怪物達の大行進編

第7話

 怪物達の大行進モンスターズパレードは古い文献に載っている災害の一つで、本来であれば一緒に行動するはずのないモンスターが徒党を組んで動き回る事象のことを言う。過去にそれが起きた時は行進先にあった国が一夜にして滅んだと記録がある。


 大行進――もしくは大狂宴とも呼ばれているが、原因は不明。数百年前に起きたことだから今更調べたところで何もわからない、というのが現状らしい。


「で、なんで国政の会議に門番が呼ばれてるんですか?」


 主任と共に、城にある広間で各大臣や騎士団と並んで国王を待っている。


「樹海に最も近い門を担当しているから無関係ではない、とのことだよ」


「それなら主任だけでいいのでは?」


「君を連れてきたのは第二王子直々の要望だ。僕は主に事務担当で、実務担当の子も呼んだほうがいい、とね」


 顔馴染みを呼んでいいような会ではないと思うが、王子命令ともあれば逆らうことは出来ない。


「まぁ、話を聞いているだけでいいなら特に文句もありませんが」


 しばらく待っていると国王と第一・第二王子がやってきて椅子に腰を下ろした。


「遅れてすまない。他国との協議に時間が掛かってな。それで、あの~……あれ、なんだ?」


怪物達の大行進モンスターズパレードです」


 第一王子の耳打ちに国王は頷いた。


「そう、それだ。近衛騎士団からの報告と、その後に向かった冒険者からの報告で事実だと確認された。そして、その行進先に我が国がある。他国からの支援は望めないが、冒険者ギルドを通じて依頼を出す予定だ。それで集まった冒険者と近衛、騎士団からの精鋭で討伐隊を編成する。何か意見はあるか?」


「他国からの支援がないとは……どこか、一つの国からだけでも増援は望めないのですか?」


「無理だ。もし進行方向を変えるようなことがあった時に、自国での対応が出来なくなる、と」


 当然の判断だな。この世界での友好を結ぶとは、あくまでも敵対しないという意味合いが大きい。共通の敵である魔王国の場合は話が変わるが、自然に起こる災害であれば――どうだろう。


「しかし、冒険者と騎士団だけでどうにかできると? もちろん騎士団の実力は信用しているが……まずは国民の避難を優先させるべきかと」


「当然他国に受け入れできないか打診してみたが……難しいだろう」


 メリットが無い。決定的に人手が不足している国は無いし、災害で滅びるかもしれない国からの移民受け入れで金や物資を得られるとは思えないし、滅びなかったとしても人的にも国政的にも被害は出る。それを考えれば、滅びかけの国を吸収するか支援して恩を売るほうがいい。……滅びなければ、の話だが。


「では、どうするおつもりですか!? 国王! 怪物達の大行進は人がどうにかできるものではないんですよ!?」


 理不尽に襲い掛かり、人の領域では抗えないものを災害と呼ぶ。前世でいうところの地震だな。いつ起きるかどの程度の被害が出るのかわからないのに対応を求められても難しい。


「どうするも何も無いっ!」ドンッとテーブルを叩けば、ざわついていた大臣貴族達が口を噤んで息を呑んだ。「我々は近衛、騎士団、冒険者――今回の事態に立ち向かう全ての者を全面的に支援する! それが戦えぬ者にできることだ。それで国が滅ぶのなら、私も共に滅ぼう。逃げ出したい者は逃げ出せ。止めはしない」


 しかし、誰もここから去ろうとはしない。


「では、ここからは私が話を進めます。父にはギリギリまで他国との協議を進めてもらい、現場担当は私の弟で近衛騎士団・団長が務めます。何か異議のある者はいますか?」


 第一王子の言葉に、誰も意見する者はいない。


「わかりました。それでは――一時休憩としましょう。各人、準備が出来次第戻ってきていただければ」


 そう言うと、何人かの大臣達は部屋を後にし、残った者は雑談という名の今後の対応を話し合いつつ、出ていく国王を見送った。


 良い判断ではある。あの場で、王の目の前で、逃げ出すことを言い出せる者はいないだろう。自分だけは残るとしても、家族に知らせて別の国に逃がすことは出来る。その猶予を与えたわけだ。


