しむタイプではあったが、ここまで節操なしでは無かっただろ」


「自分の国にいてたまに外のモンスターと戦ったり騎士団連中と適当に遊ぶのと、魔王国の奴等と遊んだり人間と敵対して戦うほうが圧倒的に面白いだろ?」


「まぁ、あんたの動機はそんなもんだろう。だけど、俺は別に戦いが好きなわけじゃないし……あくまでも門番だ。その立場を変えるつもりは無い」


「お前が門番に固執していることは知っている。だったら、この国でも門番ができるように取り計らってやるぞ? そもそもの原因を考えればクザンは人間と敵対することに前向きなんじゃねぇか?」


「俺は別に……人間がどうのってわけじゃない。門番は、生まれ育ったハインツヴァセル王国だからこそ意味があるんだよ」


「頭が硬ぇなぁ。わかってんだろ? どっちを選ぼうが国には帰れねぇ。だとしたら、この状況を受け入れて楽しもうじゃねぇか」


 一理あるから反論もできない。


 敵陣のど真ん中で、敵対しているわけではない敵に囲まれている。スカウトを断ったところで殺されるわけでも国に帰されるわけでも無い。生殺しのまま、死ぬまで監禁されるようなものだ。形式的に忠誠を示し、外に出る許可を得られたら逃げるか? その時まで――俺は耐えられるのか?


「仮に……いや、あんたはこの国でどれだけの自由を許されているんだ?」


「衣食住。あとはたまに好きな奴と戦ってぶっ飛ばしてもいい。あたしにとっちゃあ好条件だ」


「国に戻ろうとは思わないのか?」


「無ぇな。あたしにとってあの国はただの生まれたところでしかない。敵対したとして――兄も弟も、殺すことにはなんの躊躇いもねぇ」


 ……どちらかと言えば、この王女を制するほうが大事な気がするな。


「まぁ、今ここで頷くことはできないが……前向きに考えるとだけ伝えてくれ」


「そうこなくっちゃあなぁ! クザン、今夜あたしの部屋に来い。もっと前向きにさせてやる」


 王女からの誘い――本来であれば断るところだが、もう少し真意を聞ける可能性もあるし、誘いに乗ってみるか。


「それで考えが変わるかはわからないが、わかった。飯でも用意しておいてくれ」


 敵地で安息する場もないが、魔王直々にスカウトされたという盾を使えるだけ使うとしよう。


 ……俺がいなくとも南門は大丈夫だと思うが、二人一組が基本だから後輩のことが心配だ。さすがに後輩は俺がいなくなっていることに気が付いているだろうし、捜して――いるかどうかは微妙だが、何か連絡を取る手段を見つけるべきだな。


 とりあえず、夜に備えるとしよう。

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