第16話

 こちらに向かってくる魔王の後ろからは勇者一行が追ってきているが、誰も彼も傷だらけの血塗れだ。


 突っ込んでくる魔王の腕を掴み、体を巻き込むように地面へと叩き付けた。真っ向勝負では勝てないことを知っている。だから――こんな方法でしか勝つことができない。


「悪いな。友として、堕ちる時は堕ちるとこまで付き合うぜ」


 次の瞬間――落ちてきた槍が俺の体を貫き、魔王の体まで突き刺さった。


「っ――お前、どういうつもりでっ――」


 魔法で槍を抜き、離れようとする魔王の体を圧し折る勢いで抱き締めて、百八十度体を回転させ、上下を入れ替えた。


「後輩! 俺事でいい! やれ――!」


 離れようする魔王から伸びた影が俺の体を突き刺してくる。内臓まで痛みが走り血を吐くが、それでも力は緩めない。


「黒の――雷!」


 落ちてきた落雷に体を撃ちぬかれ、焦げ臭いにおいと共に筋肉が硬直し、魔王の骨の軋む音がした。


「彼の行為を無駄にするな! 今しかないぞ!」


 降り注ぐ弓矢が魔王を通して突き刺さると、その場所から体が錆びていく。


 圧し掛かる重力に骨と内臓が潰されていく。


「ぐっ――放せっ――」


「言った、だろ。放さねぇよ、親友」


 血と共に吐き出した言葉は濁っていて――魔王は奥歯を噛み締めたような顔を見せた。


「灰と化せ――劫火!」


 黒い炎が全身を包む。喉が焼け、血が沸騰し、刺すような痛みと共に意識が遠退いていく。


 薄れゆく意識の中で、離れようとする魔王の体を抱き締めればバキバキと骨の折れる音が聞こえたが、それが自分のものか魔王のものかはわからなかった。


 元より前世のおまけで続いていたような人生だ。役に立って死ねるのならそれだけで十分だ。




 塊になった炭の中から起き上がった一つの影は、白い眼を開いて勇者達へと視線を送る。


「まだ生きてっ――」


 剣を抜いた勇者に対して、魔法使いの少女は掌を向けた。


「いえ、あれはもう……」


 起き上がった魔王は黒い煙を吐きながら軋む音を立てた。


「認めよう。今回はわしの負けだ。だが、すでに種は蒔かれている。この国以外に掛けた魔法は解けることなく続いていく。この先――未来永劫、ただ一つの国と魔族側の争いが続く。そして、幾年後かわしが蘇るまで全力を持って生きるがいい」


「どういうことだ? そもそもなぜこんな戦争を――」


 勇者が問い掛けようとした時、顔の半分を埋め尽くすほどつり上がった笑顔の歯を見せた。


「全てを理解している奴がいる」そう言うと、地面に横たわる炭の塊を指さした。「わしのことを友と呼んだ唯一の男。魔王の名において――呪ってやろう」


 その言葉に後輩が駆け出した瞬間、魔王の体が灰と化し地面に横たわるクザンに吸収されると――炭が剥がれ、元の肉体が姿を現した。


「戦闘中の全ての者へ魔王の死亡を伝えてください! それと、彼は英雄です。無事にハインツヴァセル王国まで送り届けましょう」


 その時、後輩に抱えられていたクザンは目を開けてゆっくりと体を起こした。


「っ……やめてくれ。英雄なんて柄じゃない。俺は、ただの門番だからな」

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