「……主任、俺達がいる意味あります?」


「ん~……まぁ、一応肩書き的には近衛や騎士団と同じような立場だからね。それに、モンスターが来るとすれば僕達が担当する南門からだ。それだけでもこの場にいる十分な理由になると思うけどね」


「理由、は理解できますが……門番の増員はありますかね?」


「難しいとは思うよ。増えるであろう冒険者の対応と、この騒動を機に商売をしに来る商人なんかの対応で他の門もこれまで以上に忙しくなるだろうし……ただでさえ南門は実力の高い者を集めているから、これ以上はさすがにね」


 増員が無いであろうことはわかった、が……実力の高い者を集めている、というのは初めて聞いた。総合的な力で判断すれば俺はそれほど強いほうではないが、槍使いが珍しいからか?


「……逃げてもいいことを他の門番にも伝えますか?」


「国王様の言葉であれば伝えるほかにないけど……たぶん逃げ出す人はいないだろうねぇ」


 それはそうだろう。後輩だけでなく、何人かいる先輩も好戦的な者が多い。二人一組の警備の時は模擬戦をするのが日課と化してたりする。俺は面倒だからやらないが。


 少しずつ戻ってくる大臣貴族を待っていると、席を外していた第二王子が広間のドアから顔を覗かせてきた。


「クザン! 少しいいか?」


 よくはない。が、断ることもできない。主任に頭を下げれば、見送るように手を振ってきた。


 広間を出れば、人通りの少ない廊下の隅まで呼ばれた。


「なんだ? この場に呼んだことへの謝罪なら聞くが」


「いや、適切だ。俺は、お前に討伐隊に加わってもらいたいと考えている」


 加わってもらいたい、ということは命令ではなく俺に選択肢があるわけか。


「……答えがわからないわけではないだろう?」


「断わるのはわかっている。だが、考えてくれ。モンスターが門に辿り着く頃にはすでに手遅れになっている可能性が高い。おそらく樹海の内側でモンスターを討伐し尽くさなければ……」


「言いたいことはわかる。だが、俺は門番だ。この国の門を潜ろうとする悪党やモンスターは命を賭しても止める覚悟はあるが、それより外は管轄外だ。……力不足だという自覚もあるしな」


 そう言うと、第二王子は考えるように腕を組み、頭をひねり出した。


「……門番……そうだな。クザンは門番だ。俺がそれを否定するわけにはいかないか。最後の砦としての役目は果たしてもらいたいが、門番としての観点から気になることがあれば言ってくれ」


「それは俺より主任の役目だな。とりあえず今日のところは会議に参加するが、明日からは本来の仕事に戻らせてもらうよ」


「ああ。よろしく頼む」


 実際のところ――あまり現実味を帯びていないというのもある。


 例えるなら、前世で三日後に確実に死ぬであろう大地震が起きる、と言われているようなものだ。本当に? と疑問符が浮かぶし、死ぬという光景が思い描きにくい。


 とはいえ、この世界ではコロシアムもあるしモンスターとの戦いで死ぬ可能性はほとんどの人が理解している。


 モンスターの大群がこちらに向かってきているとして、勝てないのかどうか、逃げられないのかどうか――個人的な感覚では半々かな。この国の戦力と、集まってくる冒険者の戦力で大群を削れれば滅びない可能性もゼロではない。まぁ、そうなった場合、俺は生き残っている側には入らないと思うが。


「大変です!」焦ったように駆け込んできたのは冒険者ギルドの事務を担当している男。「各国の冒険者ギルドに通達を出したところ――勇者パーティーが来ます!」


 その言葉にどよめきと歓声が上がる。


 異世界で、モンスターがいて魔法があって魔王もいれば――勇者もいて当然だ。

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