二度目の人生は、ただの門番です。
化茶ぬき
第1話 普通の人生
二十五歳。就職して二年目の夏――ボーナスを下ろそうと訪れた銀行で、まさか銀行強盗に遭遇しようとは誰が思おうか。
「誰も動くんじゃねぇぞ!」
複数人で覆面をして銃を持って、銀行員と居合わせた客十人前後が腕を縛られて隅に座らされている。法治国家のこの日本で。
すでに警報は鳴らされて、外には警察もいるが犯人達は落ち着いた様子で銀行の奥へと出入りを繰り返している。
ここまでの人生で、普通に高校と大学を卒業して就職し、初任給では両親への恩返しもした。人並みに恋人がいたこともあったし、それほど悪いことをした記憶も無い。
これだけ普通の人生でも銀行強盗に遭遇するとは。
緊張で噴き出す冷や汗と、締め付けられる胃のせいで吐き気を催す。
そんな中で若い女性が抱えていた赤ん坊がぐずって泣き始めた。
「おい! そのガキを黙らせろ! じゃねぇと殺すぞ!?」
こんな状況で無理な要求をする。それで泣き止むこともなく――女性と赤ん坊に銃口が向けられた。
「やめてください!」
そこに立ち上がったのは大学生くらいの女の子だった。銃口の前にその身をさらし、震えながらも立ち向かっている。
「座ってろって言ったよなぁ? お前から殺すぞ?」
威嚇射撃で銃が本物だということはわかっているし、引鉄に掛かっている指を引くことに躊躇いが無いこともわかる。
……今まで普通に生きてきて、これからもこれまでと同じように平凡な日々が続くと思っていたのに――飛び出す体を抑えきれなかった。
「やめろっ! 撃つなら俺を撃て! 俺の目を見て――目を見ながら、撃て」
何かで聞いたことがある。銃口を向けられたときは背を向けずに真正面から目を合わせれば相手が撃ちづらくなる、と。
「ハッ! ヒーローのお出ましか? だったら望み通りお前から――」
額に銃口を当てられても目は逸らさない。ここまで来たら根比べだ。絶対に引鉄は引かせない。目も逸らさない。誰も殺させない――その思いが伝わったのか、微かに銃口が下がった瞬間だった。
パァン――と弾ける音と共に、頭に衝撃を受けて意識を失った。
「――――はっ!」
目を覚ますのと同時に、衝撃を受けた側頭部に手を這わせれば血も何もなく痛みも感じていなかった。
「起きたか、ヒーロー」
声のするほうに視線を向ければ、奥行きを感じさせない真っ白な部屋の中で、テーブルを挟んだ向こう側で椅子に座り束ねられた紙を捲る銀髪で長髪の若い女性がいた。まるで面接室のようだ。
「え~っと……あの、ここは病院? って感じでもないですが……天国か……地獄?ですか?」
「ここは貴方の世界で言うところの輪廻転生を司る場所。死んだ者を、次に何に生まれ変わるかを決める受付のようなものかな」
「あ、ってことは死んだんですね、俺。……あ~、横からか。確かに目は合ってなかったけど、こうもあっさり撃ち殺されるものなのか」
しかし、この状況――頬を抓ってみても痛みが無いから夢の可能性も否めないが、夢を夢と認識したことはないし、死んでいるのなら痛みが無いのもわかる。
「で、貴方の転生先ですが――地球だとタンポポ、アメンボ、クジャクの中から選べますね」
「すごい選択肢ですが……というか、そもそも選べるものなんですね?」
「本来はこちらで勝手に決めるものですが、前世での行い如何により選べるようになります。貴方の場合――本来であればあの銀行で六十人前後の人間が死ぬところを、貴方一人の死で止めたことが理由ですね」
「……そもそも神様とかがいるのなら、人の行動は全て掌の上で予定外のことなんか起きないんじゃないんですか?」
「我々が知るのは起こり得る確率です。あの場では99.9%の確率で、人質は皆殺しにされ外の警官隊や特殊部隊との銃撃戦の末に犯人も射殺され、貴方の時代で最も凄惨な事件になるはずでした」
「0.1%が俺だったってことか……」
「いえ、貴方は0.03%ですね。あとはあの時立ち上がった女性と、犯人の一人が心変わりする可能性です。ですが、どちらも数名の死者は出していたので……貴方の時だけなんですよ。貴方の稼いだ約十秒で、警察の特殊部隊が突入し他の死者を出さずに事件が解決するのは」
「死んだのが俺だけで、他の人が無事だったのならそれで……」
命を張るつもりも無かったが、俺の犠牲一つであの赤ん坊も真っ先に立ち向かった女性も無事だったのなら特に言うことはない。
「それで、何に転生しますか?」
「植物か虫か鳥か、ですよね? ん~……どれも……人間への転生は無いんですよね?」
「そうですね。同一世界で同じ種族へ連続での転生は出来ません」
「融通の利かない役所みたいで――ん? 同一世界で? 同一じゃない世界が……別の世界があるんですか?」
「現在、地球の人間と同じ知性を持つ者がいる世界は二万と少しありますね。本来の転生では同一世界でのみ許可されていますが、この場の窓口に関しては別世界への転生も受け付けています。どの世界かは選べませんが、同一種族へも転生は可能です」
「それは……もしかして、チートとか特殊な能力とか力とかを期待しても良かったり?」
「しません。逆に訊きますが、地球にそういった特殊な力を持つ人間を見たことがありますか? 別の世界に転生するにしても、あくまでもその世界の
郷に入っては郷に従え、みたいなことか。
今までの人生は平凡で特にこれといったことがあったわけでも無い。意味がなかったとまでは言わないが、何かを成したとは言い難い。
それなら、また別の世界で、別の人間になるのもありか。
「じゃあ、別の世界でお願いします」
「へぇ……意外だね。ここに来る生き物は大抵が人という存在に絶望して別の生き物になることを望むんだけど」
「たぶん、そういう人達は何かを成し遂げたんだと思います。人を救って、国を変えて、世界の平和を願って――だからこそ、人間に絶望して、諦めて……俺はまだ何も成し遂げてません。絶望も諦めも、そういう次元にすら達していない。本当に偶々……奇跡のような偶然が重なって、この場にいられるんだと思います。なので、望んでいいのならまた人間として生きていこうと思うんです」
「そう。じゃあ、別世界の人間への転生、と」持っていた書類に何かを書き込んでいると、俺の体が透け始めた。「あ、そうそう。同じ種族への転生は前世の記憶を保持したままになるから」
「え? ちょっと待っ――」
それだと別の人間への転生と呼べるのかどうか、と疑問を口にしようとしたところで目の前が光に包まれた。
別の世界に生まれ落ちて十八年後――俺は門番として働いている。
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