第9話
そもそもの違和感は
原因不明――そんなはずはない。物事が起こるのには理由がある。それを突き止めれば街に辿り着く前に行進を止めることができるかもしれない。
仮説はいくつかある。
一、地殻変動などの予兆。嵐の前の静けさや、地震の前兆で動物達が大移動するような行動の可能性。
二、縄張り争い。樹海の中が未開であるが故に、どんなモンスターがいるのかもわかっていない。強いモンスターが生まれたか、移住してきて住処を追われたか。
三、何者か指示している者がいる。やり方は知らないが、モンスターを使役できる魔法もあるし、不可能ではないだろう。誰が何故、に関しては政治的な部分だと思うから推測のしようもない。
可能性を思い付くのは前世の記憶があるからかもしれないが――さすがに過去の事象例が少な過ぎる。
仮説の中から最も有り得そうなのは……三、か? 自分で立てた仮説を崩すのもなんだが、一の場合は怪物達の大行進と共に何かしらの災害があったと記録が無ければおかしい。二に関しても同様のことが言える。一万を超えるモンスターの大群が住処を追われるほどの強いモンスターが生まれたとすれば、その記録があるべきだし、この世界が滅んでいないのならそれを倒した者がいるということ。それが英雄や勇者なら語り継ぐものだろう。
消去法で三だが、指示している者が人間とは限らない。モンスターの中にモンスターを操るだけの知性を持っているものがいる可能性も否めない。そのモンスターが大群の中にいれば楽ではあるが知性があるならそれはない。あとは魔王国関与の可能性だが……魔王国自体に謎が多いし仮説からは外しておこう。
おそらく今日の夜から明日に掛けて怪物達の大行進が街に辿り着く。
集まった冒険者は想定よりも若干多く、近衛・騎士団と合わせて合計百二十人になった。ここに勇者が加わるが――やはり、それまで持ち堪えられるかどうかが勝負となる。
「よくぞ集まってくれた! 私が今回の討伐隊の指揮を執る近衛騎士団・団長だ! 冒険者諸君には期待しているが、基本的にはこちらの指示通りに動く必要はない! 君たちには君たちにしかできない役割があるだろう! 故に、好きに戦え! 好きに暴れろ! 但し、出来る限り死ぬな! さすれば、倒したモンスターの素材で大金持ちになれるぞ!」
その言葉に、冒険者達が雄叫びを上げる。
上手いな。他から来た冒険者には自らが王族ということは明かさず士気を高めた。公務員である騎士団や門番は倒したモンスターの素材を売ることは無いから、すべて冒険者の取り分となる。
冒険者の行動原理は戦いと金で十分だと聞くし、命を賭けてでも戦う理由にはなるんだろう。
「臆するな! 勇者が来れば勝利は確実なものとなる! 行くぞぉおおっ!」
そして、戦いが始まる。
「……いや、どちらかと言えば狩りか」
怪物達の大行進を正面から一体ずつ確実に倒していく。
モンスターは目の前に来る相手だけに敵対してくる。それ故に冒険者もパーティー単位での戦いができる。
騎士団や冒険者で遠距離魔法や弓矢を使う者は簡易壁の前から怪物達の大行進の後続を狙っていく。
後輩も魔法を使って遠距離から攻撃をしているが、何かあった時のために俺は待機。すでに大惨事だとは思うが。
モンスターも多種多様。ゴブリン、コボルトなどの亜人種からレッドベアーやブラッディウルフなどの動物奇形型にスライムなどの何にも当てはまらないものまで――さすがにこの全てを人が使役しているとは考えにくいか。
近衛と騎士団は統率の取れた連携でモンスターを倒し、冒険者は好きに暴れている。
さすがに数に押されて徐々に後退しているが、倒していくにつれて遠距離で数を減らしたところに差し掛かるからそれほどジリ貧というわけでもない。
「オークの群れだ!」
騎士団の一人が槍に貫かれた。
「こっちにはオーガが出たぞ!」
