第5話 門番の実力
この世界には娯楽が少ない。
歌や芝居はあるが、それは旅一座が各国を回っているものでたまにあるイベントのようなもの。前世のようにテレビやラジオがあるわけではないからそういう仕事もほとんどない。
前世の記憶が無かったとしても食事は娯楽に入りにくい。この世界の飲酒は十八歳からで、意外と種類が多く楽しんでいる者も多い。あとは娼館もあるし、一応は本も売っている。そして――コロシアム。
コロシアムは週に一度開かれて、主に冒険者同士の決闘や対モンスター、それ以外に一般人でも申し込めば決闘を行うことができる。
ルールにもよるが殺しもありで、観客は賭けもあり。
昔の日本で処刑が見世物であったり、海外で文字通りのコロシアムに人が集まった理由がわかる。人の生き死には娯楽なんだ。観客は血を望み、激しい戦いを観たがる。
転生してから数年はさすがに戸惑いもあったが、モンスターがいる世界だ。街の外に出れば常に死と隣り合わせの日常が続けば慣れもする。まぁ、コロシアムに行って観客として楽しんだことは一度も無いが。
「さぁ、続いては本日の申し込み試合です! 出場するのは――」
見世物なだけあって声の通る司会者もいる。賭けのオッズは騎士団のほうが優勢。当然だな。俺が賭ける側でもそうする。
「では、選手の入場です!」
歓声と共に目の前の門が開き、足を進める。
「せんぱ~い! 負けないでくださいね~!」
後輩の声がデカいし、気まずいな。
「よぉ、騎士団と門番の実力の差を教えてやるよ」
相手の名前はわからないが、あの日食堂で突っ掛かってきた騎士団員だ。年齢的にはたぶん二つか三つ上くらい。
訓練学校の成績は剣と魔法で決まる。俺は魔法も使えないし、剣もそこそこだから成績自体もそこそこだったが、槍だけで言えばたぶんこの国で一番強い。母数が少ないというのもあるが。
「試合――開始!」
開始の合図で踏み込んできたのに合わせて、木槍の先を首に振れば――足を止めて一歩下がった。
さすがに無策ではないか。
槍の間合いで打ち合いを交わしているが、同じことの繰り返しでは観客が冷めていく。少し、熱を上げてみよう。
打ち合いの間にワンテンポだけ遅らせれば、その隙を見逃さずに突っ込んでくるのに合わせて――地面に付いた槍の先で砂を巻き上げ相手の目を潰し、足を掬って転がした。
追い打ちはしないが、門番が騎士団を転がしたことで観客は沸く。
「くっそが……舐めてんじゃねぇぞ!」
頭に血が上って真っ直ぐに突っ込んでくる。再び槍を地面に付ければ、先程のことを警戒して目元を隠すように腕を前に出した。
当然のように対応してくるが、自ら視界を塞いだところに横から木槍で顔を叩いた。
「ん――ちょっと入ったな」
顎先を掠めるつもりだったが諸に鼻を打って血を流し始めた。だが、血を見たことで観客は今以上に沸き上がる。
「っ……この、門番風情がっ!」
血を拭いながら立ち上がりこちらに掌を向けてくると、眩い光に目を閉じた。
光の魔法で目晦ましをしたところに懐まで入り込んできた。槍使いには距離を詰めるのが定石だが、その手を使ってきたのは訓練学校時代でも数え切れないほどいる。
「甘いですよ――っ」
剣を防ぐのに構えた槍がきれいに切られた。木剣で――じゃない。仕込みのナイフか。たしかにルールは設けたが、ルール違反をしても失格にならないのがコロシアムだ。そっちがその気なら、こちらも使えるものは使わせてもらう。
勝ち誇った顔に下から拳を突き上げて、退いていく体を逃がさないように襟を掴み――そこから腕を取って体を翻し、前世で培った一本背負いをお見舞いした。
もちろん、コロシアムに一本は無いし、何度地面に倒したところで勝ちにはならないが……そろそろ頃合いだろう。
「はぁ……はぁ……このっ、消し炭にしてやらぁ!」
掲げた手の先に作り出した巨大な火の玉をこちらに投げ飛ばしてきた。
魔法が使えない俺には相殺することもできず、切れた槍でどうにか出来るものでもない。
「っ――」
火の玉の衝撃を受けて、地面に倒れ込んだ。
「……勝者は騎士団所属――」
動かずにいれば勝利が宣言された。これでいい。負けるまでが予定調和だ。
負けた側には誰も注目していないから立ち上がってそのまま闘技場を後にすれば――後輩が待ち構えていた。
「……わざとですよね?」
「まぁ、そう見えたんならそうなんだろう」
「だって……途中まで勝ってたじゃないですか」
「それは相手が俺に合わせてくれていただけだ。最初から魔法を使っていればもっと前にやられていただろうし……途中まで優勢に見えたのは武器差だな」
「じゃあ、魔法が無ければ勝ててたんですよね!?」
後輩の中で、俺は相当強い化け物のイメージが出来上がっていそうだが、そんなことはない。
「門番は騎士団に勝てない。向こうにその気はなかったかもしれないが、近衛騎士団の団長と主任の意向だ。それが無くとも勝てたかどうかは微妙なところだけどな」
「……わかりました。その代わり次の休日にはまた特訓に付き合ってください」
「なんの代わりかはわからないが、それくらいならいつでも付き合ってやるよ」
その言葉に満足したのか後輩は笑顔を見せて帰っていった。
「さて――っと」
大きく息を吐いてコロシアムの廊下に座り込んだ。
あれだけの魔法を受けて無傷なはずはない。外傷こそないものの全身打撲のような衝撃で立っているのもやっとだった。
実際……何を勘違いしているのか知らないが、真剣同士だったらそもそも戦いにすらなっていなかった。剣と槍――大抵の場合、槍の柄は木製で、相手が真剣なら打ち合いなどできずに切られてお仕舞いだ。同じ土俵に立ってくれたから試合が成り立った。
まぁ、真剣同士ならそれはそれでやりようもあったが、見世物の試合としては地味になる。一先ずは役目を果たせたと考えていいだろう。
有給というシステムがあるのなら使って休みたいところだが、この世界には無い。命のやり取りをした次の日にも普通に仕事はある。まったく公務員というのは厄介だが――騎士団などと比べれば圧倒的に平和で堅実な門番だ。それを続けられるのなら文句を言うつもりも無い。
とはいえ、近衛騎士団の団長と主任には今度なにか奢ってもらおう。身に覚えのない恨みで、その鬱憤を晴らすのに手を貸したんだ。それくらいは罰が当たらないはずだ。
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