第8話
勇者は魔王に対するべく冒険者の中から選ばれた五人のことを指す。実力は五人で一国を相手にできるほどだとか。逆に言えば、魔王もそれだけの強さだということになるが……まぁ、関係のない話だ。
件の勇者が
つまり、勇者の到着まで持ち堪えれば、災害を止めることができる、と。
勇者パーティー参加表明のおかげか、勝ち馬に乗れることを確信した冒険者や商人などが昨晩の夜の間だけでも相当な数が入国しているらしい。
「ねぇ、先輩。私達は手伝わなくていいんですか?」
南門と樹海の入り口の間に新しく壁が建てられている。簡易的なものだが、おそらくそこを防衛ラインとするのだろう。
「俺達は門の警備を続ければいい。ここからなら樹海の中まで見れるからな」
人の出入りが多く地上で門を警備する意味は無いから、今は外壁上から周囲全体を警戒している。
「……見えてますか?」
「そりゃあ、あれだけの大群なら嫌でも目に入るだろ。こんな距離からでもな」
ゆっくりと樹海の木を薙ぎ倒しながら進んでくるモンスターの大群が目に映る。あの光景を見ても、この国の者が楽観的なのかわからないが……実際のところ、俺は相当嫌な汗を掻いている。
血の気が引いて、心臓が締め付けられるような感覚――あれと相対することを思うと鼻の奥がツンとする。
「勇者が来て……勝てますかね?」
「勝てるかもしれないが……それまで持ち堪えられるかどうかが問題だな。多少の犠牲は覚悟しなければならないかもしれない」
「やることは変わらない、ってことですね!」
「変わらないと言えば変わらないが……」建てている壁を見下ろしていれば、手招きしている主任が見えた。「後輩、主任が呼んでるから行くぞ」
地上に降りれば近寄ってきて主任が疲れたように肩を落としていた。
「とりあえずそろそろ壁が完成する予定なんだけど、クザン君達二人で一つ前の壁を警備してもらいたい。そこが最終防衛の要になるだろうからね」
それが狙いか。指揮を執っている第二王子に視線を送れば、こちらに気が付いてウインクをしてきた。仮にもこの国を取り仕切ってる王族の一人が、法の抜け穴を突いたような発想で勝ち誇った顔をするな。
だが、上手い。門を守るという意味では防衛ラインを上げるのは正しいし、壁を守るのは門番の役割で、あそこからなら樹海もギリギリ射程圏内だ。
「わかりました。じゃあ、いつも通りのセットを用意しておいていただければ」
「うん。そう言うと思って、すでに用意してあるよ」
「ありがとうございます。では――行くぞ、後輩」
「は~い」
緊張感が無い。が、それくらいが良いのかもしれないな。
新たに建てられた壁――二十メートル程度の短い壁だが、こちら側から登れるようになっているし、物見櫓のような役割も果たせる。
モンスターの大群一万に対して、近衛・騎士団からの選抜三十人と、すでにいる冒険者とこれから参加する予定の冒険者が約六十人の合わせて九十人――ほぼ百人で戦うことになる。
モンスターにはゴブリンなどのあまり強くないのもいるから完全に不利というほどではないが、単純に一人が戦えるだけの持久力には限界がある。それを補助するために教会から回復魔法が使える者を派遣してもらっているが……それでも微妙なことには違いない。
「クザン、ここから狙えるか?」
簡易壁に乗っていた第二王子の問い掛けに首を傾げる。
「狙えないことはないが、届くのは大群の中ほどまでだろうな」
「十分だ。今から先陣隊で怪物達の大行進の前方を叩く。クザンにはここからサイクロプスを撃ち抜いてもらいたい」
サイクロプスは樹海から頭をはみ出した一つ目の巨人。
「俺である必要があるのか? 弓も届くだろ」
「だが、一撃で仕留められるのはクザンの槍だけだ」
「まぁ、やれと言われればやるけどな」
「クザンの一撃を合図に始める。頼んだぞ」
最近は実戦していなかったが、練習は続けているから大丈夫だろう。