冒険者数名が、棍棒の薙ぎ払いで体が砕けて飛び散った。
オークはゴブリンの上位種のようなモンスターだ。体長二メートルほどで群れを成し、手製の槍や剣を使って狩りをする。
オーガは一体で街一つを滅ぼすことができるモンスターで、簡単に言えば巨体の鬼だ。使うのは鉄製の棍棒で、魔法を使うだけの知性も持ち合わせているとか。
どちらも強い。油断せずとも大勢が死ぬくらいには。
「先輩!」
後輩の声に槍を手に取れば、先輩二人が俺の肩を叩いて前に出た。
「ここは俺等に任せとけ」
「たまには先輩らしいところを見せないとな」
今日明日で国が滅ぶとは思っていない口振りの先輩二人は、それぞれオークとオーガに向かっていく。
名前が覚えられないから筋肉先輩と長髪先輩と呼んでいるが――筋肉先輩はオークに向かっていきながら上着を脱ぐとゴリラのような体毛を生やし、体を二倍の大きさにまで膨らませ、拳の一振りでオークの頭を弾き飛ばした。長髪先輩はオーガに向かっていきながら髪を束ね、何もないところから身の丈以上の刀を取り出すと、その一振りでオーガの片腕を落とした。
強いことは知っていたけれど、予想以上だ。南門の門番は一芸に秀でた者――一つの魔法に秀でた者、か。たしかに、これだけのモンスターが生息している樹海の近くを警備するには必要な人材だな。
怪我人が増えてきて、少なからず死者も出てきた。二人の加勢で多少は巻き返せるだろうが体力には限界がある。門番は主任と俺達を含めてあと五人はいるが、あくまでも一芸要員だ。騎士団や冒険者のようにどのモンスター相手でも戦えるわけではない。
オークやオーガを倒した後は、ゴブリンやコボルトで魔法を使う上位種が進んでくる。まだまだこの簡易壁には到達しないが、怪我人も増えてきて支援班も切迫してきているし、そろそろ手伝いに参加するか。
とはいえ、治療ができるわけではないから戻ってきた怪我人を誘導したり手を貸すことしかできない。
「自分で動ける者は自分で救援所に向かってくれ! 動けない者はその場いれば運ぶ! 死者は体が無事ならそのまま城壁内へ、バラバラなら頭、もしくは身分がわかるものを回収しておけ!」
モンスターだって命懸けだ。生きるために人間を殺している。こればかりは前世と違う感覚だが、この世界で十年以上生きれば誰でもそういうものだと理解し、慣れる。
血と鉄と錆の臭い――久し振りに感じる死の香りに息が詰まる。
「誰か頼む! 腕が――」
千切れた腕を持ってき騎士団の一人はアドレナリンが出ているのか魔法で痛みを遮断しているのか、切れた二の腕から血を垂れ流しながら戻ってきた。
まずは縄で縛って血を止めて、千切れた腕の断面を清潔な布で包み汚染を防ぐ。
「これでいい。あとは腕を持って救援所に行け」
この世界では治療の大部分を魔法で行っているせいで応急手当てなどの知識を持っている者がほとんどいない。実際、高度な治癒魔法を使える者がいれば腕でも脚でも元通りに繋げることができる。胴体真っ二つや首などの即死でない限りは。
それ故に、今回のように怪我人が治療魔法を使える者より多くなれば自然と応急処置が必要になる。俺の場合は前世の記憶のおかげで大抵の対処法は心得ているが、この世界では発酵食品がある割に菌などに関してはほぼ研究されていない。まぁ、原因を調べずとも魔法で治るのなら無駄になるだろうから当然ではあるが。
別の門からやってきた冒険者が続々と南門から怪物達の大行進へと向かっていく。倒したモンスターで商売をするつもりの商人も増えるから物資にも困りはしない。
だが――一攫千金を狙う者は実力が伴っていない場合が多く、怪我人が増え死者が増えていく。
怪物達の大行進はまだ半分は残っていて――近付いてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます