第5話①

 俺が登校したときにはクラスの雰囲気が少しソワソワしたような感じがあった。仲のいい人たちで集まって休日の予定について話し合っていた。…そっか、明日からゴールデンウィークか。…白鳥さんと過ごしたかったな。


 「お、おはよう。楠木さん」

 「あ、ああ。おはよう。…どうしたの?」


 朝一番に話しかけてきたのは白鳥さんだった。いつもはだいたい拓磨なのに、今日は違った。それに、白鳥さんは自分の席に着くと今日も乱れている髪を押さえ始めた。そして、俺の方に期待の籠ったキラキラした瞳を向けてきた。普段と少し違う白鳥さんに戸惑ってしまった。


 「よっ、おはようさん。…朝からお熱いね〜お二人さん?」

 「そんなんじゃねぇよ。…おはよう」


 軽い感じで俺たちに声をかけてきたのは拓磨だ。俺は彼に声をかけられたことで自分の思い上がりに気がついた。…白鳥さんが俺に声をかけてくれたのは幼馴染みだからでもなんでもなかったんだ。白鳥さんは拓磨が好きで、俺は拓磨と仲がいいから。俺の方に向けてくれたと思った視線も俺の後ろの拓磨に向けたものだったんだ。


 「…そうだ。拓磨が整えてやれよ。白鳥さんの髪」

 「…俺はやり方知らないし」

 「俺が教えるから!」

 「チッ」

 「…えっと。白鳥さん?」

 「…なんでもない!………」


 俺が白鳥さんのために拓磨に髪を整えさせようとしていると、白鳥さんから舌打ちされた。どうして不機嫌になったのか分からないから、俺は機嫌を直してもらうために強引にでも拓磨に白鳥さんの髪を整えさせようとした。


 「ほら、拓磨。こっち来て」

 「いやいや!竜一がやるべきだ!」

 「いいから!」


 俺は拓磨の手を取って白鳥さんの髪に近づけていった。


 「触らないで!」

 「あっ。…ごめん」


 もう少しで手が付くときに白鳥さんは拒絶した。…そんなに俺に触られるのが嫌だったんだ。俺は拓磨の手に重ねていた自分の手を離した。


 「…上の方から下の方に向かって優しく梳いてあげて」


 俯きながら俺は拓磨にそうアドバイスをした。本当は一刻も早くこの場を離れたかった。でも、白鳥さんに協力すると決めたから、少しでも役に立ちたかった。


 「〜ッ!もういい!りゅー君なんて嫌い!」


 白鳥さんはそう言って教室を出ていった。悲しそうな声だったけど、辛いのを我慢して顔を逸らしていた俺は白鳥さんの表情を見ることはできなかった。


 「…嫌い、か。…分かってるよ、そんなこと」

 「竜一。…早く追いかけろ!」

 「でも、俺なんかに追われてもキモいだけでしょ」

 「そんなことない!」

 「…もうホームルーム始まるよ」


 俺がそう言った直後にチャイムが鳴った。そして、担任の先生が入ってきていつも通りの朝の時間が過ぎていった。唯一の違いは俺の右隣が空席のことだけだ。それだけで俺の心はもやもやした。


 朝のホームルームが終わった後も白鳥さんは戻ってこなかった。俺はどうして彼女が教室を出ていったのか分からなかった。冷静に考えてみると、昨日は俺が髪を整えてあげたはずだ。それなのに、今日は拒絶されるほど嫌がっていた。


 昨日との違いは拓磨がいたことだ。…そっか。好きな人の前ではしっかりしてたいんだな。それに俺は白鳥さんに触れられるのは好きだけど、白鳥さんは逆なんだ。好きだからこそ普段は触らないでほしいんだ。…きちんと白鳥さんに謝りたいな。たとえもう嫌いと言われた後でも。


 結局白鳥さんが戻ってきたのは一時間目の授業が終わった後だった。そのときには髪もある程度整っていて、朝のやり取りなんてなかったような感じだった。それでも目元が少し赤いことに気づいた。


 「朝はごめん!」


 白鳥さんが戻ってきてから俺は真っ先に彼女に謝った。それに対して白鳥さんは不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。


 「…明日からのゴールデンウィークで一回でもデートしてくれたら許す」

 「!もちろんいいよ」


 俺がもう話してくれないかもと慌てていると、白鳥さんは小声でそう言った。白鳥さんの条件は俺の望みとも合致していたのですぐに頷いた。


 「ありがとう!」


 …いくら好きな人のためだといっても貴重な白鳥さんの休日を潰すのはよくないんじゃないか。俺が少し冷静になって考えるとそんな気がしてきた。だから、やっぱり断ろうと白鳥さんの方を見るととても幸せそうに微笑んでいた。その表情で俺は申し訳ないという気持ちを楽しみだという気持ちで塗り替えた。


 「…ねぇ。迷惑だったらいいんだけど、今度から俺が髪を整えようか?」


 俺は考えるより先にそう尋ねていた。そのせいで嫌われたかもしれないけど、そう言うべきだという不思議な感覚があった。


 「〜!うん!お願いします!」


 白鳥さんは嬉しそうに受け入れてくれた。…髪をすんなり触らせてくれるなんて、俺は全く異性としてさえ見られてないんだな。…でも、俺は白鳥さんの髪も好きだからまぁいいや。いつかは白鳥さんの隣にいたいな。


 俺は白鳥さんの髪を整えるついでに彼女と話して、デートをするのは明後日だと決めた。あくまでもデートのだということは分かっているけど、久しぶりに白鳥さんと外出ができるから楽しみだった。…それにしても、いい服はあまり持ってないから香織にでも聞いて明日買いに行こう。

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