第10話①

 「うわぁぁ〜!」


 はーちゃんが家に来た次の日、俺は大きな後悔にさいなまれていた。熱に浮かされていた俺は気付かなかったけど、思い返してみると凄く恥ずかしいことをやってしまっていた。


 「アーンってなに!はーちゃんって呼んで欲しいってなんで!…白鳥さんは俺のことが嫌い、なんだよね?」


 俺はここ最近の白鳥さんの様子を思い返してみた。


 『お、おはよう!りゅ…楠木さん』

 『…イヤじゃない』

 『…ところで、楠木さんって好きな人がいるの?』

 『……それとも、私と一緒なのは迷惑ですか?』

 『ゴールデンウィークで一回でもデートしてくれたら許す』


 ……あれ?あんまり嫌われてない?って、イヤイヤ!勝手に希望を持つな、俺!大体、俺が白鳥さんを好きなんだから、好意的に見えるのは当たり前だろ!そもそも、彼女には好きな人がいるんだから!……そういえば、白鳥さんの好きな人って、誰?


 あり得ない妄想に入りそうになった俺は頬を叩いた後慌ててリビングに降りた。そこには……白鳥さんがいた。


 「え?なっ、どうし!」

 「あれ?りゅー君おはよう。今日は早いんだね」

 「ど、どうしてここに白「ゴホンッ!」……はーちゃんがいるの?」


 俺がいつもの癖で白鳥さんと言いそうになるとわざとらしい咳払いが聞こえた。それがどういう意味か分かった俺はすぐにはーちゃんと呼び直した。


 「…香織ちゃんにご飯一緒でいいって言ってもらえたけど、迷惑だったかな?もしりゅー君がイヤならすぐに帰るよ…」

 「イヤじゃないよ!」

 「…ホント?私が一緒でもいい?」

 「もちろん!」


 俺がそう答えると白鳥さん…はーちゃんはホッとしたように息を吐いた。


 「…じゃ、じゃあ、早速ご飯用意しちゃうね。りゅー君は座って待ってて」

 「さすがに悪いよ。せめて何か手伝わせて」


 俺は自分だけ椅子に座ってるのが申し訳なくてそう提案した。それに一瞬考えたはーちゃんは、それでも結局首を振った。


 「…そう言ってくれるのは嬉しいけど、今回だけは私1人でやらせて。せっかくの機会だから、りゅー君には私の料理を食べて欲しいの」

 「うん、分かったよ。…でも、そんなに気負わなくていいよ」


 優しい彼女は人の家で食事をご馳走になるのが気になるみたいだった。俺もその気持ちが分からないわけでもないから、はーちゃんの言葉を受け入れた。


 「はぁ〜。お兄は相変わらず鈍感なんだから」


 俺が納得していると、対面に座っていた香織が呆れたように呟いていた。


 「って、そうだ!どうして香織ははーちゃんが来ることを黙ってたんだ!」

 「えっ?お兄にもちゃんと言ったよ。お兄もう〜ん、って返事してたよ」

 「へ〜、そうなんだ。…って、絶対俺が寝てるときだよな!?」


 それって、言ったって言わないんじゃ…。


 「でも、嬉しいでしょ?好きな人と一緒にご飯食べれるなんて」

 「…はぁ、仕方ないな。次はちゃんと事前に知らせてほしいな」

 「分かったよ」


 …上手く丸め込まれた気がするけど、嬉しいのは本当だし、いっか。


 「ご飯できたよ〜」


 そう言ってはーちゃんが持ってきた朝ご飯は、ザ・日本の朝ご飯、って感じのメニューだった。白米と味噌汁。それに、焼き鮭とカブとキュウリの漬け物があった。


 「お、美味しそう」


 無意識のうちに俺の口から感想が漏れ出していた。昨日の夕飯を抜いた俺の腹の虫が思い出したようにグゥ〜と鳴いた。


 「ふふっ。召し上がれ」

 「…いただきます」


 少し恥ずかしくなった俺はふっくらとした鮭の切り身を丁寧に箸で一口サイズにほぐしていった。そして、横からじっと見つめられてることを無視して口に入れた。


 「美味しい…」

 「!よ、よかった〜」


 ホカホカの鮭は程よい塩気があり、お世辞抜きに凄く美味しかった。それから俺は夢中になってはーちゃんの用意してくれたご飯を食べ進めた。


 「そういえば、お兄ははーねーとまたデート行くの?」

 「ゴホッ、ゲホッ!きゅ、急に何言ってるの!」

 「そ、そうだよ香織ちゃん。デ、デートなんて…」


 ご飯も食べ終わってゆっくりしていると、香織がそんな爆弾発言を投下した。俺とはーちゃんは焦って否定したけど、そのときに目が合った彼女は真っ赤になって俯いてしまった。それを見て少し冷静になった俺は勇気を振り絞って誘うことにした。


 「…あ、あのさ。…昨日も結局遊べなかったじゃん。だから、ってわけでもないけど、その……よかったら、今度デ…出かけませんか?」


 それはたどたどしくなってしまったけど、俺の全力だった。可愛いはーちゃんならもっとカッコイイ人から言われ慣れているはずのデートのお誘い。それを俺は初めて好きと自覚した異性に向けて言い切った。


 「……ねぇ、一つ聞かせて?どうして誘ってくれたの?香織ちゃんに言われたから?私がデートしたいって言ったから?……それなら、もういいよ」


 はーちゃんは真剣に俺の目を覗き込んでいた。まるで、嘘は許さないと言っているみたいだった。だから俺は素直に自分の気持ちを伝えた。


 「俺はそんなの関係なしに一緒に遊びに行きたいと思ってるよ。…また昔みたいに仲良くなりたい、って」


 俺はある一つの本音を隠して全部を伝えた。それも嘘ではないけど、隠している方が8割以上の理由ではあるけど。でも、これを言うわけにはいかなかった。きっと全てが無駄になってしまうから。だから、気付かれるわけにはいかないんだ。……好きな人とデートしたい、そんな単純な欲だけは。


 「…うん、そうだよね。私も一緒に遊びたい」

 「!じゃ、じゃあ、明日でいい?明後日にする?」

 「あ、明日にしよ!…わ、私は先に帰るね」


 俺はそうしてデートのリベンジをする機会を手に入れた。俺は今からソワソワしていた。

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