第4話 門番の仕事・その二

 今日は南門の警備をする。


 ハインツヴァセル王国の南には樹海が広がっており、こちら側から来る人は多くない。だが、北側や西側が混み合っている時にわざわざ回ってくる商人などが偶にいる。


「ねぇ、先輩?」


「なんだ?」


「何か暇潰しの遊びとか無いんですか~?」


「一応、仕事中なんだけどな」


「でも暇じゃないですか~」


 門番は基本的に立っているだけで、それが仕事でもある。雑談をしていても怒られることは無いし、やることをやっていれば自由にしていても問題ない。だが、たしかに退屈には違いない。


 暇を持て余した後輩が剣の素振りを始めた時、樹海の中から一組の冒険者が門に向かってきた。


「ここから先はハインツヴァセル王国の領地です。入国を希望の場合は身分を証明するものを提示してください」


「俺達はロールネア王国から来た冒険者だ。ギルドカードはここに。五日……いや、三日間程度の滞在を希望する」


 手渡されたのは四人分のギルドカード――カードには氏名・年齢・役職・直近の仕事内容が書かれている。


 二十五歳の青年戦士と、十七歳の少女神官、二十歳の斥候、三十七歳の重戦士。ロールネア王国からということは、大陸を北上しつつ西側に進み樹海を斜めに突っ切ってここまで辿り着いたわけか。


 くたびれた服と装備、持っている荷物の少なさから何かの依頼を遂行中の休息と物資供給に立ち寄った感じだな。


「依頼の状況については?」


「樹海に住むというレッドベアーの素材を獲ってくる依頼だが……ここ数日歩き回っても見つけられなくてな。生息域もわかっていないから、ここで何か情報収集でもできれば、と」


 レッドベアーはその凶暴さから並の冒険者では爪痕を見かけただけで後ずさりしながら逃げると聞くが……直近の仕事内容はモンスター討伐がほとんどのようだし実力的には問題ないのだろう。


 外壁上の門番と後輩をそれぞれ一瞥するが、特に反応は返ってこない。


「わかりました。街に入ったらまずはギルドに滞在の報告を。それから――街の西側に冒険者の集まる酒場があります。樹海に出入りする者は少ないですが、そこでなら何かしらの情報が聞けると思いますよ」


「そうか。ありがとう。伺ってみよう」


 ギルドカードを返し、合図を送れば門が開き冒険者達は街へと入っていった。


「先輩って、いつも面倒くさそうにしてるのに仕事の時はキチっとしてますよね」


「そりゃあそうだろ。仕事なんだから。仮に俺達の通した冒険者が街中で問題を起こした時、処分を受けるってのもあるが――一番は責任を感じるだろ? そうならないためにはちゃんと相手を見極めなきゃな」


「は~い」


 後輩も大雑把に見えて意外としっかり仕事を熟しているから特に苦言を呈する必要もない。


 午前は冒険者一組だけで、昼食を挟んで午後の警備が始まる。


 日が傾き始めた頃――荷物を載せた馬車がやってきた。


「ここから先はハインツヴァセル王国の領地です。入国を希望の場合は身分を証明するものを提示してください」


「旅の商人でございます。商人ギルドのカードはこちらに」


 四十二歳の商人で、こっちのギルドカードには直近の仕事内容などは記されていないから、判断は個人の裁量になる。


「主な商品はなんですか?」


「愛玩モンスターとモンスターの素材などを扱っています」


 貴族などがたまに友好的な小型モンスターをペットのしていることがある。ということは貴族相手の高級志向商人か。


「荷台を改めさせてもらっても?」


「ええ、構いません」


 門前にいる二人に商人を見ておくように合図を飛ばし、後輩と一緒に荷台へと上がった。


「結構いろいろありますね」


「素材は俺が見るからモンスターを頼む」


「は~い」


 愛玩モンスターは掌大の四角い専用カプセルに封印されていることが多く、その状態で中身を確認するには魔法を使える必要があるから後輩が担当する。


 素材に関しては麻薬性の強い植物などもあるからそういったものがないかチェックする。国によっても異なるから商人によっては自己申告してくる場合も多い。


 アクセサリー加工に使えるモンスターの爪や牙に、服に使える毛皮など――やはり客は貴族階級だな。


「こっちは特に問題なさそうだが……」


「あ、先輩、これ。小型のドラゴン――ワイバーンかな? が封印されてますね」


「これだけか?」


「あとは……ホーンタイガーって大人は駄目ですよね?」


「ああ、小型のものだけだ」


「じゃあ、これもです。その二つですね」


「わかった」


 その二つを手に荷台を下りて商人の下へ向かえば、顔色を変えずにすり寄ってきた。


「如何でしたか?」


「この二つ。ワイバーンとホーンタイガーの大型種ですね。愛玩用にならないことはご存知ですか?」


「とんでもない! それは愛玩用の鳥モンスターと子供のホーンタイガーでございます!」


 その言葉を聞いて、後輩に視線を送った。


「偽造の三重封印は見事だと思いますが、封印を重ねるのは魔法の比重が重くなるので見る者が見ればわかります。なんなら、今ここで封印を解いてもらってもいいですが」


「ふ、封印を解いたとして、その代金を支払えますか? 支払えないのであれば――」


「あ、私は封印魔法を使えるので問題ありません」


「ぐっ……」


 封印に関しては見破れない俺ではわからないが、自白したようなものだ。


「では、選択肢です。この場でモンスターを没収され街に入り真っ当な商売をするか、無理にモンスターを奪い返して逃走し、ハインツヴァセル王国含む他国への今後一切の入国を禁止されるか――どちらにしますか?」


