第10話
「ワイバーンが出たぞぉ!」
飛獣種の中で、ドラゴンに次ぐ強さを誇るワイバーン。火も吐くし、鋭い爪なら人の体は簡単に引き千切られ――何よりデカい。その上で空を飛んでいる。
こういう時のために俺がいる。
火を吐くワイバーンに槍を放り投げれば、片翼を突き破ってバランスを崩した。が、どういう原理か残った片翼だけで宙に浮いている。
「っ――落ちろっ!」
二本目の槍はワイバーンの首元を貫き地面へと真っ逆さまに落ちた。物理法則無視もいいところだが、魔法が存在している以上は何があってもおかしくはない。
「飛んでる奴等は後方組で落とす! 前線組は目の前の敵に集中してくれ!」
すでに余裕が無い状態まできている。これ以上、怪物達の大行進を前に進めたら門に差し掛かる。
空を飛ぶガーゴイルを落とし、ハーピーを落とし、グリフォンに投げた槍が避けられた時――モンスターの大群は目と鼻の先まで迫っていた。
「一匹たりとも先へ通すな!」
主任に用意してもらってある槍は残り三本。投げるよりはそのまま使ったほうがいいな。
「先輩! 私も一緒に戦います!」
隣に並んだ後輩は、魔法か魔力で全身にバチバチと雷を纏ってモンスターへと突っ込んでいった。
冒険者と騎士団の間を抜けてきているのはアンデッドとリザードマン。奇形型でなく二足歩行で武器を使ってくるだけいい。それなら、俺はまだ戦える。
アンデッドは骸骨の兵士。魔法耐性はあるが物理攻撃は通る。剣と盾を持ち、人間らしく戦うから、槍で脚を崩し首を落とせば倒せる。
厄介なのはリザードマンだ。鱗を纏った二足歩行のトカゲ。知性があり、魔法が使えて、武器を使って連携してくる。
一体目を槍で突き、手放した剣を向かってくる二体目に投げて殺し、三体目の脚を払って倒れたところを踏みつけて首に槍を突き立てた。持っていた円盾を蹴り上げて手に取り、四体目に投げて首を刎ねた。
火の玉を槍で弾けば、その隙をついてリザードマンの剣が胴を掠めた。革鎧が裂けて血も流れているが傷は浅い。
傷付き血が流れても、足がもつれて立ち止まっても、向かってくるモンスターを一体ずつ――一体ずつ確実に仕留めていく。
リザードマン達の動きが止まると、鉄の鎧を着て大剣を担いだ大柄のリザードマンが一歩一歩こちらに近付いてきた。族長か戦士長といったところだろう。一対一をご所望か?
槍の柄で地面に線を引き、その前に出て息を吐いた。
「誰も――一匹たりともこの線より先に通すつもりはねぇ」
「オォオオオッ!」
雄叫びと共に大剣を担ぎ上げたリザードマンに槍を構えた瞬間、囲んでいた別のリザードマンが投げた木槍が肩に突き刺さった。一対一じゃなかったみたいだが――木槍をへし折り、鱗の無いリザードマンの首元に突き刺した。
おかげで警戒なく至近距離から一撃で仕留められた。
「っ――」
視界がぼやけて指先が痺れてきた。……毒か。こいつら、毒を塗った木槍を投げてきたのか。解毒の魔法もあるし、いま救援所に行けば治してもらった後、また仕事に戻れるがそんな余裕はない。
きつけ代わりに肩に刺さった木槍の先を引き抜けば、全身に広がる痛みと共に目が冴えた。
これを機と突っ込んでくるリザードマンを殺していく。それ以外のモンスターは他の冒険者や騎士団がどうにか侵攻を食い止めているが、もはや誰もが満身創痍だ。なのに――まだ数十メートル先までモンスターの大群で埋め尽くされている。この状況に、絶望という以外の言葉があるのか?
「先輩!」戻ってきた後輩は肩で息をしながら、モンスターの血に塗れていた。「すみません、治癒魔法はあまり得意ではないんですが――傷口を塞ぐのと痛みは軽減できます」
手を添えられると、流れ出る血が止まり、体から痛みが引いて動くようになった。
「助かる。後輩、まだ戦えるなら近衛のほうを支援してきてくれ」
「いいんですか? ここは――」
「ここは俺だけでいい」
「……わかりました」
そう言って後輩は前線へと向かった。第二王子の近くが最も死ぬ確率が低い。王子自身が強いというのもあるし、周りを近衛が固めているから一緒に戦えば少なからず……長生きは出来るはずだ。
問題はこっち――強化された槍は残り一本で、目の前には数十匹のモンスター。そもそも武器が……いや、ある。そこら中に武器は落ちている。
地面に刺さった剣を手に取り力一杯に放り投げ、迫ってきたアンデッドには蹴り上げた盾を手に剣を防いで槍で首を落とし、魔法を使おうとしているゴブリンに盾を投げて目を潰した。
痛みはないが疲労はある。治癒魔法を受けたが体の中には毒が残っていて手足の痺れは強くなっていく。
視界の端では騎士団が殺され、冒険者が食われている。
「……戦争ではない、か」
たしかにこれは狩りだった。但し、こちらが狩られる側の。
誰もが限界を迎えている、のに――まだその先があるのか。
「ドラゴンだ……ドラゴンが来るぞぉおおっ!」
怪物達の大行進の最後尾から姿を現した赤いドラゴンに、他のモンスター達も動きを止めた。種族としての格が違う。もちろん、人間とも圧倒的に。
「倒せなくてもいい! どうにかして足止めしろ!」
遠距離からの弓や魔法の攻撃は、ドラゴンの体に当たる前に障壁で防がれる。飛獣種最強は伊達じゃない。ただ単純な物量の差を埋めることは出来ない。
足止めでいいのならと、矢と魔法に紛れ込ませて槍を放り投げれば――障壁を突き破り、ドラゴンが身を捩って槍を避けた瞬間に上空から落ちてきた男がドラゴンの首を斬り落とした。
「すみません! 遅くなりました! あとは僕らが引き受けます!」
次に落ちてきた重戦士は大盾でオーガを潰し、闇に紛れた斥候は次々に亜人種の首を背後から斬り裂き、弓使いが矢を放つと複数に分裂し一撃でモンスターの頭を弾き飛ばし、魔法使いの広域治癒魔法で戦場にいる全員を回復させた。
勇者一人で千人力か。たしかにこれなら勝利を確信した冒険者や商人が集まってくるのはわかる。ドラゴンを一撃で屠れるのであれば災害すらも止められる。
「ふぅ――……さすがに大人数に向けた治癒魔法じゃ毒までは抜けないか」
体の痺れに限界を迎え、倒れそうになったところを後輩が肩を支えてやってきた。
「先輩、お疲れ様です」
「ああ、後輩もお疲れ。悪い……誰か解毒魔法を使える者がいれば呼んで来てくれ。そうすれば、まだ――」
言い掛けたところで体に力が入らなくなり、地面に沈み込むよう気を失った。
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