第14話

 あの日から数日が経ち――魔王軍に入ることを承諾してから未だ魔王とは会えていない。曰く、忙しいんだとか。草の根的にスカウト活動をしているのであれば頷けるが、こちらからすれば自国にいてくれたほうが動向を追えて余程楽ではある。


「クザン、今日も頼む」


「毎日毎日熱心だな」


「俺もそうだが、魔族にとって体を鍛えて技術を学ぶというのは新鮮で面白い。本気で殴りにいっても死なない人間も珍しいからな」


「その理由も複雑だが」


 魔王軍に加わると伝えた日から、希望者に対しての戦闘訓練が開始した。教えるのは剣と槍の基本的なことだけで、あとはそれぞれがひたすらに模擬戦を繰り返している。


「剣の持ち方に決まりはない。個人の筋肉量によっても変わるが――相手の剣を受ける時は両手で、仕掛ける時は距離を取れる片手で、致命傷を与える時や本気で相手を殺そうとする時は両手で、という意識を持つといい」


 前世の刀とは違い、この世界の頑丈な剣での戦い方はそう習った。


 実際のところ、魔族の連中は物覚えがいい。おそらく事前の知識が無い分、吸収率が高いんだと思うが……とりあえず、今はまだ魔法を使わない純粋な打ち合いで俺に勝てる者はいない。


 まぁ……魔法を使えるようになるかも、という期待が無いことも無い。少なからず魔族は意識せずに魔法を使っているし、将軍にも教えられるものではないと言われた。


「そういえば今日のうちに魔王様が帰還するらしい。クザンが魔王軍に加わったことは伝えてあるが、直接会うことになるだろう」


「それは願ってもない」


 俺が欲しいと言われたが、実際に何をしてほしいのか言われたわけではない。ただの道楽ならそれも良しとして――訊きたいことは色々とある。


「クザン、一戦頼む」


「わかった。やろう」


 魔王軍内では圧倒的に将軍の実力が高く、他の兵士は良くて騎士団レベル。単純な肉弾戦なら三対一でも勝てる。もちろん、魔法は無しでだが。


 仮にこの先、剣や槍を教えたとしてもしばらくはこちらが有利なことに変わりはない。後々、魔法の対策は考えないといけないが、その点は第一王女に任せて大丈夫か? ……南門の門番と同じで戦い好きなイメージも強いから、あまり期待し過ぎないほうがいいな。


「っ――さすがに数日学んだ程度では勝てないな。クザンから見て、俺達魔族は弱いか?」


「いや……まぁ……弱くはない。人間相手なら魔法を組み合わせれば容易に勝てるとは思う」


「現状、俺の部下が魔法有りでクザンと戦った場合、勝てると思うか?」


 変に期待を持たせるよりは強気に出ておこう。


「……たぶん、俺が勝つ。状況にもよるけどな」


「ふむ。では、わしの相手もしてもらおうか」


 その言葉と同時に背筋が震え、模擬戦をしていた兵士達が一斉に剣を引き膝を着いて頭を下げた。


 空中で脚を組むように座る魔王がこちらを見下ろしながら指を振ると、出現した無数の剣の一本一本が俺に向かって飛んできた。


 オートではなく一本ずつ操作しているのなら、こちらも槍で一本ずつ落とせばいい。


 徐々に速度と威力が上がっていく――狙いが正確過ぎて弾きやすいが、つまり本気で殺す気があるということ。気まぐれにしては度が過ぎている。


「あまり調子に乗るな、よっ!」


 剣を弾いた瞬間に手の中で回した槍を一直線に魔王に向かって放り投げた。


「んっ――やはりいいな、お前は」


 槍は魔王に当たる直前でパンッと音を立てて霧散した。


 当たるとは思っていないが、ここまで無力だと逆に面白いな。


「何を気に入ったのか知らないが、俺の実力はこんなものだぞ?」


「それでいい。期待としては十分だ」


「期待されていたことに驚きではあるが……魔王――様、話がある」


「うむ。では、場所を変えようか」指が鳴らされた瞬間――気が付いたら個室で椅子に座らされ魔王と向かい合っていた。「良いぞ。言ってみろ」


「じゃあ――目的はなんだ? 人間と敵対して何がしたい?」


「……そもそも人間とはなんだ? 魔族とはなんだと思う?」


「人種の違い、じゃないのか? 魔族は魔法が得意な種族で、人間は手先が器用、とか」


「だが、人間の中には並の魔族以上の魔法が使える者もいる。あの王女のようにな」


 確かに。人間でも魔法に長けている者はいるし、魔族でも器用な者はいる。まぁ、それこそ前世と同じで人種の違いでしかないのだが……そういうことを言いたいわけではないのだろう。


「つまり?」


「魔族には角がある。この角が魔力の源であり、角があるからこそ魔族だとも言える。では、人間は?」


「その言い方に合わせるのなら、角の無い魔族、か?」


「そうだ。人間とは元々、突然変異で生まれた角の生えてない魔族だったわけだ。それが千年だったかそれよりも少し前だったかに多く生まれた時代があった。その時に魔法の力が弱かったり使えなかったりで迫害が起こり、袂を分かった。そうなった者共が人間を名乗るようになり今の世界が作られた、というのが真実だ」


