第3話 門番の休日
前世の記憶が役に立ったことがいくつかあるが、その中で最も意味があったのは体の鍛え方の知識だろう。
武道や武術を習っていたわけではないが、月に一度や二度はジムに通っていたし家でもそこそこに筋トレをしていたから、どの筋肉をどう鍛えればいいかはわかっていた。
その知識に加えてこの世界での戦闘訓練だ。冒険者はさて置き、騎士団や門番になるには十歳から十六歳の間で二年間、訓練学校に通う必要がある。大抵は体の出来始める十二歳か十三歳で入る者が多い中、俺は自らの意思で十歳から通って戦い方を学んだ。
とはいえ、それは基礎的なことがほとんどで強くなるためというより死なないための訓練が多かった。ちなみに卒業時の俺の成績は中の上。そこそこだ。
そして、十二歳で訓練学校を卒業して門番の試験を受けるまでの四年間でやったのが体を作り上げる筋トレだった。
この世界での戦いは――騎士や門番に限っては、剣術とそれに合わせた魔法が主で、腕力に自信のある者が斧を持つ。槍が不人気なのは狭い場所での戦いに適さないのと、折られたり切られたりした時の替えが利かないという理由が多い。まぁ、そもそも戦い自体が滅多にないから不毛な心配ではあるが。
俺が槍を持っている理由は二つ。仮に戦うことになったとしても相手から距離を取れるのと、投げることに適した武器だからだ。
人の体――骨格や筋肉は投げる動きに特化している、という前世の知識を元に鍛えた結果、今の引き締まった体になった。肉体に関しては前世よりも今のほうが圧倒的に仕上がっている。
「先輩! 集中してくださいよ~!」
「はいはい」
昨日の約束通り、今日は後輩の特訓に付き合っている。
刃の無い槍――つまり棒対木剣で模擬戦を繰り返しているが、武器差もあって後輩は一度も勝てていない。
そもそも間合いの違いは埋められない。実際、戦国の時代も戦の時は日本刀で戦うよりも槍を振り下ろすようにして戦うことが多かったと聞くし、銃火器を除いた対人戦であれば槍以上に有用な武器はないだろう。
「あの、先輩……剣使いませんか?」
「別にいいけど、剣技だと勝負にならないぞ? 俺が弱過ぎて」
「じゃあやりましょう!」
「……逆にか」
「逆にです!」
偶には後輩に花を持たせるのも有りだが、ただ負けるのも考えものだな。
棒から木剣に持ち替えて、肩に担いだ。
「いいぞ」
何度か剣を交えて弾き返し、向かってくる突きを避けると、踏み込んだ脚を軸に体を回し木剣を振ってきた――が、軸にしていた脚を払うと態勢を崩して尻もちを着いた。
「いたっ……それ有りですか?」
「戦いに有りも無しもないだろう。不意打ちだろうが搦め手だろうが勝ちは勝ちだ」
「なるほど。そういうことならっ――」
膝を着いた状態から投げてきた木剣を避ければ、腹に突進してきた後輩に押し倒されてマウントを取られた。上手いな。突進と同時に腕で片脚を掬うように倒してきた。
「一本取られたけど……甘い」
後輩の首に腕を回し、勢いよく背筋を起こして投げ飛ばした。
「んなっ――勝てないっ!」
「そんなに勝ちたいなら魔法を使えよ。そうすれば少なくとも負けることはないだろ」
「先輩とは対等に魔法を使わずに勝ちたいんですよ~。勝てなくても引き分けぐらいにはならないと……」
「ならないと、何かあるのか?」
「ん~……先輩は知らなくていいですっ!」
昼過ぎから数時間に及ぶ訓練で、日が傾き始めてきた。
「そろそろ帰るか」
「あ、特訓に付き合ってもらったので今日の夕飯は奢りますよ!」
「じゃあ、適当に安いところでメシでも食うか」
この世界の食事は全体的に味が薄い。それに加えて米が無い。メインになるのはパンか芋。正直、前世の記憶がある俺には文字通り味気ない。自分で作る料理はある程度調整できるが、外食では何を頼むのか悩むところだ。
「泥棒だ!」
