門番失踪編
第11話
最後の記憶は
次に目を覚ました時――そこは見知らぬ寝室のベッドの上だった。
「おはようございます。お客人。体に異変はありませんか?」
ベッドの脇で座って本を読んでいた白衣の女性――いや、頭に生えた蜷局巻きの二本の角を見るに魔族か。
「体は……まぁ、平気ですが……ここは?」
「魔王国にある王城の一室です。丸一日眠っていたので、気が向いたら用意してある食事に手を付けてください」
視線の向けられた先にあるテーブルには、切られた果物とパンが置かれていた。
「そういうことでは……まず、どうして俺が魔王国の王城に?」
「転移魔法です。寝ているところを魔王国の宰相がお連れしました」
「いや、方法は――まぁ、方法も大事だが、何故? のほうが知りたい。どういう訳があって、誘拐紛いなことをした?」
紛いというか、そのまんま誘拐だが。
「理由に関しては私からお伝えすることではないので、後ほど何方かから説明があると思います。では、私はお客人が起きたことを知らせてきますね」
魔族の女性が部屋を出ていくのを見送ると、ドアの鍵が掛かる音がした。
部屋の中にはベッドと、テーブルの上には用意された食べ物と水が置かれている。窓はあるが開かない。ドアも当然、開かない。
仮に窓が開いても地上まで十メートル近くあるし飛び降りることはできない。城というのは事実のようだ、
魔王国――噂には聞くが実際に行ったという者から話を聞いたことは無い。国同士の均衡を保つために作り出された架空の敵ではないか、という噂もあるが……魔族は頭に角を生やし、人の形をしているというのは情報通りだった。
誘拐された理由も知りたいところだが、この場所がわからないければハインツヴァセル王国に帰ることも難しい。転移魔法と言っていたが、魔法についての知識がほとんどない俺には何もわからない。
そもそも何故、魔王国が世界から敵対視されているのか――一説では、人間を滅ぼし魔族と魔物だけの世界を作ろうとしている、とか。もしそれが事実だとすれば、人間の俺は生きて帰れそうにない。
とりあえず二択――魔族に従い、引き出せるだけの情報を引き出して逃げる隙を窺うか、大立ち回りをして暴れるだけ暴れて殺されるか。
おそらく救出の線は薄い。誘拐されたことすら把握されていない可能性もあるし、魔王国の所在も誰も知らない。……手詰まりではあるか。
しばらくは魔王国側の話を聞いて指示に従い、その機を待つのが賢明だな。
さすがに腹が空いて用意されたものに手を付けたが――食事や水におかしなところはない。
「……いや、殺すつもりならそもそも誘拐などせずに殺せばいいだけか」
だとすれば他に何か理由があるはずだが、考えたところでわかるはずもない。
体の調子を知るために少し筋トレをしていれば、締まっていたドアの鍵が外れる音がした。
「着替えろ、人間」
先程とは違う正装を着た年老いた男の魔族が入ってきて、服を渡してきた。
シャツにズボンにブーツ。それに――
「胸当て……?」
革鎧まで用意している意味がわからない。門番の時の装備に似ているが、それに寄せているのか?
「付いてこい」
言われるがまま付いていけば、幅のある廊下を通り大部屋へとやってきた。何も無い部屋だが、舞踏会が開かれてもおかしくないくらいに豪華な造りではある。
「ここはなんだ?」
疑問を口にした瞬間――まるで霞の中から姿を現すように、目の前に褐色で背の高い男の魔族がいた。額から生えた二本の歪んだ角は、上に向かって鋭く伸びている。
「戦え、人間」
年老いた魔族がそう言うと、刃の潰れた槍を手渡された。ということは殺し合いではなく試合か。
判断が難しい。勝てるかどうかは別にしても、勝つべきなのか負けるべきなのか――実力が見たい、的なことならどちらでもか。
対するは二メートル近い大男。使う武器は身の丈ほどの大剣で、おそらく魔法を使うだろう。こちらの武器は殺せないかもしれないが、向こうが同じかはわからない。
「手加減はしない」
その言葉と同時の踏み込みで振り下ろされた大剣を避けて槍を振れば、腕で防がれた。刃が潰れているせいもあるが、普通の槍でも斬れてはいないだろう。
ならばと殺す気の突きで首や胸などの急所を狙うが、体格に似付かわしくない素早い動きでひらひらと避けられる。騎士団なんかだと魔法が使えるせいもあって今の突きでほとんどが倒せるはずだが、さすがに魔族か。
一度距離を取って槍を構えると、男が片足を踏み込み床を割った衝撃で隆起した岩がこちらに向かってくる。そんな当たり前みたいに魔法を使ってくるな。
逃げられないなら、避けずに横にズレて隆起する岩に乗り上げ――太腿で折った槍の片割れを投げれば、男の肩に突き刺さった。
当たるのか? 気を逸らせれば十分だと思って投げたが、ダメ押しの二投目は頭に刺さる寸前で掴まれ、肩に刺さった片割れも引き抜かれた。
傷口もすぐに塞がって血も出ていない。……勝ち目あるのか?
「おい」
背後からの魔族の声に振り向けば、鞘に入った剣を投げ渡された。
「剣は苦手なんだけどな」
刀身を抜けば真剣だというのがわかる。
そもそもこの世界の剣技は、前世の授業でやった剣道とは程遠い。頭や胴などの急所を狙う剣道と、弾き防ぎ剣を交える剣術とでは相性が悪くて、前知識を捨てきれない俺には無理だった。
だから、剣を使うことがあれば中段に構えることしかできない。
剣道対剣術――槍を使っているおかげで間合いの把握はできる。とはいえ、振り下ろされる大剣に返す技は持ち合わせていない。
避けて躱して、隆起した岩の先を斬り裂き飛ばしてきた礫を剣で弾くと――大剣を担いだ男が飛び込んできた。
後ろに退いても刃は届く。左右に避けたところで、魔族の男の腕力なら切り返しで追いつかれる。
それなら――こちらも前に踏み込んで勝ちを確信した顔に肘鉄を打ち込んだ。
「ッ――」
顎に当てて脳を揺らしたところでふら付くだけ。魔法ですぐに回復することもわかっているから倒せるとは思っていない。
だが、その一瞬の間が欲しかった。間合いに入り込み、振り上げた剣を男の頭に目掛けて振り下ろした瞬間――視界の端で左右から迫ってくる壁が見えて一気に後方へと飛び下がった。
「そこまでだ」声と同時に、部屋の中の煙が晴れたように壁際に並ぶ魔族の兵士と玉座に座る女の魔族に目が行った。「中々に面白かったぞ、人間」
これまで門番として色々な悪人やモンスターを見てきたからこそわかる。これはそういうレベルの話じゃない。生物としての格が違うと、本能的にわからされている。
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