「じゃあ、そもそも人間は魔族だったってことか。確かにそう考えたほうが納得はできるな」


 前世で言う人間に魔法――魔力は備わっていなかった。呼び方が同じなだけで根本的な作りが違うのだろうとは思っていたが、生物としての成り立ちが違うのであればわかる。


「人間はわしら魔族の劣等種であり、自然に生きる魔物を無作為に狩る無法者だ。滅ぼして然るべきだろう?」


 言い分は理解できる。前世でも人口が増え過ぎて都市開発やら何やらで自然が失われて――詰まる所、人を減らせば解決する、と。理屈はわかるし、どちらかと言えば俺もそういう風に考えるタイプだった。


「人間を滅ぼすとして……その後、俺や王女はどうなるんだ?」


「お前等は殺さない。同様に、魔族と同等以上の魔力量がある者は生かす予定だ。角が無いというだけで、本質的にはわしらと変わりないからな」


「昔と同じように迫害されることはないのか?」


「時代が違う。この数日でわかったであろう? お前等に対しての魔族の態度がその証拠だ」


「……なるほど」


 言葉は信用できる。目的も、理由もわかる。その上で支持できるのかと問われれば難しい。元々がこの世界の人間ではないとはいえ、過ごした時間は長い。その全てを消し去れというほうが無理だ。


「それで? わしの目的を聞いた上で、魔族側に付くと決められたか?」


「……もう一つ。怪物達の大行進を起こした理由は?」


「お前だ。クザン。王女から話を聞き興味を持ってな。その実力を確かめたかった」


「そのためだけに、あれだけ大規模なことを行ったのか?」


「わしにとっては大事なことだ。魔獣共にしても人間に恨みのある奴等を集めたし、あそこで死ねて本望だっただろう」


 嘘――ではないはずだ。魔王ならモンスターと意思疎通できても不思議じゃない。心が読める……だとしたら俺らのことも? いや、だとしたらこの問答も不要だし、王女の企みも知られているはずだ。泳がされている可能性もゼロではないが、そこまでのリスクを取るとは思えない。


 この場で味方になることを宣言して信用してもらえるか? 疑うことを知らない愚かな王ではないだろうし、少しこちらの秘密も切り崩してみるか。


「……信じてもらえるかはわからないが、俺には前世の記憶がある。この世界ではない別の世界での前世だ。その世界に比べれば、この世界の人間は醜い。人が人を殺すことに躊躇いが無く、他の生き物も容赦なく殺す。だから、俺は魔族側に付こう」


「前世? 俄かには信じ難いが――この世界のものとは思えぬ戦闘技術を思えば納得がいく。新たな仲間を受け入れよう。これからお前はわしの部下ではなく友だ。よろしく頼む」


「役に立てるかはわからないが」


 差し出された手を力強く握り返せば、魔王は少女のような満面の笑みを見せた。


「戦力としてもそうだが、わしにとっては友だ。役に立つかどうかは関係ない」


 何故その対象に俺が選ばれたのかが一向に不明だが、魔族にも人間にも居なかったタイプだから目に留まったとか、そんなところだろう。


「……いずれ人間と戦争を起こすんだろうが、いつくらいに起こすかは決まってるのか?」


「ん? 三日後だ」


 笑顔で言われたその言葉に、一瞬思考が停止した。


「……三日か。えらく急だな」


「急なものか。準備には百年程度を費やし、今やハインツ以外の国の王はすべて魔族側に付いている。戦争は最後のダメ押しだ」


「魔族側に、って……滅ぼされることを知ってか?」


「まさか。魔法で頭を弄った。表面的な性格は変わらぬが、根底では魔族側の味方になっている。厄介なのは完全に掌握できるわけではないから、そこに至るまでの過程が知れぬこと。まぁ、結果が同じならどうでも良いがな」


「催眠のようなことができるのなら初めから俺にもそれをすればよかったんじゃないか?」


「それではつまらん。一国の王と違い、個人であれば対話で仲間にしたほうが面白い」


 やっぱり道楽も入っているか。それくらい余裕がある王の遊びみたいなことをするのは、間違いなく魔王だな。


「……ハインツの王に同じ魔法を掛ければ、そもそも戦争なんて起こさなくても人間を滅ぼせるんじゃないか?」


「ハインツだけは守りが固い。あそこの王族は最初の角なし魔族の末裔だ。故にわしの精神系魔法が効きにくい。厄介な国ではあるが――こちらの兵三万と、人間に恨みがある様々な魔物約七万の計十万ですり潰せば終わる」


「なるほど……不意な瞬間に催眠が解ける可能性は?」


「ない。が――もしも人間の中に、完全に死んだ人間を生き返らせる魔法を使える奴がいれば無い話ではない。呪いなんかも同じだな。死んで生き返れば解けるが、それができる人間はいない」


「じゃあ、特に不安なこともなく戦争を起こせるというわけか」


「そういうことだ。戦争の場所は人間達の言う樹海の中心。そこに魔族の砦を作ってあるから、クザン達には前日に移動してもらう」


「わかった。俺はギリギリまで魔族軍の特訓は続けるとしよう」


「ああ。……クザン。人間を殺すことに抵抗は無いか?」


「……無いな。この世界の人間にはなんの思い入れも無い」


「そうか。では、期待しているぞ」


 戦争が始まる。だが、やることは決まっている。


 戦争を――戦争の前に終わらせる。それが出来なくとも、可能な限り暴れ回って引っ搔き回して内情をごちゃ混ぜにすれば人間側にも勝つ可能性が生まれる。おそらく魔法で操られているのは各国の王だけで、開戦が樹海の中央なら事前に通達は済ませているはず。だとすれば、勇者や各地の冒険者は参戦するだろう。


 勝ちの目はある。あとはそこまでの道筋を作るだけだ。

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