食事に向かう街中で――往来での引ったくり。国として貧富の差が激しいわけではないが、こういう犯罪は無くならない。
「先輩っ、私行きます!」
駆け出した後輩の背を見て、店仕舞いを始めた野菜露店に近寄った。
「店主。そこの野菜は売り物ですか?」
「いやぁ、そこのは中が腐ってて売り物になんねぇから処分だな」
「じゃあ、一つ貰いますね」
後輩でも追い付けるだろうが、盗人に堂々と往来を走り抜けさせるわけにはいかない。
持った芋を潰さないよう力を込めて放り投げれば、一直線に強盗の後頭部に直撃して地面に倒れた。そこに後輩が駆け寄っていって確保した。
「先輩、バッグを持ち主の方に」
受け取ったバッグを引っ手繰られた女性に渡せば、向こうから報告を聞いたであろう騎士団二人が駆けてきた。
「協力感謝す――なんだ門番か。あまり勝手なことをするなよ、門番如きが」
「はぁ!? こっちはあんた達が遅いから代わりに――んぐっ」
食ってかかりに行く後輩の口からを後ろから塞ぎ、騎士団に対して手を向けた。
「いや、悪いな。偶々居合わせただけなんだ。あとのことは任せるよ」
「はっ――その女もちゃん躾とけ」
犯人の腕を縛った二人は捨て台詞を吐いて去っていった。
「先輩! なんで言い返さないんですか! 言われっぱなしじゃないですか!」
「いいんだよ。言われっぱなしで。ほら、メシ行くぞ」
不貞腐れている後輩を連れて、安さが売りの大衆食堂に入った。
「いらっしゃいませ~、お好きな席へどうぞ~」
いくつか空いていた円卓の一つに腰を下ろせば、店員じゃない男が近寄ってきた。
「こんな時間から門番が外食とは、良いご身分だな」
また別の騎士団員か。今日はよく遭う日だな。
「今日はオフなんだ。訓練の帰りでね」
「そうだな。お前らは訓練でもしないと腕が鈍るだろ。俺たち騎士団と違って」
「ありがたいことに門番は暇なもんでね」
「暇なくせにいっちょ前に給料だけは貰っているからな」
「その安い給料でも、ここは良い店ですよね。安くて美味い」
「……そうだな、お前等にはお似合いだ」
それだけ言って男は店の奥の隅にある大人数用に席に戻っていき、入れ替わるように店員がやってきた。
「騒がしくしてすみません」
「いえ、騎士団の方はいつもことですので。ご注文はお決まりですか?」
「俺は肉のスープと、パンにバターを付けてもらって」
「私は骨付き肉と硬いパン!」
「承りました。少々お待ちください」
肉のスープはビーフストロガノフみたいな感じだ。それよりは薄味だが。パンは小麦の風味が強いが、全体的に硬い。
「せんっぱい!」握った拳でドンッとテーブルを叩いた。「なんで言い返さないんですか!?」
「ん~……まぁ、言ってることは間違ってないしなぁ。騎士団の仕事は奪ったし、門番の仕事は暇だし薄給だし、何も間違ってないだろ」
「でもおかしいじゃないですか! なんで私達だけこんな扱いを受けなきゃいけないんですか!?」
「門番は騎士団に応援を頼む側だからな。組織としての上下関係は騎士団のほうが上だ。物事を円滑に進めるには、下手に出ておくのが大事なんだよ。実力がどうであれな」
「だとしても……先輩は達観し過ぎですよ」
これでも前世で二十五年、この世界で十八年を過ごし、内面的には四十三歳だ。それなりに達観していなければおかしいだろう。
「まぁ、いずれわかるようになるんじゃないか?」
「そんなもんですかねぇ……」
後輩の気持ちもわかるし、騎士団がデカい面をしている理由もわかるからなんとも言えないところだ。
俺に出来ることと言えば、門番と騎士団の仲が悪くならないように後輩を制したり、取り持つように頭を下げるしかない。それで保てる関係なら俺のメンツなどどうでもいい。
とりあえず、後輩が面倒事を起こさないように制御するのが今の俺の役目だな。
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