「……わかった。モンスターはもういい」


「では、街に入ったら商人ギルドへ滞在の報告をお願いします」


 諦めた商人は馬車を引いてトボトボと街へと入っていった。


 南門から入ろうとする商人は、そのほとんどが違法なものを積んでいる。というか、実際には『南門から入れば違法なものも通る可能性が高い』という噂をこちらから流している。他の門に比べて混み合っていないからゆっくり検品できるのと、二人一組の片方は魔法に長けている者が配備されているから、姑息な商人でも見破れることができる。


「前から思っていたんですけど、没収したモンスターってどうするんですか?」


「宮廷魔術師が封印を解いて使役して、大抵はそのままコロシアム行きだな」


「え、コロシアムのモンスターって没収品から出てるんですか?」


「わざわざ捕獲しに行くって話は聞かないな」


「へ~。でも、そのまま通しちゃってよかったんですか? 一応、騎士団に知らせておくとか」


「そもそも客層が貴族階級で、あの場でどこかの貴族の名を使って脅すたり、賄賂を渡してこなかったってことは、このモンスターは客の付いていない小遣い稼ぎってことだ。商人である以上は客がいるし、真っ当な商売をするのであれば止める必要はない」


「じゃあ、もし貴族の名前を使って脅されたり、賄賂を渡された場合は?」


「賄賂は受け取らなきゃいいだけだ。貴族の名前が出た時は――その時のために南門の主任がいる。あの人は王族と直接喋れるレベルの貴族階級だ。名前を出せば引き下がる他に無い」


「主任ってそんなにすごい人だったんですね!  てっきり置き物的な――」


 その時、後輩はいつの間にか背後に立っていた主任に気が付き口を噤んだ。


「まぁ、否定はできないけどね。僕自身名前で雇われているようなものだから」


 猫背で病弱な見た目のせいであまり目立たないし表に出てくることも少ないが、それでも主任の座に付いていることには意味がある。一年以上この人の下で働いて仕事が出来ることも知っているし。


「主任、これが没収したモンスターです」


「ああ、預かるよ。それで話に出ていたコロシアムなんだが――クザンくん、君に試合の申し込みがあったよ」


「え、普通に断りますが……誰からですか?」


「騎士団の人だねぇ。模擬試合はあっても、一対一の希望は珍しいね」


 思い当たる節があるとすれば昨日の食堂か。後輩との会話を聞かれて何か癇に障ったか? ……特に何かを言った記憶は無いが。


「先輩! 断らずにやりましょうよ! 門番が強いってところを見せましょう!」


「面倒だろ。目立つのも好きじゃないし」


「そう言うだろうとは思っていたけど、一応は保留にしてあるよ。何せ試合の申し込みは騎士団・団長直々だったからね」


「あ~……あの人苦手なんですけど」


 苦笑いをする俺と主任を見て、後輩は首を傾げた。


「何かあったんですか?」


「騎士団の団長はね、すでに門番への希望を出して配属が決まっていたクザンくんを騎士団に引き抜こうとしたんだ。僕が止めたけどね」


「そのせいで恨まれているのかなんなのか……」


「今回もクザンくんが負けたら騎士団に来るように、と条件を付けていたがそこは僕から――というか、僕を通じて事態を知った近衛騎士団・団長が間に入ってその条件は無しになったんだ」


「なるほど……つまり、今回のことは近衛騎士団・団長のメンツを保つためにも断れないってことですか」


「うん。そうなるね」


 色々と譲歩した結果なんだろう。主任の厚意と近衛騎士団・団長のメンツを保つのに俺が面倒を被るのは仕方が無い。


「わかりました。試合は引き受けます。ただ、一つだけ――真剣は無しでお願いしたいです」


「伝えるだけ伝えてみるよ。たぶん、大丈夫だと思うけど」


「よろしくお願いします」


 面倒なことになった。騎士団と門番の関係を保つことも大事だがそれよりも――


「先輩の本気を見れるの楽しみです! 絶対観に行きますねっ!」


 期待の籠った後輩の視線が痛い。まぁ、話の流れ的に俺は試合に負ける。それが最善だと思うし、そうすることを予期しての近衛騎士団・団長の介入だ。無下にせず、誰もが望む結果に導こう。

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