馬に乗った第二位王子を先頭に、近衛・騎士団十人と冒険者二十人が樹海に入っていくのを見送り、こちらも主任に用意してもらった樽に刺さった槍を手に取った。
「先輩がモンスターと戦うの初めて見ますけど、ここから槍だけで倒せるんですか?」
「見たこと――無かったか。樹海からモンスターが出てくることも稀だしな。この槍自体は普段から門のところに置いてあるんだが、これには主任の魔法が付与してある。だから俺はそれを投げるだけなんだが……見たほうが早いだろ。後輩は先陣隊が怪物達の大行進に近付いたら教えてくれ」
魔法については今もよくわからないが、威力を倍増させる魔法があるらしい。冒険者や門番でも弓矢を使う者は矢にその魔法を付与するようだが、あくまでも元の威力を倍増させるだけだから致命傷に欠ける。
だから、投げる動きを限界まで極めた俺の槍はモンスターを貫ける。らしい。
「先輩、そろそろです」
「わかった」
踏み込みから、肩から背中にかけて全身のバネを意識して――槍を投げる。
一直線に飛んでいった槍はサイクロプスの一つ目を貫き頭蓋を割って脳が弾けとんだ。
「掛かれぇええ!」
第二王子の掛け声と共に、先陣隊の戦いが始まった。
「ん……少しずれたな」
ダーツでいうところのブルだ。ダブルを狙ったが若干外れたな。
「先輩すごいっ! サイクロプスを一撃で倒せるなんて!」
「俺というか、主任の魔法が付与された槍のおかげだけどな」
「それでもです! なんか――私も何かやりたんですけど……」
「邪魔をしないならここから魔法を使うくらいはいいと思うぞ?」
「じゃあやります!」
そう言って何もないところから半透明の弓を作り出した後輩は、炎の矢を引いて弾き出した。
空中で分散した矢がモンスターに突き刺さると次々に炎上していく。
「……思うんだが、魔法はどういう意識で使ってるんだ? なんかこう――魔法を使うための言葉があるわけじゃないんだろ?」
「基本的には体に流れている魔力を手に集めて、それを形作るイメージで放つ感じですね。言葉を言う人もいますが、そういう人は『火よ』という言葉と炎を放つイメージを紐付けして、考えるよりも先に口に出した言葉で魔法を使う、みたいな?」
「そもそも魔力を感じ取れることが前提なわけか。まぁ、使えないのは今に始まったことではないし、羨ましく――ないことはないが、今更な」
もし魔法が使えたら今みたいに体を鍛えようとは思わなかっただろうし、結果的には良かった。と思うしかない。
戦況は――正面からモンスターを削ってはいるが、進んでくる大群が止まることは無い。
後輩が弓を引くのに合わせて槍を投げればモンスターに直撃する。狙いの修正は出来た。前線に出ない以上、これくらいの精度は出せないとな。
日が傾き薄暗くなってきた頃、先陣隊が帰ってきた。
怪我人が十人。その内、戦線復帰ができない重傷者が四人。死者はいない。倒せたモンスターは約五十。こちらの頭数が増えれば比例するように倒せる数も増えるだろうから上々と言えば上々だが、事故だったり実力が伴わなかったりで怪我人が出ればそれだけ支援する側も攻撃より防衛に回ることとなる。悪循環だが……災害に対して手を挙げてくれた者を無下にするわけにもいかない。
「クザン、どうだ?」
「進行は止まっていない。倒れたモンスターを踏みつけにして真っ直ぐ向かってきている」
「あの程度では変わらないか。夜のうちは遠距離魔法が使える者で数を減らすとして……明日が総力戦だな。頼んだぞ、クザン」
「手の届く範囲なら善処するよ」
いつもなら夜は家に帰るところだが、今日は門の近くにある門番用の宿舎で寝るとしよう。俺が居ても居なくても変わらないと思うが――念のために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます