第9話②

  「…夫婦漫才めおとまんざいなんてやってないでよ。見てるこっちが恥ずかしくなるじゃん」


 私もアーンしてあげたいなと考えていると香織ちゃんがそう言ってきました。…それにしても、めおとまんざい、とはなんでしょうか?


 「めおと?なんだそれ?」


 どうやら、りゅー君も知らないみたいで、少し安心しました。


 「えっ、お兄それマジで言ってる?高校生で知らないなんて、お兄くらいじゃない?…お義姉ちゃんは知ってるよね?」

 「……も、もちろんじゃない。知らない人なんてい、いないんじゃ、ないの、かな?」


 私はつい強がってしまいました。…どうしていつも素直になれないのでしょうか…。


 「……はーねーも知らなかったんだ」

 「……そーよ!悪い!…教科書に載ってないことなんて分からないわよ!…グスン」


 それでも、すぐに私の強がりはバレてしまいました。私は少しだけ悲しくなってしまいました。いろいろなことをきちんと勉強できてるとおごっていた私に現実を突きつけられたように思いました。


 「まあ、知らない人もいるかもね。……そうだ!はーねーもお兄にアーンしてあげなよ」

 「い、いいのかしら?」

 「もちろん!」


 落ち込んでいた私はりゅー君にアーンできると分かるとドキドキと胸が高鳴り、それしか考えられなくなりました。…やっぱり、私って単純なのかな?


 「アーン。……うん、美味しい」


 ……私がこんなにドキドキしてるのに、りゅー君は全く意識してくれてないみたいでした。


 「そ、そう。ならよかったわ……わ、私もお腹すいたから、先にリビング行ってるね」


 彼の目を見れなくなった私は恥ずかしさを誤魔化すようにりゅー君の部屋から抜け出しました。


 私がリビングに着くと二人分のオムライスが用意されていました。


 「美味しそう…」

 「アハハ、ありがとう♪…早速食べよ?」

 「う、うん」


 思わず呟いた独り言に返事が返ってきて、少し驚いてしまいました。少し恥ずかしくなった私はそそくさと椅子に座りました。香織ちゃんも私の向かいの椅子に座り、二人で「いただきます」と挨拶をして食事を始めました。


 「…美味しい」

 「そっか、良かった!」


 オムライスは優しい味がしてとても美味しかったです。いつも一人でご飯を食べてる私にとって、誰かが自分のために用意してくれた食事は胸の奥がポカポカしてこみ上げてくる涙を抑えることができませんでした。それでも、泣きながら食べるなんて作ってくれた香織ちゃんにも失礼だと思ってなんとか止めようとしました。


 「グスッ、美味しいよ〜。…どうして涙が止まらないんだろう?美味しいのに、笑いたいのに!」

 「…ちゃんと伝わってるから大丈夫だよ。そうだ!明日からも一緒にご飯食べようよ!」

 「…いい、の?」

 「もちろん!」

 「…で、でも、迷惑じゃ…」

 「そんなことないよ!…独りでのご飯はイヤ、だからね」

 「ぁ。……うん、もしみんながいいならお願いしたいな」

 「!うん、絶対にいいって言うよ!」


 私はその提案を断ることができませんでした。最近はなかった暖かい食卓に私の心が大きく傾いてしまいました。香織ちゃんが言っていた独りでの食事がイヤということは私にも当てはまっていました。……よく考えたら、りゅー君と一緒にご飯ってこと!?


 「…これでお兄と一緒にいる理由になったね」

 「うぇっ!そ、そんなこと…」


 ニヤニヤしている香織ちゃんの言葉に私の頬に熱が集まるのが分かりました。


 『おはよう、はーちゃん。…今日の朝ご飯は何かな?』

 『お、おはよう、りゅー君。今日は目玉焼きだよ。パンにする?ご飯にする?』

 『う〜ん、両方魅力的だけど、はーちゃんを食べたいな』

 『も、もう!まだ朝だよ!』


 「……はーねー?はーねー!」

 「そんなことはまだ早いよ!……あれ?」


 私が周りを見渡すと心配そうな香織ちゃんに覗き込まれていました。それで私は現実に引き戻されました。


 「…もしかして、お兄とえっちする妄想でもしたの?」

 「〜ッ!」


 私は香織ちゃんに否定することができませんでした。図星を突かれた私は真っ赤な顔を下に向けてせめてもの抵抗としました。


 「……お兄が本当に好きなんだね」

 「うん!」


 香織ちゃんは私の方を見て優しく微笑んでいました。私はりゅー君には決して言えない本音を香織ちゃんになら言えることに気付きました。涙はいつの間にか止まっていました。


 オムライスを食べ終えた私はりゅー君の部屋に戻ってきました。私は密かにりゅー君の寝顔を眺めていました。


 「あっ、起きた?おはよ」


 しばらく眺めているとりゅー君の瞼がゆっくりと開きました。そのときには夕方になっていて、空が紅く色づいていました。


 「おはよー。……⁉︎⁉︎⁉︎な、なんでここに白鳥さんが?」

 「ひっどーい!せっかく看病してあげたのに」

 「ご、ごめん。……アレは夢じゃなかったの?」


 ……また夢だと思われたことは少し悲しかったです。呼び方も白鳥さんに戻ってるし…。


 「夢なんかじゃないよ。……やっぱり、迷惑だった?」


 私はわざと拗ねたように振る舞いました。りゅー君なら否定してくれるはずだという確信がありました。


 「そんなわけないよ!白鳥さんが来てくれて嬉しかった」


 やっぱり、優しいりゅー君はすぐに否定してくれました。それでも私は白鳥さんって言われたことが気になってしまいました。


 「……また、白鳥さん?」

 「えっ?」

 「もう、はーちゃんって呼んでくれないの?」

 「…分かったよ、はーちゃん。…これでいい?」

 「!うん!ありがとう、りゅー君!」


 私はやっぱり優しいりゅー君に甘えてしまいました。どうしても最近の私は欲望を抑えることができなくなってしまいました。りゅー君と話せるようになってから、昔みたいに弱い私が顔を出しました。


 「…どういたしまして、かな?」


 私が自分の意志の弱さに自己嫌悪していると、りゅー君が微笑んでくれました。その笑顔に私の胸はぎゅーって締め付けられるような感覚がありました。


 「〜ッ!も、もう私は帰るね!お大事に!」

 「ちょっ!」


 私は慣れないその感覚にりゅー君の部屋を飛び出るように逃げてしまいました。……まだ私にはりゅー君の笑顔も早かったみたいです。


 「?はーねー、どうかしたの?」


 その途中で香織ちゃんと会ったけど、私は上手く返せなくてそのまま外に飛び出してしまいました。


 ……やっぱり、感じ悪いですよね。でも、そんな余裕が全くありませんでした。そう思えたのは家に着いてから少しした後でした。

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